第567回:メイド・イン・イタリーのフィアットが消滅?
ブランドの“国籍”について考える
2018.08.17
マッキナ あらモーダ!
プントが生産終了、パンダはポーランドに?
今回は生産国と、それが与えるイメージの話である。
2018年7月、3代目「フィアット・プント」の生産がフィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)のイタリア南部のメルフィ工場で終了した。2005年に「グランデプント」として誕生してから13年という長寿モデルであった。
プント生産終了には、もうひとつの意味がある。「イタリア製フィアット終焉(しゅうえん)の序曲」ということだ。
2018年5月に『ブルームバーグ』が伝えたところによると、FCAは次期「フィアット・パンダ」の生産拠点を、先代パンダや現行「500」同様にポーランドのティヒ工場に移転することを考えているという。
参考までに、ヨーロッパで販売されているフィアットブランド乗用車の生産拠点は以下のとおりである。
【イタリア国内】
- ポミリアーノ・ダルコ:パンダ
- メルフィ:500X
【国外】
- ポーランド:500
- トルコ:ティーポ、クーボ、ドブロ
- セルビア:500L
- 日本(マツダ工場):124スパイダー
もし実行されると、クロスオーバーの「500X」を除くすべてのフィアットブランド車がイタリア国外の拠点で生産されることになる。
先日、セルジオ・マルキオンネ前CEO死去に関する記事にも記したが、すでに2014年、FCAは法人登記をオランダに、税務上の登記をイギリスに移している。
2019年、フィアットは創業120年を迎える。FIATはFabbrica Italiana Automobili Torino(トリノ・イタリア自動車製造会社)の略だ。生産拠点移管の話を伝えるとき、「母国に相次いでアッディーオ(さらば)するFCA」といった論説を展開する新聞が今から目に浮かぶ。何しろ、創業の地トリノでは、すでにフィアット製乗用車は生産されていないのだから。
マインド変化の背景
FCAが国外移転を進めるのには、理由がある。ユーロスタット(欧州統計局)の2016年発表によると、イタリアにおける1時間あたりの労働コストは27.8ユーロ、いっぽうでポーランドのそれは3分の1以下の8.6ユーロである。プレミアムブランドであるアルファ・ロメオ、ジープ、マセラティをイタリアに残し、フィアットの生産拠点を移転したくなるのは明白だ。
しかしながら、イタリアの一般ユーザーはというと、フィアットの“国外移転”をそれほど気にしていないのも事実である。ましてやそれを理由にした不買運動なども起きていない。
ボクが知るディーラー関係者も、目下の売れ筋車種である現行「ティーポ」について、それがトルコ工場製であることを「気にする顧客はいない」と証言する。
背景にあるのは、間違いなくフィアット500の成功であろう。それがポーランド工場製であることを気にする人に、筆者は会ったことはない。
知人のひとりも「もはや誰もが、本社所在地とは別の国でつくられていることを知っている」、よって生産国は気にしないことを示唆した。ちなみに彼は60代。保守的と思われる年代でさえ、もはやこうした感覚をもつ。
以前にも記したが、それを後押ししたのは、アジアの生産拠点に対する既成概念を製品デザインと高度な品質管理によって乗り越えたApple、とりわけ「iPhone」の普及があろう。
それに追従するように、かつてメイド・イン・イタリーを誇らしげにうたったイタリアのファッションブランドも国外製を巧みに取り入れるようになってきた。フットウエアで有名な「GEOX(ジェオックス)」もセルビアに同国政府との合弁工場を建設し、1300人を雇用する計画だ。だからといって、同ブランドのイメージが低下することは考えにくい。
社会を観察すると、さらにわかってくる。
イタリア統計局によると、2017年1月時点で外国人居住者の数は504万人。全人口の8.3%を占める。
参考までにフェラーリでおなじみのモデナやマラネッロがあるエミリア=ロマーニャ州は、国内で最も外国人比率が高く11.9%にのぼる。ボクが住む中部のトスカーナ州も、10.7%と高い。いずれも10人に1人以上が外国人なのである。
東ヨーロッパに対するイメージも変わった。例えばボクがイタリアに住み始めた20年前、ポーランドの人といえば故郷に家族を残して期間労働者としてやってくる高齢者家庭向けホームヘルパーが多かったものだ。いっぽう今日では、イタリアの大学を卒業したり、店をもったりして、イタリア社会に溶け込んでいるポーランドの人をたびたび見かける。
ポーランドに関してついでにいえば、カトリック信者が71%を数えるイタリアで絶大な人気があった元ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世(在位1978-2005年)がポーランド出身であったことも背景にあろう。
このように社会を構成する国籍がボーダーレス化するなか、ネイティブなイタリア人ユーザーのマインドも変わるのは当然であるといえる。
意外に残る“国籍の壁”とは?
いっぽうイタリアのクルマ好きが、いまだ“国籍”にこだわることがある。
メルセデス・ベンツの「Bクラス」(W246)や「Aクラス」(W176)において、最も基本的なディーゼルエンジンとして設定された「OM607」である。
排気量1461ccのこのエンジン、ルノーのフランス工場で「モトゥール(モーター)K」の名でつくられているものだ。
メルセデスの当該車種に搭載されるよりずっと前、1990年代中盤からルノーの「メガーヌ」や「カングー」に使われてきたパワーユニットである。
ボクは2018年6月にドイツで、OM607を搭載したBクラス「B180d」に乗って3日間アウトバーンを走ったが、加速・巡航とも痛痒(つうよう)を感じることはまったくなかった。
しかし古いメルセデス乗りだけでなくメカニックの一部までもが「あ、ルノーエンジンだな」と、いちいち“ルノーの”を付けて語ることが多い。彼らに「だから何なんだよ?」と突っ込んでも、「ルノーだから」と答えるだけだ。
プレミアムブランドのメルセデスVS普及ブランドのルノーという、長年のイメージによる壁が彼らの心中にある。
車両全体の製造に関していえば、Aクラスはドイツ以外の生産拠点製があり、Bクラスはすべてハンガリー製である。ゆえに“肝”ともいえるエンジンだけは、なかなか譲れない人がいるとみた。
それを考えると、1974年から1993年まで生産された「イノチェンティ・ミニ」の後期型に搭載されていたダイハツ(イタリア風に読むとダイアツ)製3気筒エンジンが、いまだプロの間でも語り草となっているのは、ありがたいことなのかもしれない。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、FCA/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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