第535回:自動運転社会は本当に来るのか?
独フォルクスワーゲンの取り組みを聞く
2018.11.20
エディターから一言
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フォルクスワーゲン グループ ジャパンは2018年11月14日、独フォルクスワーゲングループ研究部門車両技術&モビリティーエクスペリエンス責任者であり、ドイツ政府による助成プログラム「ペガサスプロジェクト」のコーディネーターを務めるトーマス・フォルム博士によるトークセッションを都内で開催した。
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自動運転のカギはAIとコネクテッドカー
このトークセッションには、内閣府の「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)自動走行システム推進委員会」構成員で、国際自動車ジャーナリストの清水和夫氏も参加した。フォルム博士が、欧州およびドイツにおける、フォルクスワーゲングループの自動運転への目標や取り組みを、清水氏が日本における自動運転の構想やロードマップを紹介した。
今回、フォルム博士は、内閣府が11月13日~15日に都内で行った「第5回SIP-adus Workshop2018」に、フォルクスワーゲンの代表として出席するために来日。あわせて、同社の自動運転に対する取り組みや最新情報をメディアに紹介したのが、このトークセッションである。
フォルム博士は、運転行動の3要素といわれる「認知・判断・操作」を、クルマが人間の代わりに行う自動運転の実現には、「アーキテクチャー(冗長性、セキュリティーメカニズム、インターフェイス、AIアーキテクチャー&ファンダメンタルズ)と、妥当性確認および品質基準(メソッド、シミュレーション、テストツール)、そして人工知能(AI)用のトレーニングデータ(フリート技術に基づくデータ収集)が必要だ」と、自動運転の技術的な基本概要を紹介。現在も車両に使用されているカメラやセンサー、レーダー、ライダー(レーザーレーダー)などがもたらす情報に加え、その情報がもたらした状況を的確に判断するために、AIの進化と、コネクテッドカーの役割が重要になると話した。
自動運転車が持つ商品価値
AIは、正しい判断はもちろんだが、不確定要素の推定も実用上のカギになるという。例えば、前方のクルマのドアが開いているかどうか、予想がつかない動きをする動物とその種類発見などに加え、道路標識の内容が正しいかどうか(落書きされているなどした場合、標識の表示を正しく認識できないかもしれない)、そしてAIがクラッキングされていないかといった判断ができるか、といったことも問題視される。AIの妥当性や堅牢(けんろう)化、失敗の予測、ルール、法規の順守など、数多くの条件に対するAIの制御も今後の課題だ。
そしてそのAIの判断をより的確なものにするために、車車間通信や路車間通信などの情報交換、つまりコネクテッドカーの役割が、これからはますます重要になってくるという。これは、自車が収集した車両目前の情報だけでなく、その周囲何百mあるいは目的地までの想定ルート上にある情報がいち早く集められれば、大きなメリットにつながるだろう。例えば、自身は車両が収集した情報をもとに目的地までの最短走行ルートが構築でき、いっぽう地域は交通集中による混雑を解消できるなど、思いつくだけでもいくつかのメリットを挙げることができる。
続けてフォルム博士は、「自動運転が現実のものとなれば、人々の移動手段における優先順位が変わり、新たなビジネスが生まれるかもしれない」とコメント。その話を聞いて、電車での通勤ラッシュの混雑が緩和され、クルマが自動で車庫に戻れば都心にクルマで出掛けてもバカ高い駐車場料金を払わなくて済むかも……などと小さな夢が広がったが、自動運転の目指す大きなところとして、経済的損失を招く渋滞の解消と、交通事故での犠牲者をひとりでも少なくすることにあるのは間違いない。
さらに「自動運転の実現によって生まれた移動中の空き時間に、何をするのかはもちろん個人の自由ですが、その時間に価値を見いだすユーザーは必ずいるはずです。したがって(運転する時間を空き時間に変える)自動運転車は、はじめは価格が高くても商品として成立すると、われわれは考えています」とフォルム博士は述べた。
2025年にはレベル4を実現
自動運転が実現すれば、例えば深夜寝ている間にクルマで移動し、朝目的地に着くなり用事を済ませ、夜になって再び寝ながら帰ってくるという、新幹線や飛行機に頼らない長距離移動が可能になるかもしれない。しかも、わざわざ駅や空港まで行くこともなく、さらに移動先で別の交通手段に乗り換えることもない。文字通り、ドア・トゥ・ドアの長距離移動が愛車だけで完結するのは、便利この上ないとも思える。
だがそのいっぽうで、ドライバーの運転するクルマと自動運転車両が混在する自動運転黎明(れいめい)期ではどんなアクシデントが起こるのか、予想ができない。大雨で道路が冠水することもあるだろう。雪が降って路面の白線が認識できない場合、自動運転車はどうするのか? さらにはトロッコ問題に代表される人命がかかわる選択を迫られたとき、自動運転車はどう判断するのか……などなど、心配や疑問は尽きない。
フォルム博士からバトンを引き継ぐ形でトークセッションに加わった清水氏は、フォルム氏も参加した第5回SIP-adus Workshop2018について報告。「SIPは自動走行システムの研究開発領域といえる第1期(高速道路での実証実験などを実施)から、より高度な第2期へと進むことが決定。自動運転の実用化を高速道路から一般道へと拡張するとともに、自動運転技術を活用した物流や移動サービスの実現も目標にしている」という。
同時に日本では、2025年を目標とした完全自動運転のロードマップ(高速道路での乗用車とトラックの完全自動運転=レベル4)もSIPから発表されている。それによれば、2020年の東京オリンピック・パラリンピックの活用(羽田ルート=羽田空港から会場までの送迎)のほか、過疎地域での移動手段として自動運転の有効性や事業性に期待がかかっていることが分かった。
果たして1950~60年代の子供向け雑誌に描かれたような、自動運転の社会は本当に来るのか。現実社会では、手塚治虫氏が描いた『鉄腕アトム』が生まれた2003年を過ぎ、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』でデロリアンが空を飛ぶ2015年が過ぎても、クルマはまだ人が運転しているし空も飛んではいない。SIPの掲げる2025年までは、あと残り7年である。
(文=櫻井健一/写真=フォルクスワーゲン/編集=櫻井健一)

櫻井 健一
webCG編集。漫画『サーキットの狼』が巻き起こしたスーパーカーブームをリアルタイムで体験。『湾岸ミッドナイト』で愛車のカスタマイズにのめり込み、『頭文字D』で走りに目覚める。当時愛読していたチューニングカー雑誌の編集者を志すが、なぜか輸入車専門誌の編集者を経て、2018年よりwebCG編集部に在籍。