BMW M2コンペティション(FR/6MT)
JBにだって勧めたい 2018.11.28 試乗記 「BMW M2クーペ」の進化版「M2コンペティション」に試乗。新たに搭載された「M3/M4」ゆずりの直6ユニットをマニュアルトランスミッションで操るという、贅沢(ぜいたく)な時間を堪能した。ジェンソン・バトンとのクルマ談義
2018年の夏、とある仕事でジェンソン・バトン選手(以下JB)に話を聞いて、めっちゃおもしろかった。ご存じの通りJBは2009年のF1ワールドチャンピオンであり、2018年は日本のSUPER GTのGT500クラスに参戦し、初年度にして見事にホンダにタイトルをもたらしたトップドライバーだ。
当然、レースの話もおもしろいけれど、本題から脇道にそれた「クルマ談義」で盛り上がった。JBは、クラシックカーから「フェラーリF40」などなど、世界の名車を所有するエンスージアストでもあるのだ。
JBの話はこんな感じ。
「(EV化を問われて)う〜ん、もちろん必要なことだとは理解しているけれど、EVはセクシーじゃないんだ」
「(クルマの自動運転化を問われて)最低。だったら電車に乗ればいい」
あと、クルマはマニュアルトランスミッション(MT)に限るとも力説していた。MTは、クルマとダイレクトにつながっている感じがするのだという。日本でちょっと前の「シビック タイプR」や「インテグラ タイプR」を見るとうれしくなるというから変わり者、じゃなくて、筋金入りだ。
こんなひと夏の思い出がよみがえったのは、BMW M2コンペティションに試乗している時だった。このモデルは、コンパクトでスポーティーなFRクーペとして玄人筋から高い評価を得たBMW M2クーペの改良版。コンペティションというネーミング通り、サーキット走行まで見据えた武闘派だ。M2コンペティションの導入によって、M2クーペの名はカタログから消えた。
エアインテークが大型化されたりドアミラーの形状が変わったり、外観にはお化粧直しが施されたけれど、マニアが注目するのはエンジンの変更だろう。
従来型M2クーペの3リッター直列6気筒ターボエンジンは排気量とシリンダーの数は変わらぬままツインターボとなり、M3やM4と共通になった。タービンが増えるに伴い最高出力は370psから410psへ、最大トルクも465Nmから550Nmへと強化されている。トランスミッションには2ペダルの7段DCTも用意されるけれど、試乗車は6段MTだった。
いやいや、この6段MTが、JBじゃないけど「クルマはMTに限る」と言いたくなるほどの絶品だった。
用もないのにギアシフトしたくなる
少し重いクラッチペダルを踏み込んで、シフトレバーを1速にエンゲージ。アクセルペダルには一切触れずに、重さは感じるけれど抵抗は感じない、絶妙の足応えのクラッチペダルを操作すると、M2コンペティションはするすると発進する。最大トルクを2350rpmから発生するエンジンはアイドル回転のあたりでもよく粘り、半クラッチの区間は最低限で済む。
1速につながり、やがて2速へ。シフトレバーは東西南北、どの方向にもスムーズに動く。ただスムーズなだけでなく、ちょっとした重みを感じさせることで、ギアをシフトすることを意識させるあたりがいい。そして2速へのシフトが完了する寸前、あと1cmで2速に完全に入るというあたりで、力を加えなくてもスッと吸い込まれるように決まる。
「手首の動きだけでシフトが決まる」とか、「冷えたバターを熱いナイフで切るように」などなど、古今東西、シフトフィールの表現には名文句が多い。で、挑戦してみた。「古田敦也捕手のミットに吸い込まれるように」、お粗末。
とにかくシフトフィールがキモチいいから、用もないのにシフトしたくなる。気むずかしさが一切なく、市街地だったら3速に入れっぱなしでも文句を言わない柔軟なエンジンなので、実のところ、そんなに頻繁にシフトする必要はない。でも、用がなくてもクルマを走らせたい時があるように、用がなくてもシフトがしたくなる時もある。
3速でも不満を言わずに回っているけれど、クラッチを踏んで「バフン!」と中ブカシを入れて2速へ。シフトフィールとエンジンのレスポンス、そして乾いた快音が、三位一体の快感となって押し寄せてくる。
低回転域での扱いやすさにばかり注目してしまったけれど、やはりこのエンジンは回転を上げると本領を発揮する。
正直、一般道では従来型M2クーペから40ps上積みされたパワーのありがたみを感じることはない。370psも410psも、どちらも十分以上に超パワフルだ。ここで感心するのは、あでやかな回転フィールと、回転の上昇とともに盛り上がる力感、そして高まる音といった官能性だ。この3つが、やはり三位一体の快感となって、背筋をゾクゾクとさせる。JBじゃないけど、よくできたエンジンはセクシーだ。
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しなやかに動く足まわり
ワインディングロードに入ると、エンジンの印象がほんの少しだけ修正される。おいしいのは、つまり使って楽しいのは4500rpmから6000rpmくらいで、それより上は、「回れと言われれば回りますよ」というぐらいで、喜々として自ら回転を上げる、という感じではない。スペック的には最高出力は7000rpmで発生することになっているけれど、6000rpmくらいまでの滑らかなフィーリングや鋭いレスポンス、パワー感を味わうのが楽しいと感じた。
市街地や高速道路でも、そのサイズやパワーを考えれば乗り心地は洗練されていると感じる。もちろん相応に固められているから路面からのハーシュネス(突き上げ)は感じるけれど、日常で使ってもまったく不満を感じないレベルだ。
ただし、山に入って道路の不整をある程度の速度で突破すると、この足まわりは本領を発揮する。例えば中速コーナーの途中に大きめの凸凹があって、「あ、ちょっとイヤだな」と思っても、サスペンションがしなやかに動いて、結果としてフラットな姿勢を保ってくれる。
コーナリングは抜群にいい。ステアリングホイールの操作に過敏に反応するわけではなく、つまりあざといセッティングではなく、自然に、人の感性に寄り添うように曲がる。
実際にはDSC(横滑り防止装置)と連携して最良の駆動力を伝えるように働く、アクティブMデファレンシャルなどの電子制御装置も寄与して実現したコーナリングフォームであるはずだ。けれども乗っている身としては、自分のテクだけで思い通りに走っていると錯覚できる。
しなやかでありながら強靱(きょうじん)、市街地や山道では軽快なのに高速走行時は重厚と、相反する能力が両立しているあたり、「コンペティション」と銘打ってはいるものの、ただの武闘派ではない。
873万円はお値打ち価格
大きな横Gがかかるような場面では、シートのホールド性の高さに気づく。無理やりに体を押し込んでいるわけでもないのに、やんわり、けれどもしっかり、体を包み込むように支えるシートの出来は秀逸だ。
総じて、シートからエンジン、トランスミッション、足まわりに至るまで、丁寧に作り込まれたスポーツクーペの傑作だ。おまけに、後席と呼ぶには狭いけれど荷物置きと呼ぶには贅沢すぎる、子どもならしっかり座れるスペースがある。これは、似たような価格帯で、甲乙付けがたく運転が楽しい「アルピーヌA110」や「ポルシェ・ケイマン」あたりに対する明確なアドバンテージだろう。
というわけで、M2コンペティションに心を奪われたところで、冒頭のJBの話に戻る。自動運転化が進めば、体の不自由な方やお年寄りでも移動の自由を享受できるし、交通事故がゼロになる可能性もある。ばんばん進めてほしい。排出ガスゼロを実現するEV化も、ばんばん進めてほしい。
その一方でM2コンペティションがそうであるように、よくできたエンジン車をマニュアルトランスミッションで走らせる楽しさがあることも、また事実である。
自動運転化とEV化が進み、移動の道具としての自動車は趣味のクルマとはまったく別の乗り物になる。というのは容易に想像がつくとして、その時、趣味のクルマを買ったり、維持したりすることにとてつもなくお金がかかるようになるのではないか、というのが懸念事項だ。
ということを長々と書いたのは、あれやこれやを考えると、M2コンペティションの873万円という価格はバーゲンプライスとまでは言えないまでも、お値打ち価格ではあると思えたから。
もちろん安いとは言わないけれど、それだけの価値はある。もうちょっと経済的に余裕があったら欲しい。ちなみにJBがいま最も欲しいのは、初代「ホンダNSX」の「タイプR」で、いい個体は全然見つからないのだという。いま彼に会ったら、BMW M2コンペティションの試乗を勧めたい。
(文=サトータケシ/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
BMW M2コンペティション
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4475×1855×1410mm
ホイールベース:2695mm
車重:1610kg
駆動方式:FR
エンジン:3リッター直6 DOHC 24バルブ ツインターボ
トランスミッション:6段MT
最高出力:410ps(302kW)/6250rpm
最大トルク:550Nm(56.1kgm)/2350-5230rpm
タイヤ:(前)245/35ZR19 93Y/(後)265/35ZR19 98Y(ミシュラン・パイロットスーパースポーツ)
燃費:10.8km/リッター(JC08モード)
価格:873万円/テスト車=920万3000円
オプション装備:メタリックペイント<ホッケンハイムシルバー>(7万7000円)/harman/kardon HiFiスピーカーシステム(6万7000円)/Mドライバーズパッケージ(32万9000円)
テスト車の年式:2018年型
テスト開始時の走行距離:3151km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(8)/山岳路(1)
テスト距離:826.6km
使用燃料:84.4リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:9.8km/リッター(満タン法)/9.6km/リッター(車載燃費計計測値)

サトータケシ
ライター/エディター。2022年12月時点での愛車は2010年型の「シトロエンC6」。最近、ちょいちょいお金がかかるようになったのが悩みのタネ。いまほしいクルマは「スズキ・ジムニー」と「ルノー・トゥインゴS」。でも2台持ちする甲斐性はなし。残念……。