「積めればいい」は過去の話
軽トラックの最前線を追う
2018.11.14
デイリーコラム
軽トラをデコるのは当たり前!?
特別仕様車というのは販売促進のためのありふれた手法だが、モノが「ホンダ・アクティ トラック」だとちょっと話が違う。軽トラは生粋の実用車だからだ。ただ、熱烈なホンダファンなら、今回設定された「スピリットカラースタイル」のアクティ トラックが欲しくなってしまうかもしれない。イメージされているのは、ホンダの四輪事業の原点となったモデルなのだ。1963年に発売された「T360」である。2シーターオープンスポーツの「S500」より2カ月前に商品化されたことになるわけで、今年が55周年にあたる。「ベイブルー×ホワイト」と名付けられた2トーンカラーは、当時のカラーリングをイメージしたという。
レトロ感を漂わせた仕上がりはなかなかステキだが、派手なボディーカラーで軽トラックを飾ること自体は驚くことではなくなっている。商用車が実用一辺倒の白かシルバーしかなかった時代はすでに過去なのだ。ダイハツの「ハイゼット カーゴ」にはメーカーオプションとして「選べるカラーパック」が設定されている。標準色の「ホワイト」「ブライトシルバーメタリック」を含む全7色からボディーカラーを選べるのだ。
軽トラ版の「ハイゼット トラック」にも、ピンクやミントグリーンのボディーカラーが用意されている。荷台やガードフレームのプロテクターだってピンクを選ぶことができるのだ。インテリアにはチェックのシートカバーもある。オプションも盛りだくさんで、メッキドアミラーカバーやレッドのエンブレムカラーシールは当たり前。LEDヘッドライトやアルミホイールも今や特別なものとはいえない。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
もはや必須の先進安全装備
軽商用車の進化は見た目に限らない。使い勝手やユーティリティーの面でも普通の乗用車と変わらない装備が採用されている。軽トラは座席の背もたれが垂直で座りにくいというイメージがあるかもしれないが、ハイゼット トラックの「ジャンボ」というグレードなら座席のリクライニングやシートスライドができる。スズキもこの5月に「スーパーキャリイ」を発売して、このジャンルに参入した。
収納スペースも充実していて、ドリンクホルダーがあるのはもちろん、インパネトレーやセンターコンソールのアンダーポケットなどに大小さまざまなものが置ける。仕事用のファイルを入れるスペースやペン立てがあるのは、商用車ならではの工夫だ。
安全面で軽商用車が遅れていたことは否定できない。最近まで軽トラにはABSさえ付いていなかった。自宅と畑を往復するだけ、というような使い方が多かったので、必要ないと思っていたユーザーが多かったからである。ただ、軽トラにオシャレ仕様が生まれているということは、ちょっと街に出掛けるという用途も増えていることになるはずだ。法令が改正されて、ABS未装着の軽トラックは販売できないことになった。
乗用車で先行していた先進安全装備でも、ようやく時代の流れに追いついてきた。ダイハツのハイゼットシリーズが今年から取り入れたのが「スマートアシストIII t」。ダイハツがこれまで「ムーヴ」や「ミラ」などの軽乗用車に装備してきた衝突回避支援システムのスマートアシストを軽トラ用に最適化したものである。ショートホイールベースであることと荷物を積んでいない時にリアが軽くなることなどを考慮して、専用のチューニングが施されている。
助手席に乗って実際に体験してみたことがあるが、緊急自動ブレーキも誤発進抑制制御も的確に作動していた。安全装備なのだから、商用車にも同じ機能が与えられるのは当然のこと。ルームミラーの裏に設置されているステレオカメラは世界最小サイズだという。スズキもキャリイの安全装備を強化した。自動ブレーキは付いていないが、誤発進抑制装置はハイゼットを上回る。前後に合計4つの超音波センサーを備え、前進に加えて後退時にも機能するのが自慢だ。
軽バンではホンダが一歩リード
この点でホンダ=アクティ トラックは明らかに出遅れてしまった。このままでは商品力に影響する可能性がある。ただ、商用バンではホンダがアドバンテージを築いた。軽トールワゴン「N-BOX」をベースにして作られた「N-VAN」には、乗用車のNシリーズと同じ先進安全運転システム「Honda SENSING(ホンダセンシング)」が全車に標準装備されているのだ。緊急自動ブレーキや誤発進抑制制御などの事故防止機能だけでなく、アダプティブクルーズコントロールや車線維持支援システムも使える。
N-VANの前身モデルにあたるのが「アクティ バン」である。アクティはトラックだけが従来モデルのままとなった。N-VANとアクティ バンを乗り比べると、差は歴然。アクティは振動や乗り心地、操縦性が明らかに劣っていた。これまでは商用車だから仕方がない、と諦められていたのだろうが、N-VANが世に出てしまった以上、言い訳は通用しなくなる。商用車のほうがドライバーの乗車時間が長いので、本来なら乗員の快適性が最優先されるべきなのだ。N-VANはアクティ バンよりかなり価格が上がったが、それでも支持されているところに時代の変化が読み取れる。
CASE(Connected、Autonomous、Shared、Electric)やMaaS(Mobility as a Service)といった次世代自動車のキーワードは、商用軽自動車にとっても無縁ではない。人手不足をカバーするための技術は商用車にこそ必要とも考えられる。T360はDOHCエンジンを搭載したことで注目されたが、これからの軽トラは次世代自動車の先端技術に向き合っていかなければならないのだ。
(文=鈴木真人/写真=本田技研工業、ダイハツ工業、スズキ/編集=藤沢 勝)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
-
アマゾンが自動車の開発をサポート? 深まるクルマとAIの関係性NEW 2025.9.5 あのアマゾンがAI技術で自動車の開発やサービス提供をサポート? 急速なAIの進化は自動車開発の現場にどのような変化をもたらし、私たちの移動体験をどう変えていくのか? 日本の自動車メーカーの活用例も交えながら、クルマとAIの未来を考察する。
-
新型「ホンダ・プレリュード」の登場で思い出す歴代モデルが駆け抜けた姿と時代 2025.9.4 24年ぶりにホンダの2ドアクーペ「プレリュード」が復活。ベテランカーマニアには懐かしく、Z世代には新鮮なその名前は、元祖デートカーの代名詞でもあった。昭和と平成の自動車史に大いなる足跡を残したプレリュードの歴史を振り返る。
-
マツダの将来を担う次世代バイオディーゼル燃料 需給拡大に向けた最新の取り組みを知る 2025.9.3 ディーゼルエンジンを主力とするマツダにとって、カーボンニュートラルを実現した次世代バイオディーゼル燃料は生命線ともいえる存在だ。関係各社を巻き込んで需給拡大を図るマツダの取り組みと、次世代燃料の最新事情を紹介する。
-
意外とクルマは苦手かも!? 自動車メディアの領域で、今のAIにできること、できないこと 2025.9.1 AIは今や、文章のみならず画像や動画もすぐに生成できるレベルへと発展している。では、それらを扱うメディア、なかでもわれわれ自動車メディアはどう活用できるのか? このテクノロジーの現在地について考える。
-
世界の議論を日本が主導! 進むハンズオフ運転支援機能の普及と国際基準制定の裏側 2025.8.29 世界的に開発と普及が進むハンズオフ(手放し運転)運転支援機能の、国際基準が改定された。先進運転支援や自動運転の技術の基準は、どのように決められ、またそこで日本はどんな役割を果たしているのか? 新技術の普及に必須の“ルールづくり”を解説する。
-
NEW
BMWの今後を占う重要プロダクト 「ノイエクラッセX」改め新型「iX3」がデビュー
2025.9.5エディターから一言かねてクルマ好きを騒がせてきたBMWの「ノイエクラッセX」がついにベールを脱いだ。新型「iX3」は、デザインはもちろん、駆動系やインフォテインメントシステムなどがすべて刷新された新時代の電気自動車だ。その中身を解説する。 -
NEW
谷口信輝の新車試乗――BMW X3 M50 xDrive編
2025.9.5webCG Movies世界的な人気車種となっている、BMWのSUV「X3」。その最新型を、レーシングドライバー谷口信輝はどう評価するのか? ワインディングロードを走らせた印象を語ってもらった。 -
NEW
アマゾンが自動車の開発をサポート? 深まるクルマとAIの関係性
2025.9.5デイリーコラムあのアマゾンがAI技術で自動車の開発やサービス提供をサポート? 急速なAIの進化は自動車開発の現場にどのような変化をもたらし、私たちの移動体験をどう変えていくのか? 日本の自動車メーカーの活用例も交えながら、クルマとAIの未来を考察する。 -
新型「ホンダ・プレリュード」発表イベントの会場から
2025.9.4画像・写真本田技研工業は2025年9月4日、新型「プレリュード」を同年9月5日に発売すると発表した。今回のモデルは6代目にあたり、実に24年ぶりの復活となる。東京・渋谷で行われた発表イベントの様子と車両を写真で紹介する。 -
新型「ホンダ・プレリュード」の登場で思い出す歴代モデルが駆け抜けた姿と時代
2025.9.4デイリーコラム24年ぶりにホンダの2ドアクーペ「プレリュード」が復活。ベテランカーマニアには懐かしく、Z世代には新鮮なその名前は、元祖デートカーの代名詞でもあった。昭和と平成の自動車史に大いなる足跡を残したプレリュードの歴史を振り返る。 -
ホンダ・プレリュード プロトタイプ(FF)【試乗記】
2025.9.4試乗記24年の時を経てついに登場した新型「ホンダ・プレリュード」。「シビック タイプR」のシャシーをショートホイールベース化し、そこに自慢の2リッターハイブリッドシステム「e:HEV」を組み合わせた2ドアクーペの走りを、クローズドコースから報告する。