第587回:デザインもコンセプトも再評価の機運!?
初代「フィアット・パンダ」に迫る乱獲の危機
2019.01.11
マッキナ あらモーダ!
フィアット会長も愛用していた
初代「フィアット・パンダ」は、モデルイヤーとしては1980年が最初である。だが、実は1979年9月にローマで報道関係者に公開されている。そこを基点とすると、2019年はちょうど誕生40年ということになる。
2018年11月、ミラノで1台の初代「パンダ4×4」がレストアされた。このパンダの元オーナーは、フィアット創業家出身でグループの総帥として長きにわたって君臨したジョヴァンニ・アニェッリ(1921-2003年)である。
復元を手がけたのは、カスタマイズ工房のガレージ・イタリアだ。同工房を主宰するのはファッションブランド、イタリア・インディペンデントのオーナーでもあるラポ・エルカンである。彼はアニェッリの孫であり、現在そのパンダ4×4の所有者である。つまり、祖父が乗っていたクルマをレストアしたというわけだ。
『ラ・スタンパ』紙の電子版2018年11月16日付によれば、存命中にアニェッリは何と合計11台ものパンダを所有。ウインタースポーツ好きであったことから、特に冬のリゾートで愛用していたという。
たとえ社主のクルマといえ、メカニズムに関しては、まったくカタログのままである。いっぽうボディーは明るいグレーにブルーとブラックのラインが引かれている。
アニェッリは生前、フェラーリを含む数々のカスタムメイド車を自らのガレージに収めていたが、その多くは今回のパンダ同様シルバーで、これまた同じくブルーのラインが施されていた。
内装に関して言えば、今回ガレージ・イタリアは、ちょっとしたしゃれを施した。メンズファッションに詳しい人には垂涎(すいぜん)の服地メーカー、ヴィターレ・バルベリス・カノニコの生地を、ダッシュボードやドア内張りに惜しげもなく使ったのだ。
生前のアニェッリはイタリアを代表する伝説のファッショニスタで、没後15年が経過した今でもファッション誌で「アニェッリ・スタイル」として時折特集が組まれる。そのような彼であったから、孫の粋な計らいを天国で喜んでいるに違いない。
サルデーニャで救出された超初期型
もう1台、幸運なパンダを紹介しよう。2018年9月、スイスで開催されたイベント、グランドバーゼルでのことである。
このイベントは自動車をアーキテクチャーやデザインの観点で再発見することを意図したエキシビションであった。その会場に、1台のボロボロの初代「パンダ45」がスーパースポーツカーやヒストリックカーとともにディスプレイされていた。
脇には「Save the Panda!」と記されている。そして車両近くのブラウン管テレビには、“救出”時の記録映像が上映されていた。
2007年にイタリアのサルデーニャ島でこのクルマを発見したのは、グランドバーゼルの選考委員会 代表顧問も務めたパオロ・トゥミネッリであった。
ケルン専門大学教授にして数々の展覧会でキュレーターを務める彼は、そのパンダ45がモデルイヤーよりも1年前の1979年製造の超初期ロットであることに着目した。
現地で入手後は、ドイツの仮ナンバーを付けてフェリーでイタリア本土まで運び、そこから長靴半島を運転して北上。かつて岩倉使節団も通ったブレンナー峠を越えて、収蔵先であるミュンヘンのデザインミュージアム、ディ・ノイエ・ザムルンクに運び込んだという。
絶滅の背景には“イタリア人のパンダ観”
会場で会ったトゥミネッリ教授によれば、初代パンダの初期型(141)は、もはや極めて少ないという。
ここからは、なぜ初代パンダ、特に初期型が少ないのかを考えてみたい。実際に本場イタリアで、初期型を目にする機会は今日極めて少ない。残存しているのは大半が、同じ初代でも1986年以降の後期型(141A)である。筆者も初期型を最後に路上で見たのは、いつなのか思い出せない。
背景にあるひとつ目の原因は製造年数だ。モデルイヤーを基準にすれば後期型が17年も生き延びたのに対し、初期型はわずか6年なのであるから、少ないのは明らかである。
さらに、実際に所有したというイタリア人が口々に言うには、初期型の売りであったハンモック状シートは耐久性に乏しかった。「クッション代わりに、自分で新聞を詰めてしのいでいた」というのは、複数の元ユーザーから聞いた証言である。
そのうえ、ガラス周辺からの腐食がひどかった。特にフロントウィンドウ下両脇の通気口付近は水がたまりやすかったようである。前回の本文にも登場するが、街角で出会った初期型は、かなりの確率で粘着テープによって当該部分の補修が施されていた。
一般的なイタリア人によるパンダ観もある。60歳前後の人々にとって、パンダは酒飲み話の話題にできるほど共通の体験といえる。だが、それはあくまでもフィアットの「126」や「127」に代わる実用車であったのだ。
だから捨てることにもまったく躊躇(ちゅうちょ)がなかった。長い歴史をもつ彼らにとって20世紀は、つい最近のことであり、それも第2次大戦後の工業製品を興味の対象とする人は限られている。一般ユーザーにとってクルマで保存の対象となるのは、辛うじて先代「フィアット500」なのである。
そもそもイタリアでは美術や音楽でさえも、20世紀の作品に対する関心は米国などに比べると限られたものだ。まあ、日本でも明治維新後の廃仏毀釈(きしゃく)で、仏教美術が米国などに流出してしまったことを考えれば、一方的にイタリア人を非難することはできないが。
製造品質に目をつぶれば
実をいうと初代パンダが意外に“過去”となっていたのは、デザインしたジョルジェット・ジウジアーロにとっても同じだった。
2018年春、御年80歳を目前としていた彼を筆者が訪問して日本に初代パンダファンがいまだ数多くいることを話すと、大変驚いていた。
デザイナーという職業柄、彼の意識が常に未来を向いていることや、日ごろから行き過ぎた自慢話をしない性格であることは理解している。だが、パンダという作品の国境を越えた知名度からすると、その反応はやや意外であった。
しかし、自動車のコンセプトという点からすれば、やはり初代パンダは高く評価すべきだろう。
トゥミネッリ教授は「『シトロエン2CV』や『ルノーR4』を追った結果として、これ以上シンプルにはできなかっただろう」と説明する。さらに「ボディーパネルだけでなくガラスもフラットにし、かつラジエーターグリルも鉄板とすることでコストダウンを図っている。フィアットとして初のロボット組み立てによるエンジンも実現した」と解説する。
特に例の初期型については、「ガーデン家具を想起させるシート、折りたたんだときには巨大な荷物スペースに変わるハンモック型の後席。それらは、よりリラックスした生活のためにささげられている」と絶賛する。
前述した欠点との整合性を図るため記しておくなら、第2次大戦中の兵器から戦後の電化製品まで、イタリアのプロダクトには、製造品質が伴わなかったものの、構想やそれから生まれるデザイン自体は極めて優れていたものが多々ある。初代パンダの初期型もその典型といえる。
MoMAに永久所蔵せよ
話は変わるが、ニューヨーク近代美術館(MoMA)にピニンファリーナによる1946年「チシタリア202GT」が「走る彫刻」として永久所蔵され、今日に至っているのはデザインに関心をもつ人の間で広く知られるところだ。
同館では初となる、自動車の永久所蔵品である。ボク自身も学生時代、わざわざそれを見たいがためにMoMAまで行ったものだ。ただし、このセレクトに若干の疑問を抱いてきたのも事実である。
記録によればチシタリアは、同館における1951年の特別展に8台展示された自動車の中から選ばれた。MoMAが同車を選択したのは、フラッシュサイド(内包したフェンダー)形状を、他のボディーパーツと高度に融合した最初の例であり、後年のクルマに影響を与えたというのが理由だ。
しかし同様の試みはピニンファリーナと前後して、同じトリノのカロッツェリアであるトゥリングや、ミケロッティのデザインによるスタビリメンティファリーナの仕事にも見て取れる。
当時MoMAのキュレーター、エミリオ・アンバスは自動車デザイン界全体に対する視野が限定されていたのではないか。加えて、第2次大戦後は米国人のデザインだけでなくイタリアンカルチャー全体への関心が高まった時期である。
そうした意味で、ある種直感的に、イタリアンデザインへの崇拝から展示車の中で唯一のイタリア車であったチシタリア202を選んだのではないだろうか。
やや長くなってしまったが、そのMoMAは、2017年に先代フィアット500も購入している。同車は2019年2月から5月にかけて行われる特別展「グッドデザインの価値」で展示される予定だ。
デザインの使命を人々の生活を向上させることと定義するなら、新車当時極めて限られた階級のためにつくられ、かつ商業的にも成功しなかったチシタリア――チシタリアは1960年代中盤にイタリアでの事業を終えている――よりも、フィアット500を展示する意義は大きい。
そこから発展して考えるなら、ボク自身は、いつか初代パンダの初期型も、永久所蔵品に加える価値があると信じている。
思い起こせば筆者がイタリアに住み始めた22年前、まだ街では初期型をたびたび見かけ、親切なイタリアの知人から、「お前の予算にぴったりだぜ」と、どこから探してきたのか、パンダの初期型を薦められたこともあった。
当時は今以上にビンボーだったので買うのを断念した。だが、あのとき無理をして買って乗っておけば、イタリア人の元パンダオーナーたちと熱く語り合えたのに、と今となっては悔やまれる。
同時に、今回紹介した2例のように再評価の機運が高まり、「やがてイタリアの農村で“パンダ乱獲”が始まるのでは」とやや心配な今日このごろである。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=ガレージ・イタリア、イタルデザイン-ジウジアーロ、Akio Lorenzo OYA/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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