第579回:あふれる愛情は体でアピール!?
クルマとタトゥーの意外な関係
2018.11.09
マッキナ あらモーダ!
自動車ブランドとタトゥー
日本ではインバウンド客が急増する温泉地などで、タトゥー(入れ墨)のある外国人観光客をどう扱うかが議論の対象となって久しい。
ここ10年、イタリアをはじめ欧州の周辺各国では、タトゥーが急速にポピュラーになったといってよい。ボクの住むシエナのような地方都市にも、気がつけば今や複数のタトゥーショップがある。
もちろん、そうしたトレンドになじめない人もいる。モナコ在住のクラシック音楽関係者はボクに「どんなに親しくなった女性でも、スモーカーであることがわかったり、タトゥーが入っているのを見つけたりした瞬間、百年の恋がさめる」と嘆いた。
自動車に近い世界では、フィアット創業家の御曹司でファッションブランドであるイタリア・インディペンデントや自動車カスタムメイド工房ガレージ・イタリアを率いるラポ・エルカン氏が「神風」のタトゥーを入れている。その姿はイタリアの女性週刊誌などで、たびたび伝えられてきた。
だが全体的にいえば、保守的なヨーロッパの自動車業界では、タトゥー文化をPR活動で積極的に使うかどうかの判断は避けられてきた。
ボクが記憶しているのは、2001年にイタリアのボローニャモーターショーで、シトロエンが会場の全コンパニオンにブランドロゴ「ドゥブル・シェヴロン」のインスタントタトゥーを貼らせていたことだ。
だが、エンターテインメント的要素が強いボローニャショーという特殊な場に限っての演出であったようで、他社を巻き込んでのトレンドとはならなかった。
ようやく公にタトゥーを取り上げたのは、2014年のジュネーブショーにおけるプジョーだった。タトゥーアーティストにペインティングを委嘱した「108」のショーカーを展示したほか、ダッシュボードにタトゥーマシンを使って文様を施す実演も行ったのだ。(関連記事:エコブースト男・大矢アキオのジュネーブ滞在記)
観察するところ、ヨーロッパの自動車界でグループPSAはタトゥーに最も寛容なようである。
彫られるブランド・彫られないブランド
いっぽう、プジョーの試み以前から、自動車ファンや趣味性が高いショップオーナーの間では、愛車や取り扱うクルマのタトゥーを、自分の体に彫り込むのが始まっていた。
今回紹介する写真は、ボクが約10年にわたり、欧州各地のイベントやショーで撮りだめたクルマ系タトゥーの写真コレクションである。
さまざまなイベントを巡ったボクが知る限り、タトゥーの対象となるブランドには、一定の法則がある。
まず、愛車関連のタトゥーを彫っているファンを見かける頻度が高かったのは、「2CV」を中心としたシトロエン、そして空冷系フォルクスワーゲンのイベントである。
背景にあるのは何か? それは1960年代末にそうしたクルマたちに乗り、自由を謳歌(おうか)したヒッピーたちのカルチャーに違いない。今日のファンの脳裏には無意識のうちにヒッピーの姿や従来の固い慣習に縛られないライフスタイルが息づいていて、タトゥーに向かわせているのだとボクは考える。
いっぽうメルセデス・ベンツやBMW、アウディといったブランドをモチーフにする人は、現在までボク個人はお会いしたことがない。タトゥーを人生や生活に必要ない装飾・遊びと定義するなら、やはり手堅いブランドとは相性が悪いのだろう。
オペル、フォード、そしてルノーなど、欧州におけるスタンダード系・生活系ブランドのロゴやクルマも、タトゥーの題材とならない。
特にオペルはヨーロッパの人々にとって、あまりに実用車のイメージが強く、タトゥーの対象になりにくいことが想像できる。
だが少し前のオートモーティブニュースによれば、PSA傘下入り後に急速に業績回復したオペルでは、ある工場従業員が「ようやく『オペルで働いている』と、自信をもって言えるようになった」と話したという。
本社所在地リュッセルスハイムの隣にあるヴィースバーデンの温泉あたりに行けば、シンボルマークのブリッツ(稲妻)マークを彫ったおじさんがそろそろ出没するのではないか。
もしずっと彫っていたら……
ボクはといえば、自動車タトゥーファンの人々を到底まねできない。
ひとつは、お察しのとおり「痛み」である。インフルエンザの予防接種でさえ、極細針使用を売りにする東京の美容外科で打ってもらっているボクとしては、タトゥーマシンはかなりハードルが高い。
それと同じくらい問題なのは、「移り気」な性格である。ボクは、定期的・周期的に自動車そのものへの感心が希薄になる。
小学校高学年のときはNゲージ鉄道模型に興味が行ってしまった。それが終わると、中学生の分際でデカダン文学に傾倒。社会人になってからは、ラテンミュージックやコンテンポラリーアートに魅せられた時期があった。だからクルマへの情熱を継続させている、自動車ジャーナリストと称する方々を尊敬するし、やはりプロだと思う。
クルマに関してもしかりで、たどってきた趣向は「流浪」の2文字に尽きる。高校生の頃は当時の自動車誌における傾向をもろに受け、ドイツ車が至上であると信じながら免許をとった。最初のクルマも親のお下がりのドイツ車で、喜々として乗っていた。
しかし会社員になると、ドイツ車と正反対のキャラクターをもつイタリア車の世界に魅了された。続いてアメリカ車の寛容さに感化され、2台も買ってしまった。その間にも、ついぞ所有することはなかったものの、フランス車をたびたび買いかけた。「トヨタ・センチュリー」や中国の紅旗にも憧れていた。
仮にそうした彷徨(ほうこう)の歴史を全部彫っていたとしたら、ボクの体は「自動車ガイドブック」や「輸入車ガイドブック」状態になっていたに違いない。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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