第569回:継続こそが大切だ
フォルクスワーゲンの先進安全技術を体感する
2019.04.23
エディターから一言
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「フォルクスワーゲン・テックデイ」と題された先進安全技術体験会に参加。フォルクスワーゲンが考える安全と、その思想をもとに開発・搭載された最新セーフティーデバイスの実力を特設コースで試しながら、クルマと安全の啓発活動に大切なものとは何かをあらためて考えてみた。
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派手ではないが大切なこと
「ぶつからないクルマ」も「同一車線自動運転」もすっかり耳にしなくなりました。そういえばよそ見しながら運転するテレビCMも見かけなくなりました。自分たちの製品の特徴を分かりやすく、目を引くフレーズでアピールしたいのは誰でも同じとはいえ、ユーザーに誤解を与える恐れがあることに目をつぶって“やっちゃえ”と踏み切るのは感心しません。責任あるメーカーのすることではありません。ひとつのメカニズムでそんなに簡単に安全が手に入るなら、誰も苦労するわけがないのです。
安全運転支援システムの複雑な中身をそのまま伝えると、ユーザーが面倒くさがってそっぽを向くと考えているから、つい端折(はしょ)ってしまいたくなるのでしょう。しかしながら、難しくても伝える努力をしなければ何事も始まりません。
というわけで、「フォルクスワーゲン・テックデイ2019」と銘打たれた体験試乗会です。本来は社内の新人研修などを目的とするプログラムをメディア向けにも公開し、フォルクスワーゲンの安全に対する考え方と最新の安全運転支援技術を理解してもらおうという催しで、具体的にはテストコース内の散水した低ミュー路でESC(エレクトロニック・スタビリティー・コントロール)の、また周回路でACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)、さらに登坂路で4MOTION(4WD)やABSの働きとメリットを体験する4種類のプログラムを丸1日かけて勉強するというものです。
まあ、正直に言って、私のような業界ズレした人間にとってはこれまで何度も経験してきた内容ですし、目新しい技術は特に何もなかったわけなのですが、新しくないことと多くの人が経験し、理解しているかどうかはまったく別問題。新型車を売ってナンボの自動車業界ではどうしても新しいトピックに注目しがちですが、たとえ最先端技術でなくても、安全運転に関する技術を体験し、そのメカニズムを理解することは大切であり、大変に有意義な催しであることは間違いありません。
できれば時々思いついたように開催するのではなく、ぜひ毎年定期的に、メディア以外にも一般ユーザーを対象にして行ってほしいものであります。
長短あわせて紹介してほしい
とはいえ、公道上ではもちろん試すことが難しい安全システムの効果を安全に体験してもらうには、それに適した場所(今回はGKNドライブラインジャパンのプルービンググラウンドを使用)もスタッフ(フォルクスワーゲン・ドライビングアカデミーの専門家)も必要で、もちろんお金がかかるのが問題です。いわゆる緊急ブレーキの普及し始めの頃は、ディーラー店舗でも体験会的なものが数多く開催されていましたが、十分に広くない場所でのイベントでドライバーの理解不足から負傷事故が発生したことがありました。そうなっては元も子もありません。
その点、フォルクスワーゲンが選んだコースは十分以上に広く、まったく安全にシステムの効果を試すことができるように設定されていました。どちらかといえば、地味な催しに予算を投じることは、自動車業界のみならずどこでも難しいこと。それを承知で開催するのは実に誠実な姿勢といえるでしょう。
それを承知の上であえて若干の注文というか、提言を述べさせていただければ、実際の走行前にそれぞれのメカニズムの基本的な説明があればなお良かったと思います。また、それぞれのシステムのメリットとデメリットも合わせて解説してくれれば文句なしというところです。
たとえば、最近はスタンダードな装備になりつつあるACCにしても、ミリ波レーダーとカメラ、レーザーレーダー、あるいはそれらを併用するシステムには効果に差があります。どのメーカーも自分たちのシステムの利点をアピールしたいのは当然ながら、すべての面で優れている完璧なものはまだありません。完全無欠な機械は存在しない、という事実は大人なら誰でも理解できること。安全にも金融商品にも「絶対」はありません。
それゆえ、長短併せ持つのが当たり前ということを理解した上で、どれを選ぶかという判断の基礎を提供するというのが本筋であり、とにかく“ウチ”のは優れていますという強弁は、長い目で見れば得にはなりません。また誤解を招かないためにも、できる限り正しい知識を持ち帰ってもらえるように努めるべきですし、インストラクター諸氏も日々進歩するこの種のシステムの情報をアップデートしておくべきでしょう。
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難しいですが続けてください
ABSが作動した時のペダルキックバックすら未経験、という経済紙の記者も参加しておりましたから、失礼ながらそんな方がいきなりアンダーステアだ、オーバーステアだ、ESCによる意のままのハンドリングだと言われても、自分でそのメリットを体験するどころか、何が何だか分からないのが正直なところでしょう。
低μ(ミュー)路と言われても何のことだか分からない人を、簡単な説明で走行に送り出すのではなく、滑りやすい路面を走るのにはどのような意図があるのかを事前に説明しておくことが必要です。
業界の人は見落としがちですが、何しろ自動車の技術や運転に関しては他では聞きなれない専門用語にあふれているのです。ESCとは何か、何を目的にしたどのようなシステムか、そのメリットと限界は何か? などなどを、きちんと、それも各ドライバーの経験レベルに合わせた説明をするところから始めるべきです。
頭で理解することと、身体で実体験することと同時に、それぞれの運転経験レベルに応じたきめ細かなフォローがあればさらに理想的、フォルクスワーゲンとその安全思想に対する理解をより深めることができると思います。
繰り返しですが、手間もコストもかかるうえに見た目が地味な安全技術体験会を継続するのは大変でしょうが、ぜひ今後も開催してほしいです。それこそフォルクスワーゲンらしい誠実さの象徴だと思うのです。
(文=高平高輝/写真=荒川正幸/編集=櫻井健一)
