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平成の自動車界を振り返る(第3回)
日・米・欧の“合従連衡”は何だったのか?

2019.04.29 デイリーコラム 鶴原 吉郎

まさに乱世の様相

平成が幕を開けた1989年は、日経平均株価が史上最高の3万8957円を記録した、まさにバブル景気の頂点だった。この年にはトヨタ自動車がレクサス、日産自動車がインフィニティというプレミアムブランドを誕生させ、日本車の「燃費や耐久性は優れているがつまらないクルマ」というイメージを払拭(ふっしょく)しつつあった。ところが1990年代に入り、バブル景気が崩壊すると日本の自動車メーカーを巡る状況は一変する。それまで、いかに付加価値を上げるかが開発の焦点だったのに代わり、コスト削減が開発の最大の課題になった。

バブルの後遺症は業界再編も引き起こした。1996年にバブル景気の崩壊で経営が悪化したマツダに対して米フォード・モーターは、出資比率をそれまでの25%から33.4%に引き上げて実質的に傘下に収めたほか、1999年には同様に経営が悪化した日産に仏ルノーが33.4%を出資した。さらに2000年、当時のダイムラー・クライスラー(現在の独ダイムラー)が三菱自動車に33.4%を出資するなど、日本の完成車メーカーは相次いで欧米メーカーの傘下に入ることになった。

そのダイムラー・クライスラー自体、経営危機に陥っていた米クライスラーを1998年に独ダイムラーが吸収合併して誕生した、当時の巨大企業だった。「世紀の合併」といわれたダイムラー・クライスラー誕生以降、業界では「年間生産台数が400万台以上ないと生き残れない」という「400万台クラブ」という言葉がささやかれた。

合従連衡の動きは台数を追うばかりではなかった。米フォード・モーターが1989年に経営危機に陥っていた英国のジャガーやランドローバーを買収、その後1998年にはスウェーデンのボルボも買収して、すでに1987年に買収していた英アストンマーティンと合わせPAG(プレミアム・オートモーティブ・グループ)を形成した。こうした「ブランド買い」の動きに負けじと、1998年にはドイツのBMWが英ロールス・ロイスを、同じドイツのフォルクスワーゲンが英ベントレーをそれぞれ買収し、グループへのプレミアムブランドの取り込みを図った。

平成元年(1989年)11月に日産のプレミアムカーとしてデビューした「インフィニティQ45」。この後、日本のバブル経済崩壊の影響で、自動車業界はさまざまな変化と試練を迎えることに。
平成元年(1989年)11月に日産のプレミアムカーとしてデビューした「インフィニティQ45」。この後、日本のバブル経済崩壊の影響で、自動車業界はさまざまな変化と試練を迎えることに。拡大
一時は日本のマツダを傘下におさめたフォードだが、平成27年(2015年)9月までにすべてのマツダ株を売却。資本提携を解消した。平成28年(2016年)に入ると、フォードは日本市場からの撤退を表明。平成31年(2019年)現在、フォードの新型車の国内正規販売は行われていない。
一時は日本のマツダを傘下におさめたフォードだが、平成27年(2015年)9月までにすべてのマツダ株を売却。資本提携を解消した。平成28年(2016年)に入ると、フォードは日本市場からの撤退を表明。平成31年(2019年)現在、フォードの新型車の国内正規販売は行われていない。拡大
平成30年(2018年)11月のカルロス・ゴーン元日産会長逮捕後、その動向が注目されているルノーと日産、そして三菱のアライアンス。写真は2019年3月に開催された記者会見でのもので、左からルノーのティエリー・ボロレCEO、ジャンドミニク・スナール会長、日産の西川廣人取締役社長兼CEO、三菱の益子 修取締役社長兼CEO。
平成30年(2018年)11月のカルロス・ゴーン元日産会長逮捕後、その動向が注目されているルノーと日産、そして三菱のアライアンス。写真は2019年3月に開催された記者会見でのもので、左からルノーのティエリー・ボロレCEO、ジャンドミニク・スナール会長、日産の西川廣人取締役社長兼CEO、三菱の益子 修取締役社長兼CEO。拡大

20年目の大ショック

ところが、こうした合従連衡の動きの多くは、実を結ぶことなく解消されていった。ダイムラー・クライスラーは、北米部門の不振から脱却することができず、2007年にダイムラーは投資会社にクライスラー部門を売却、合併を解消した。それに先立つ2005年には、やはりめぼしい成果を上げられなかった三菱の乗用車部門の株式も手放している。

このように、1990年代に起こった合従連衡に疑問の目が向けられる中、2008年に起こったリーマンショックで自動車業界を巡る環境は一変する。特に打撃の大きかった米国の完成車メーカーはゼネラルモーターズ(GM)とクライスラーが連邦破産法第11条を申請、米国政府の支援を受けて経営再建を図った。辛うじて連邦破産法の申請を免れたフォードも、グループを維持することができず、ジャガーとランドローバーをインドのタタ・モーターズに売却。マツダの株も段階的に手放した。さらにボルボの株を中国吉利汽車に売却するなどして、PAGは事実上解体された。

完成車メーカー同士のアライアンスで数少ない成功例といわれたルノーと日産も、カルロス・ゴーン元日産会長が特別背任の容疑で逮捕されるに至り、疑問符が付き始めている。なぜ欧米メーカー主体の提携は成功しなかったのか。ダイムラーやフォードの提携先に対する「上から目線」ぶりは、提携時代を知る三菱やマツダの社員が口を開くと尽きることがない。日産とルノーの提携はそうした中にあって「互恵」の精神によって維持されてきたと筆者は見ているが、そうした微妙なバランスが崩れてきたことが、今回の事件を引き起こしたのだろう。

逆に、ジャガーやランドローバーを買収したタタ・モーターズや、ボルボを買収した吉利は、新興国のメーカーということもあり、買収先の企業に対しても敬意をもって接しているようだ。企業も人が動かすものである以上、一方的に支配するような関係は長続きしない。そんな当たり前の事実を、平成の合従連衡は語っているようだ。

(文=鶴原吉郎<オートインサイト>/写真=日産自動車、トヨタ自動車、フォード・モーター、FCA、ジャガー・ランドローバー、webCG/編集=関 顕也)

イタリアのフィアットとアメリカのクライスラーとの“結婚”は、自動車業界の大きなトピックだった。経営統合による新会社「フィアット・クライスラー・オートモービルズ」の設立は、平成26年(2014年)。グループは現在、フィアット、アルファ・ロメオ、アバルト、クライスラー、ジープなどのブランドを傘下におさめる。
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経営統合を伴わない協業でも、意外なコンビネーションが見られた。トヨタは平成24年(2012年)6月、スポーツカー開発を視野に入れたBMWとの協業関係強化を発表。結果として、平成最後の年である平成31年(2019年)には「BMW Z4」とメカニズムを共有する新型「トヨタ・スープラ」が誕生することになった。写真はその量産第1号車。
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英国の老舗ブランド同士がひとつになったジャガー・ランドローバー。写真は平成29年(2017年)2月、英国ナンバーワンの自動車メーカーとなったことを記念して撮影されたもの。
英国の老舗ブランド同士がひとつになったジャガー・ランドローバー。写真は平成29年(2017年)2月、英国ナンバーワンの自動車メーカーとなったことを記念して撮影されたもの。拡大
鶴原 吉郎

鶴原 吉郎

オートインサイト代表/技術ジャーナリスト・編集者。自動車メーカーへの就職を目指して某私立大学工学部機械学科に入学したものの、尊敬する担当教授の「自動車メーカーなんかやめとけ」の一言であっさり方向を転換し、技術系出版社に入社。30年近く技術専門誌の記者として経験を積んで独立。現在はフリーの技術ジャーナリストとして活動している。クルマのミライに思いをはせつつも、好きなのは「フィアット126」「フィアット・パンダ(初代)」「メッサーシュミットKR200」「BMWイセッタ」「スバル360」「マツダR360クーペ」など、もっぱら古い小さなクルマ。

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