第524回:第2章はまだ始まったばかり
F1におけるホンダの戦いを3人の“責任者”が語る
2018.08.31
エディターから一言
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マクラーレンと決別し、新興チームのトロロッソとともにF1を戦う2018年のホンダ。着実に進化を見せる今シーズンと、昨シーズンまでとの“違い”や、レッドブルにもパワーユニットを供給する来シーズンへの意気込みを、3人のキーマンが語った。
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去年までとは何が違うのか?
彼ら自身はそういう表現をされるのが好みではないのかもしれないが、現在のホンダのF1活動は一般的には第4期、今的に言えば“シーズン4のエピソード2”といったところにいる。
エピソード1での戦績はご存じの通り、さんさんたるものだった。個人的には、レースだけでなくマクラーレンという組織そのものからロン・デニスのプレゼンスが排除され始めた時期が不振と重なってみえたが、それはF1門外漢のうがった見方でしかないのかもしれない。
対して、パートナーをトロロッソとして臨む今年の戦績を前向きに捉えている人は多いだろう。もちろん輝かしき第2期を知る方々には全然物足りないかもしれないが、そこからはF1を取り巻くものが、あまりに何もかも変わっている。果たして、トロロッソというパートナーを得てホンダは何が変わったのか。そしてホンダがいま、苦しみながらもF1をやり続ける意味や意義は何なのか。F1門外漢にも聞いてみたいことはいろいろある。
……と、先に行われたハンガリーGP開催のタイミングで、ちょうどオーストリアで欧州仕様の「ホンダCR-V」に乗る機会を得たこともあり、その戦いの現場をのぞきながら、この辺りのよもやま話を聞いてみることにした。
キーワードは“若さ”と“食文化”?
「トロロッソは、F1の世界においてはキャリアもスタッフも若いチームです。その若さが、仕事へのひたむきさや勝ちへの前向きな姿勢につながっているように思います。ホンダは確かに第2期で誇れる成績を残しましたが、それは過去の話であって、われわれも彼らの姿勢にいい刺激を受けながら新しい気持ちで開発に取り組んでいます」
ホンダのモータースポーツ全般を統括する山本雅史モータースポーツ部長は、2018年の前半戦を振り返りながら、トロロッソとのジョイントをこのように評価する。山本部長はF1というプロジェクトの運営において渉外的な役割も果たしており、先日発表されたレッドブルへのパワーユニット供給合意でも大きな役割を果たしている。
「あと、あんまり関係ないかもしれないけど、食文化が合うって大事ですね。卓を囲んでコミュニケーションが弾むってだけでも違う」
この話は冗談交じりにみえて、実はどんな世界でもパートナーとの相性を占うに大事なことだと思う。しかもそれは「子供の時からスパゲティに親しんだ日本のスタッフが、そろいもそろってイタ飯好き」といった一方的な片思いではなくて、トロロッソ側のスタッフも和食好きが多いのだそうだ。パドックにあるホンダのモーターホームはおいしい和食が食べられることで他チームのドライバーにもうらやまれていると聞くが、そういえばハンガリーGPの決勝当日も、ハートレーが彼女と一緒に上手な箸使いでブリ照り定食を食べていた。
じゃあやっぱりイギリスのご飯はおいしくなかったんですね……なんてことは聞いたとしても脱線必至なので、質問をF1の側に振り向ける。
思考停止に陥ったチームを立て直す
果たしてホンダが“エピソード1”でうまくいかなかった理由は何だったのか。それがトロロッソとのジョイントでどのように変わったのか。
「過去の例もありますから、マクラーレンとホンダという2つの名前に対しては、相当高い期待を周りからいただいていたと思います。が、現実はそれに見合う活躍は全然できなかった。理由は至って当然のことですよ。数年ぶりに復活して、メルセデスやフェラーリのようにずっと戦い続けてきているチームと同等のパフォーマンスをポンと出せるほどF1は甘くはない。それだけです」
ホンダレーシングの中枢であるHRD Sakura(以下、さくら)でパワーユニット開発を指揮する浅木泰昭執行役員は、黄金期ともいえる第2期F1のエンジン開発を担当した人物だ。パワード・バイ・ホンダの言葉が胸に響くのは僕のようなオッさん世代だろうが、今、多くの人にとっては初代「N-BOX」の開発責任者と紹介したほうがしっくりくるかもしれない。F1と軽という、あまりに両極的なフィールドで結果を残した浅木氏は、去年の秋、責任者という立場で再びF1の現場に戻ってきた。
「私が着任してさくらの現場をみると、その現実と周囲のプレッシャーとの間でかなり苦しんでいるようにみえました。できないことをやれって迫られている厳しさといいますか、そういう状況では人間って思考停止に陥っちゃうんですね。だからいっぺん地に足をつけて自分の立ち位置を見渡す時間、そこであらためて頑張れば可能かもしれないという目標に向かってマインドセットする時間が必要だと思いました。こういう時期にトロロッソのようなチームと組めたというのは、われわれにとっても共に等身大で進める機会が得られたわけで、とてもいい契機だったと思います」
スタッフを守るのも責任者の務め
浅木氏は着任後、組織体系の明確化を進め、“開発監督のさくら”“現場監督のミルトンキーンズ”という立場をはっきりさせたという。そしてさくらでの業務に関しては、すべて自身の責任において意思決定のスピードとプロセスを明確化させた。ちなみにHRDミルトンキーンズからGPの現場でのマネジメントを統括する田辺豊治F1テクニカルディレクターは、浅木氏と共に第2期のF1を経験した先輩後輩の関係にある。
「私の立場でこれを言うのも何なのですが、この体制になって、さくらは本当に変わりました。中にいる人々も気持ちに余裕ができたんだと思います。勝たなきゃいけない、あれもこれもやらないとメルセデスやフェラーリに追いつけない……みたいな圧から解放されて、課題が明確化して順番に対処していくという道筋もきちんと見えてきた。本当はそれができていなきゃならなかったんだけど、できてなかったのが前年までの話ですよね」
山本部長の正直な告白に浅木氏が続ける。
「そりゃあれもこれもやればメルセデスやフェラーリに追いつくっていうなら、みんなの尻たたいて何が何でもやりますよ。でもそんなの無理ですから。会社の上の者はね、『周囲の期待を受けてさくらは何やってるんだ』って突き上げてきますけど、そこは理解してもらわないといけないし、中の者を守らないといけない。そういう役目をきちんと私がやらないといけないってことです。これも開発の足場固めのひとつですね」
レッドブルに可能性を示す必要がある
そんな中、現状のトロロッソでの成績を踏まえて来季からレッドブルへのパワーユニット供給が決まったのは、つい最近の話だ。
「既報の通り、先のアゼルバイジャンGPからレッドブルとは正式な検討を始めたわけですが、その前からDr.ヘルムート・マルコとは現場での日常的な会話の中でそういうやり取りはありましたね。うちにエンジン出す気ある? と聞かれて、いやいやまぁまぁって苦笑で返したり……という感じの話です。まぁお互い気持ちの探り合いみたいなところはあったのかもしれません」
人対人で交渉ごとを担当する山本部長をある種の盾にしながら、浅木氏は冷静にことを見つめていた。
「(同じレッドブルグループの)トロロッソと胸襟を開いて目標に向かうということは、レッドブルは当然、ほかのパワーユニット以上に詳細に、われわれ(のパワーユニット)の効果測定ができるということにつながります。そこでわれわれは、トロロッソを通じてメルセデスやフェラーリとの差が縮まりつつある、いつか追いついて追い越すかもしれないという証しを見せなければなりません。パワーユニットの性能は、シャシーと違ってかなりのところまで定量化できますから、ごまかしは利かない。その成長の線形をライバルよりも急角度にすることが大事です。そのために、昨年からのコンセプトを熟成するという方向性を選び、それがいい結果を重ねてくれたということだと思います」
ホンダのF1に“次”はない
ハンガリーGPでは、こそっとトロロッソのパドックをのぞくこともできたが、カメラ禁止の現場で見たむき身のパワーユニットはあぜんとするほど小さく、その周りにさまざまな補機がへばりつくことで、ようやく車体に見合うボリュームを得ているという体だった。DFVユニット時代のF1がごちそうだった自分には、神秘的とすらいえる車体構成である。
そして、それを御するドライバーの仕事はさらに理解を超えている。ステアリングのさまざまなスイッチを駆使しながら、迫りくるコーナーの数々にあり得ない速度で正確無比に応答する。生身の人間がそれをやり続けることの驚きは、ハミルトンの10年前と今日とのオンボード映像を動画サイトなどで見比べてもらえばわかるだろう。世界ラリー選手権(WRC)やMotoGPと同じく、F1もとっくのとうにエクストリームスポーツの枠内だったということを実感させられるはずだ。
この現況で、F1の正しい理解や楽しい伝達をやろうというのなら、何かといえば演歌的な人間ドラマに持ち込みたがる僕のようなオッさんの出番は減るべきだと思う。逆にもっと若い人が、“eスポーツ”のような感覚でデジタルにファクトを並べて分析していくこと=見せることになるのかもしれない。そしてホンダもF1のプロジェクトを存続していく上で目的の一片としているだろう、有望人材のリクルーティングという点においては、現場を取り仕切る田辺さんがハンガリーでこんな話を聞かせてくれた。
「これは僕も浅川も同じ考えだと思うんですが、今の事態はリクルーティングうんぬんっていう段階じゃない。もうホンダは参戦と撤退を3回繰り返しているんですね。仮にいま、ここでF1をやめるようなことになったとすれば、次にまた調子が良くなって復活っていう話はないんです。決まりごとではないですけど周りはきっと認めないだろう。われわれ現場の者はそれを肌感覚で察しています。で、ホンダの未来にF1の道はないという状況を、第2期を戦ったわれわれが見届けるようなことになっていいのかと。それだけは絶対避けなきゃならない。だとすれば、成績残して次に進む道を作り続けるしかないんです」
ああ、まさにこういう演歌に弱いんだ自分……と思いつつ、間もなくやってくる鈴鹿での日本GPがなんとも楽しみではないか。
(文=渡辺敏史/写真=本田技研工業、Red Bull Racing、webCG/編集=堀田剛資)
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渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
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