第13回:メルセデス・ベンツCLS(前編)
2018.11.21 カーデザイナー明照寺彰の直言![]() |
プレスラインの極端に少ない、シンプルなデザインが特徴の「メルセデス・ベンツCLS」。メルセデスが「新世代デザインの嚆矢(こうし)」とうたうこのクルマは、現役のカーデザイナー明照寺彰の目にどう映ったのだろうか?
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
“プロポーション命”の直球勝負
ほった:……えー。今回のお題はメルセデス・ベンツCLSです。初代の登場時には、日本じゃ「『カリーナED』の再来?」とネガティブな反応が多かったクルマですけど、その後は4ドアクーペ路線が多くのブランドで定着して、市場的には正解だってことが証明されたわけですが……。明照寺さん、どうですか? 3代目のデザインは。
明照寺彰(以下、明照寺):CLSは4ドアですけどクーペなので、“趣味のクルマ”という側面が強いと思います。(タブレットに写真を表示しつつ)で、これが恐らく競合するだろう「アウディA7」。こうして見比べると、新型CLSにはサイドのキャラクターラインというものがないんですね。
永福ランプ(以下、永福):のぺーっとしてますね。
明照寺:下のほうにはありますけど、そこから上には何もないじゃないですか。つまりこれは、完全にプロポーションで見せてる。プロポーションがこうだから成立しているデザインだと思います。
永福:小細工をしていないんですね。
明照寺:アウディA7って、例えばサイドビューの後ろ半分を隠してみると、比較的どこにでもあるセダンに感じますよね。それに対してCLSは、前を隠しても後ろを隠してもスポーティーに見えます。つまり、A7がリアですごく頑張ってクーペライクに見せているのに対して、CLSはFRのプロポーションを武器に、それだけでスポーティーさを十分に表現している。加えて、ウエストラインより下に対して上のキャビンの比率をとても小さくしてる。もうそれだけで、つまりプロポーションだけでクーペの勢いやスポーティーさを表現できているというのが、第一印象ですね。
もう少し工夫があってもいいのでは?
永福:キャラクターラインをなくしたというのは、くしくもBMWの「X2」や新型「3シリーズ」と軌を一にしている印象もありますが。今後世界のデザイントレンドは、こっちの方向へドーッと流れていくんでしょうか。
明照寺:キャラクターラインに頼らないデザインが、今後主流になるのかなぁとは思います。「トヨタ・カローラ スポーツ」の時にも話しましたけど、これからどんどんクルマのデザインがシンプルになっていくんじゃないかってことですね。そんな中、メルセデスはこれがデザイン改革の一番手みたいな触れ込みですが。
永福:……実際、これってカッコいいですか?
明照寺:それは非常に難しい質問ですね(笑)。自分としては、どこかとりとめのないデザインだと感じます。
永福:とりとめがない……。実はディーラーに実車を見に行ったんですけど、サイドがすごくシンプルで、ちょっと安っぽく見えたんです。シンプル・イズ・ベストとは言いますが、う~ん、本当にこれでいいのかなぁ、って感じました。アウディ的にサイドのキャラクターラインのエッジが立ってると、それだけでちょっと高級に見えるじゃないですか。CLSはそれがまったくないので。
明照寺:フォルムがすごく単純なんですよ。単純すぎて、デザイナーの工夫が感じられないんですよね。
永福:あえて工夫を捨てた、断捨離デザインですかね?
明照寺:うーん。これはデザイナーとしての私見ですけど、モデリング(デザイナーのスケッチを参考に、モデラーがクレイモデルを使ってデザインを立体に起こす作業)にはすごく時間かけたのかな、っていう気がします。逆にデザインは、そんなに時間かかってないだろうなと。
永福:つまり、デッサンはシンプルで、その分クレイモデルの段階での微調整というか、作り込みには時間をかけたというわけですね。
明照寺:あくまで憶測ですけどね。
これが、これからのベンツの顔?
明照寺:最初のスケッチは、引き算、引き算で考えたんじゃないかな。肯定的に言うと、どんどん省いてシンプルにした。だけど実車を見ると、なにも工夫してないじゃないかと感じてしまうんですよ。盛りすぎてダメになる例もあるんですけど、CLSについては、もうちょっと何かないのかと。それによって、高級感とか上質さとかがより感じられるものにできたんじゃないのかと。今のCLSだと、「前から後ろに続くショルダーラインがあって、あとはドアをドーンと付けただけで終了」っていう感じがします。
ほった:このデザイン、メルセデスは「このCLSが始まりだ」って言ってますけど、個人的には「AMG GT」が本当の始まりだったんじゃないかなっていう気がしてるんです。あれもサイドのプレスラインが少なかったですよね。
明照寺:そうかもしれませんね。逆スラント的なところから立体が始まるっていう点は、多分そこからヒントを得たのかなあと。フロント部のサイドビューを比べて見ると、これがCLSで、これが新型「Aクラス」、そしてこれがAMG GTの4ドアで……。
永福:えっ? これが新型Aクラスですか?
ほった:Aの4ドアですね。
永福:うわ~、ぜんぜん見分けつかないや。
明照寺:私も比べてみてびっくりしたんですけど、細かいディテールまでほぼ変わらないんですよ。もちろんシルエットは違うし、キャラクターラインにも差はあるけれど、顔まわりをこれだけ似せてくるっていうのは、CLSのこの顔が「これからのメルセデスにとって、決して特別なものではないよ」ということなんでしょうね。
永福:今後、全部この流れになる予感がビンビンしますね~。
(文=永福ランプ<清水草一>)

明照寺 彰
さまざまな自動車のデザインにおいて辣腕を振るう、現役のカーデザイナー。理想のデザインのクルマは「ポルシェ911(901型)」。
永福ランプ(えいふく らんぷ)
大乗フェラーリ教の教祖にして、今日の自動車デザインに心を痛める憂国の士。その美を最も愛するクルマは「フェラーリ328」。
webCGほった(うぇぶしーじー ほった)
当連載の茶々入れ&編集担当。デザインに関してはとんと疎いが、とりあえず憧れのクルマは「シェルビー・コブラ デイトナクーペ」。
-
第41回:ジャガーIペース(後編) 2019.7.17 他のどんなクルマにも似ていないデザインで登場した、ジャガー初の電気自動車「Iペース」。このモデルが提案する“新しいクルマのカタチ”は、EV時代のメインストリームとなりうるのか? 明照寺彰と永福ランプ、webCGほったが激論を交わす。
-
第40回:ジャガーIペース(前編) 2019.7.10 ジャガーからブランド初の100%電気自動車(EV)「Iペース」が登場。SUVのようにも、ハッチバックのようにも見える400psの快速EV。そのデザインに込められた意図とは? EVデザインのトレンドを踏まえつつ、現役の自動車デザイナー明照寺彰が語る。
-
第39回:アウディA6 2019.7.3 アウディ伝統のEセグメントモデル「A6」が、5代目にモデルチェンジ。新世代のシャシーやパワートレインの採用など、その“中身”が話題を呼んでいる新型だが、“外見”=デザインの出来栄えはどうなのか? 現役のカーデザイナー明照寺彰が斬る。
-
第38回:三菱eKクロス(後編) 2019.6.26 この“顔”はスポーツカーにもよく似合う!? SUV風のデザインが目を引く、三菱の新しい軽乗用車「eKクロス」。迫力満点のフロントマスク「ダイナミックシールド」の特徴とアドバンテージを、現役の自動車デザイナー明照寺彰が語る。
-
第37回:三菱eKクロス(前編) 2019.6.19 三菱最新のデザインコンセプト「ダイナミックシールド」の採用により、当代きっての“ド迫力マスク”を手に入れた「三菱eKクロス」。そのデザインのキモに、兄弟車「日産デイズ」や同門のミニバン「三菱デリカD:5」との比較を通して迫る。
-
NEW
アマゾンが自動車の開発をサポート? 深まるクルマとAIの関係性
2025.9.5デイリーコラムあのアマゾンがAI技術で自動車の開発やサービス提供をサポート? 急速なAIの進化は自動車開発の現場にどのような変化をもたらし、私たちの移動体験をどう変えていくのか? 日本の自動車メーカーの活用例も交えながら、クルマとAIの未来を考察する。 -
NEW
新型「ホンダ・プレリュード」発表イベントの会場から
2025.9.4画像・写真本田技研工業は2025年9月4日、新型「プレリュード」を同年9月5日に発売すると発表した。今回のモデルは6代目にあたり、実に24年ぶりの復活となる。東京・渋谷で行われた発表イベントの様子と車両を写真で紹介する。 -
NEW
新型「ホンダ・プレリュード」の登場で思い出す歴代モデルが駆け抜けた姿と時代
2025.9.4デイリーコラム24年ぶりにホンダの2ドアクーペ「プレリュード」が復活。ベテランカーマニアには懐かしく、Z世代には新鮮なその名前は、元祖デートカーの代名詞でもあった。昭和と平成の自動車史に大いなる足跡を残したプレリュードの歴史を振り返る。 -
NEW
ホンダ・プレリュード プロトタイプ(FF)【試乗記】
2025.9.4試乗記24年の時を経てついに登場した新型「ホンダ・プレリュード」。「シビック タイプR」のシャシーをショートホイールベース化し、そこに自慢の2リッターハイブリッドシステム「e:HEV」を組み合わせた2ドアクーペの走りを、クローズドコースから報告する。 -
第926回:フィアット初の電動三輪多目的車 その客を大切にせよ
2025.9.4マッキナ あらモーダ!ステランティスが新しい電動三輪車「フィアット・トリス」を発表。イタリアでデザインされ、モロッコで生産される新しいモビリティーが狙う、マーケットと顧客とは? イタリア在住の大矢アキオが、地中海の向こう側にある成長市場の重要性を語る。 -
ロータス・エメヤR(後編)
2025.9.4あの多田哲哉の自動車放談長年にわたりトヨタで車両開発に取り組んできた多田哲哉さんをして「あまりにも衝撃的な一台」といわしめる「ロータス・エメヤR」。その存在意義について、ベテランエンジニアが熱く語る。