ホンダN-VAN +STYLE FUN Honda SENSING(FF/CVT)
人生まるごとモバイル 2018.10.05 試乗記 「Nシリーズ」初の商用モデルとなる「ホンダN-VAN」がデビュー。Bピラーレスボディーに広大な積載スペースを備えたデリバリーバン、その使い勝手は? 個人事業主や若者をターゲットに装備を充実させた「+STYLE FUN」に試乗した。ノマドワーカーの新たな移動手段
締め切り間近の原稿を抱えたまま取材まわりに出掛けることになると、執筆に必要なありったけのデータをPCの中に取り込んで、隙あらば喫茶店やファミレスに駆け込んではキーボードをたたく。
そうせざるを得ない状況を作ってしまうのもだらしない話だが、PCが軽くなったり通信速度が上がったりと、そうせざるを得ない状況が物理的に苦ではなくなっていることが、このだらしなさにつながっていることは間違いない。
そんな事情をかばんに携えつつ店内で周囲を見まわせば、多くのお客さんがPCを開いている。僕のようにひたすらテキストを打ちまくる者あれば、機密だだ漏れでパワポと格闘する者あり。家でやればと思うけど、家にはいられない、いたくない事情もあるのだろう。それは僕にもよくわかる。
ともあれ仕事に明け暮れる日々に必要な面積は今や喫茶店のテーブルひとつ。だとすればこのクルマは、僕も含めたそういう人々の人生ごとモバイルしてくれるだろう。なんとあらば、これが居住地でも成立してしまうのではないか。
N-VANの第1信で公開された、左列一帯フルフラットな車内写真に僕は心ざわめいた。寝る打つ走る。それはまるで自分の毎日をわざわざ形状化して客観的に見せられているようだ。
基本は軽貨物車の体でありながら、裏稼業としてホビーユースを念頭に置いたホンダのたくらみはホームページにも表れていて、中にはどういう意向なのか自慢のフルフラットスペースでヨガをたしなむ女性の写真なども載っている。
とあらば、血眼でPCに向かい疲れて横たわるオッさんの絵面があったとしても違和感はない。こちとら商用であるからして、空間の使い方としてはむしろ本筋である。
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超絶のフルフラットスペース
そして迎えた取材当日。何はともあれ食い入るようにのぞき込んだのは、自分の人生をまるっと飲み込んでしまいそうなそのスペースだ。
樹脂とビニールのトリム類がむき出す床面は、フルフラットにまつわる苦心の跡がありありとみてとれる。
更地化の施工過程も軽々シンプルとは言いにくいが、曲がりなりにも人の荷重に対応した椅子をぺったりとしまい込むには最小限の動線と言ってもいいだろう。
横になってみると溝部のへこみは体に感じるが、とにかく前後方向の開放感は画期的で、それこそヨガマットくらいの敷物とシュラフがあれば心置きなく惰眠が貪(むさぼ)れそうな空間ではある。
こうなると気になってくるのはPCをどこで開くかだが、期待していた運転席後ろ、つまり右側後席はレッグスペースが狭く背面角もきつく……と長時間の着座は相当厳しい。
この辺りは法規に縛られた軽貨物車として納得せざるを得ないところだが、N-VANの場合は助手席も可動域が限られており、座面や背面も薄いオケージョナル仕様だ。
それがゆえの超絶フルフラットスペースなわけだが、さすがに大人が4人乗っての長距離移動は無理筋である。ホンダ的には、そうしたいというあなたには「N-BOX」を是非ということになるのだろう。
Bピラーレスの利点と欠点
そもそもN-VANのシートアレンジ開発の発端は、eコマースの普及で宅配便のニーズが飛躍的に高まり、比例して近距離&小口のニーズが激増した軽貨物車の使われ方を鑑みてのものだろう。
マンションの玄関口などに横付けしてアマゾンやらゾゾタウンやらの段ボールを何個も積み重ねて運ぶには、動線は短いほうが便利がいい。
N-VANの最大積載量は一般的な軽貨物車と同等を確保しているが、一方でFFハイトワゴンの車内空間を生かしつつ、フレームシャシーなみの高負荷対応は割り切っている。
加えて「タント」系の車台を用いる「ハイゼット キャディ」がわざわざ採用しなかったBピラーレスボディーを逆手をとるように開発し、新たなアクセスポイントとして提案するなど、かつてはホンダらしいとされたクレバーさも垣間見える。
しかしその弊害はまったくないわけではない。高速巡航になると風切り音やロードノイズの類いはガンガン高まっていくが、その多くが左側方から目立っていることは普通に乗っていても伝わってくる。
特にロードノイズ関係は履いているタイヤの影響も大きそうだが、商用車の場合は高負荷対応の強度をもったタイヤでなければ車検に対応できないことも多い。
いわゆるドレスアップ的なところでN-BOXのような自由度は望めないというのも、N-VANを選ぶ上で覚悟すべきことだろう。
おひとりさまにこそオススメ
もはや乗らなくてもいいやと思うほど内装の使い勝手に夢中だった僕からすれば、N-VANの動的な質感は前述の高速巡航域を除けば想像以上に高かった。
路面の目地や路肩の段差でも無粋な突き上げは適切に抑えられ、転がりにも路面のゴツザラ感がまとわりつくことはない。
CVTの設定も実用加速に狙いがしっかり定まっていて、NAエンジンでも普通の加減速ならばアクセルを底踏みするようなことはないだろう。
そして空荷でもリア側が跳ねることはなく、ハンドリングの前輪接地感や姿勢の安定性はN-BOXに準ずるところにある。
とはいえ、だ。N-VANは決してN-BOXの代役も張れるクルマではない。両車の間では機能も快適性も明確で絶妙な境目がある。
ファミリーカーとして薦められるのは間違いなくN-BOXの側であり、N-VANを選ぼうというのなら適正乗員数は1ないし2名、そして左側のスペースをいかに活用するかによってその適性が大きく左右される。
平たく言えば、“ぼっち”でこそ最大のパフォーマンスが発揮できるクルマということになるだろうか。ぼっちは得てしてネガティブに捉えられがちだが、現在は進んで好んでおひとりさまを愉(たの)しむ時代でもある。
それにしてもN-VANの内訳を知った今でも、この車内でPCと格闘して左の更地に寝転がってみたいと思っている僕は一体何なんだろう。
どこかの住宅メーカーのCMではないが、子供の頃に押し入れを秘密基地と称して遊んだ時のような、本能的興奮がそもそも狭所にはあるのかもしれない。
(文=渡辺敏史/写真=荒川正幸/編集=大久保史子)
テスト車のデータ
ホンダN-VAN +STYLE FUN Honda SENSING
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3395×1475×1945mm
ホイールベース:2520mm
車重:960kg
駆動方式:FF
エンジン:0.66リッター直3 DOHC 12バルブ
トランスミッション:CVT
最高出力:53ps(39kW)/6800rpm
最大トルク:64Nm(6.5kgm)/4800rpm
タイヤ:(前)145/80R12 80/78N LT/(後)145/80R12 80/78N LT(ブリヂストン・エコピアR680)
燃費:23.8km/リッター(JC08モード)
価格:156万0600円/テスト車=183万6000円
オプション装備:ボディーカラー<プレミアムイエローパールII>(3万2400円)/ナビ装着用スペシャルパッケージ(3万8880円) ※以下、販売店オプション ベーシックインターナビ VXM-184VFi<ナビスペ用>(12万7440円)/ドライブレコーダー<フロント用>GPS 液晶モニター付き(2万7000円)/発話型ETC2.0車載器 音声ガイドタイプ アンテナ分離型(2万7000円)/フロアカーペットマット プレミアム(2万2680円)
テスト車の年式:2018年型
テスト開始時の走行距離:2101km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(5)/高速道路(5)/山岳路(0)
テスト距離:121km
使用燃料:11.5リッター(レギュラーガソリン)
参考燃費:10.5km/リッター(満タン法)/10.6km/リッター(車載燃費計計測値)
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渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。