「N-BOXジョイ」にできて「N-BOX」にはできないこと あるいはその反対
2024.10.09 デイリーコラムインテリアは「ふらっとテラス」
スーパーハードな出張取材から戻ってパソコンを起動すると、webCGからメールが届いていた。件名は「コラムを書いてください」。本文にはテーマとして《「N-BOXジョイ」にできて「N-BOX」にはできないこと あるいはその反対》と書いてあった。常軌を逸したむちゃぶりである。立場の弱い出入り業者に対するイジメ行為としか思えない。内外装が違うだけで、この2台は同じクルマである。チーフエンジニアの諫山博之さんは、「N-BOXジョイの強みはN-BOXと同じ使い勝手と利便性があること」と話していたのだ。
新モデル発売時には試乗会が開かれるのが普通だが、N-BOXジョイは事前説明/撮影会だった。パワートレインや足まわりなどに変更はないので、走らせてみても意味がない。代わりに設定されていたのが「ふらっとテラス体験」というプログラム。リアシートを折りたたんで広いスペースを出現させ、ゆったりとした姿勢で過ごすことができることをアピールしていた。一応、これが「N-BOXジョイにできてN-BOXにはできないこと」ということになるのだろう。
標準車より約15万円高いのに違いはそれだけかよ、という声が聞こえてきそうだが、実は目的に合わせてしっかりとつくり込んでいる。倒したリアシートの上に座るかたちになるので、フレームの凹凸がお尻に当たらないようにプレートを入れてフラットな形状にした。さらに、フロア後端を80mm上げることで体がずり落ちることを防いでいる。
ふらっとテラスで何ができるか。ホンダが推奨しているのはチェアリングだ。広場や公園に椅子を持っていき、ランチを食べたりお茶を飲んだりながら気ままに過ごすというアクティビティーである。コロナ禍で飲食店への出入りが制限された時期に、屋外ならば感染の危険が少ないということで静かなブームとなった。ふらっとテラスに2人並んでのんびりすることもできるし、折りたたみ椅子を持っていって対面で会話してもいい。
これが、N-BOXジョイの提案である。まったりダウナーな感じであまり活動的なイメージではないが、今の空気はそんなものだとホンダは判断したのだ。「スズキ・スペーシア ギア」に始まったSUV風仕立ての軽スーパーハイトワゴンは、「ダイハツ・タント ファンクロス」「三菱デリカミニ」というフォロワーが出現したことで分かるように売れ筋のジャンルになった。ホンダもこのトレンドに乗るのかと思われていたが、斜め上を狙った変化球を投げてきたというわけだ。
アウトドアは雰囲気だけで十分
“SUV風”と表現したのは、各社の製品がいずれもヘビーなアウトドア性能を有してはいないから。いわゆる“なんちゃってSUV”である。グリップコントロールとヒルディセントコントロールを装備するデリカミニでさえ、開発者に聞くと「本格的SUVということは一切言っていません」というエクスキューズが返ってきた。テーマは「デイリーアドベンチャー」で、「普段の生活のなかに冒険を感じようということ」なのである。
スペーシア ギアは「遊びのギアがあがっちゃう(本当はここに右上がりの矢印が入る)」、ファンクロスは「ひらけ、新時代アウトドア」というキャッチコピーを掲げていて、やはりSUVとはうたっていない。アウトドアの雰囲気は味わいたいが、悪路を走らなければたどり着けないような場所に行こうと思わないのが多数派である。ホンダは後発の利を生かし、ユーザーの本音に沿ってN-BOXジョイのコンセプトを練り上げたということなのだろう。
プレス資料には、スーパーハイトワゴンユーザーがアウトドアに求めるイメージの調査結果が記されていた。「リラックス」「アクティブ」「タフ」のうち、圧倒的に支持を集めたのがリラックス。30代以上は60%程度だったが、20代以下ではなんと90%がリラックスを選んでいる。日本の先行きが不安になるような結果ではあるが、それが時代の気分なのは確かなようだ。
競合モデルと比べると、N-BOXジョイは外観のアウトドア感を最小限に抑えている。樹脂パーツも控えめで、狙っているのは実用的な機能性だ。内装に関しては、完全に独自路線といっていい。全面的にチェック推しである。ふらっとテラスのフロアをチェック柄にすることから始まって、前席後席のシートにも同じ生地を採用した。N-BOXが「シンプル」、N-BOXカスタムが「上質」をテーマにしているのに対し、N-BOXジョイは「ナチュラルりらっくす」コーディネートなのだという。「ふらっと」とか「りらっくす」とか、ひらがな表記に“創作和食ダイニング”的なセンスが漂う。
チェック内装というと「フォルクスワーゲン・ゴルフGTI」を思い浮かべるが、趣はまったく違う。GTIはレッドが基調で、ドイツ人の感覚ではスポーティーさを表現しているらしい。N-BOXジョイは、ゆるふわ志向である。家のインテリアをクルマに導入することを意図していて、汚れを目立たせないという目的もある。開発当初からチェック一択で、ストライプなどは視野に入っていなかったそうだ。
ホンダのレガシーが詰まっている
チェックは古くから使われてきた柄で、世界中のさまざまな地域に長い伝統を持つデザインが継承されている。ギンガムチェック、タータンチェック、マドラスチェックなどが有名だ。色やパターンの違いが所属する氏族やアイデンティティーを示す機能を持つこともある。N-BOXジョイに採用されたチェック柄はオリジナルで、名前はついていないということだった。あえて表現すれば、バーバリーチェックにアキバ系オタクが着るシャツの柄をミックスした感じだろうか。
これが今風なのかもしれないが、少しばかり残念な気持ちになった。ホンダには、過去にチェック柄を採用したすてきなクルマがあったからだ。「シティ カブリオレ」である。クーペとは異なる内装で、シートはグレンチェックだった。スコットランドにルーツを持ち、ブラック&ホワイトのラインに千鳥格子を組み合わせた複雑な模様になっている。エドワード7世のお気に入りだったということで、以前このクルマに乗っていたころはそこはかとなく気品が漂っていると感じたものだ。この素晴らしい意匠を、なぜそのまま使わなかったのだろう。
N-BOXジョイには、ほかにもホンダがたどってきた歴史の引用がある。1972年に発売された「ライフステップバン」だ。商用車ではあるがハイトワゴンの先駆的形態ともいえるモデルで、レジャー用途にも使われていた。リアシートをたたんでフラットな荷台に変化させる機構も備わっていて、まさにN-BOXジョイのルーツである。ステップバンをモチーフにした純正アクセサリーが用意されていることから、ホンダがその文脈を意識していることが伝わってくる。
さらに、ジョイというのは1983年に発売されたスリーターにつけられていた名称だった。つまり、ホンダに受け継がれている豊かなレガシーが凝縮された特別な一台がN-BOXジョイなのである。ゆめゆめ侮ることなかれ。チェック柄のリアスペースにゆったり座れるだけの派生モデルではないのだ。
(文=鈴木真人/写真=本田技研工業/編集=藤沢 勝)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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