第604回:過去のイメージをぶっちぎれ!?
中国・紅旗の“ブランド大革命”が進行中
2019.05.17
マッキナ あらモーダ!
紅旗がイタリア上陸!
「『T型』は黒であるかぎり、どのようなカラーも選べる」。そう豪語し、ひたすら同じクルマを造れば人々が喜ぶと信じていたヘンリー・フォードは、ゼネラルモーターズによるシボレーのワイドなバリエーション攻勢に負けてしまった。その過ちを、少なくとも中国を代表する高級車ブランドは繰り返さないようだ……というのが今回のお話である。
筆者が日本出身ジャーナリスト随一の「紅旗(ホンチー)」ファンであることは、本連載の第295回で記したとおりである。
ゆえに、2019年4月に開催された上海モーターショーにおいても、たとえアウディがコンセプトカー「AI:ME」を披露しようと、メルセデス・ベンツが「GLBコンセプト」を公開しようと、真っ先に中国第一汽車(FAW)の紅旗ブースに向かった。
話は飛ぶが、そのひと月前の2019年3月、中国の習近平国家主席がイタリアを訪問した。今回のヨーロッパ歴訪では最初の訪問国であった。中国が掲げるユーラシア大陸をさまざまな手段で結ぶ「一帯一路」構想に、イタリアの連立与党の意見は割れた。具体的には、慢性的な経営難にあえぐ港湾や空港への中国資本の参入を許すかどうか、ということである。
ポピュリズム政党「五つ星運動」は賛成。いっぽう右派政党の「同盟」は反対し、同党のサルヴィーニ党首は歓迎夕食会さえ欠席した。結果としては、ジュゼッペ・コンテ首相の絶妙なかじ取りによって、一帯一路にG7として初の調印に踏み切ったが、いまだ政財界で議論は続いている。
今回の習近平夫妻訪問にあたり、中国はなんと紅旗車をローマの空港に手配した。
「L9」といったトラディショナル系デザインの紅旗ではなく、よりモダンな「H7」というモデルであった。記録映像に映っているかぎりでも、警察の二輪を含めた40台近い車列を伴いながら、習氏が乗った紅旗H7が永遠の都を走り抜けた。
大抵の国家の首脳はイタリア側が手配したクルマで移動するものだ。例外はキャデラックの専用車を用いるアメリカ合衆国大統領であった。中国もそれに肩を並べたことになるわけで、キャデラックの役目を紅旗が果たしたというわけだ。
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ドライバーズカーの領域に
上海ショーの紅旗に話を戻そう。
いつものことながら紅旗ブースにおけるコンパニオンおよびその衣装は、ブランドを象徴し、清楚(せいそ)かつ上品である。彼女たちの笑顔には嫣然(えんぜん)という言葉がふさわしい。
……と気をとられながらも、より重要なことに気がついた。ブースのデザインが従来の重厚な黒基調&木目から、白をベースにしたより明るくて立ち寄りやすいものへと刷新されていた。
2019年4月現在、紅旗には3モデルが存在する。前述のL9の系統で伝統的紅旗スタイルを今日流に解釈した「L5」、より今日的なH7、そしてラインナップのベースを支える「H5」がある。これに2018年の広州ショーで発表されたSUV「HS7」が加わるはずだ。
H5は、どこかBMWの「4シリーズ グランクーペ」をほうふつとさせるファストバックスタイルのFWDクーペである。エンジンは1.8リッター直列4気筒、その出力は186ps(137kW)、変速機は6段ATと、グランクーペからするとわずかにスペックで劣る。ただし、ボディーサイズは全長×全幅×全高が4945×1845××1470mmで、4シリーズ グランクーペと比較するとだいぶ大きい。
次に装備を見ると、6エアバッグは当たり前。アダプティブクルーズコントロールやアプリとのコネクティビティー機能、7インチ液晶メーター、10インチディスプレイ、そしてBoseサウンドシステム、3色に変わるムード照明など、欧州製プレミアムカーに付いているものはすべてあるといっていい。
そうした内容から判明するのは、紅旗といえどH5はもはや完全にショーファードリブンではなく、ドライバーズカーであるということだ。
ついに「運動版」登場
2019年の上海ショーでは、そのH5になんと「運動版」、つまりスポーツ仕様が追加された。
“体育”が社会主義圏の伝統的プロパガンダのひとつであったこととは当然関係なかろうが、ついに紅旗にスポーツ仕様とは驚きだ。ステアリングパッドのデザインは、ノーマルH5では漢字で「紅旗」と記されている部分に、代わりに赤い旗をモチーフとしたバッジが付く。
展示車のボディーカラーは、なんとイエローだった。1980年代の日本において、人民服で演奏していたイエロー・マジック・オーケストラを紅旗のカラー担当デザイナーが知っていたかは怪しい。しかし、従来のブランドイメージを壊す、もしくは「ぶっちぎろう」というパワーをひしひしと感じる。
第一汽車の合弁先のひとつで、過去に紅旗モデルのベースにされたこともあるトヨタの「クラウン」は、2013年にピンクに塗られた特別仕様車が発売されて話題を呼んだ。しかしイエロー紅旗は、カタログモデルである。ここからもブランド刷新の気合を感じざるを得ない。
そもそも1955年の初代誕生以来、誰でも買えたクラウンに対し、紅旗は、かつては一般人が乗れなかったブランドなのだから。
どうする英国人デザイン副社長
筆者自身は、上海や北京を訪れるようになって早くも10年近くになるが、街中で紅旗車を目撃した記憶は残念ながらない。
しかし、数年前まで上海に勤務していた知人の中国人によると、「よく見かけた」と振り返る。日本における「トヨタ・センチュリー」と同様、しかるべき場所に行けば目撃できるに違いない。
いっぽう今回上海に行って驚いたのは、ビュイックなど米国系合弁車の存在感が減少した代わりに、BYDや一汽といった非合弁系ブランドが目立つようになってきたことだ。
そのトレンドに乗るべく、紅旗はその重厚すぎるイメージを払拭(ふっしょく)するのに躍起と思われる。
中国の自動車メディアは、そのイエローによって「間違いなく若い消費者の関心を引くだろう」と伝えている。いっぽう筆者が考えるに、若き企業経営者や政府高官の御曹司は、やはり欧州ブランドの高級車に乗るだろう。ただし、近年国産技術の振興に努める中国である。次段階として国産品の購買奨励といった国家的政策が推進されれば、紅旗H5運動版に思わぬ追い風が吹くかもしれない。日本人の想像を超えた政策が実施されるのが中国なのだから。
同時に、本稿第572回でお伝えした、2018年9月にロールス・ロイスからFAWに電撃移籍を果たし、グローバルデザイン副社長に就任したジャイルズ・テーラー氏による成果が今から待ち遠しい。
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官製高級車ゆえ
自動車史を振り返ると20世紀初頭以降、西欧や米国のプレステージカーは、ときの権力者に納入したり、貴族を顧客にしたりすると同時に、民間富裕層にも門戸を開いてきた。
いっぽう社会・共産主義圏では、高級車の一部に、事実上民間人の購入が不可能、もしくは極めて難しいモデルがあった。かつての紅旗は、旧ソビエト連邦のジルとともにその代表であった。
イデオロギー上、国民の経済的な平等をうたっていた改革開放政策前の中国やペレストロイカ前夜のソビエトにおいて、民間に高級車を積極的に開放することは、はらんだ矛盾を明らかにすることにつながる。
加えて最高級車には、最高水準の技術が盛り込まれるのが通例だ。民間の手に渡って構造が広く知られてしまうと、装甲性能以上に、西側自由経済圏にその技術的遅れを露呈することになる。それを恐れていたのは明らかだ。
思い出すのは、1986年に旧ソビエト連邦のミハエル・ゴルバチョフ共産党書記長が米国のロナルド・レーガン大統領を訪ねたときのことだ。最終の会見日、ゴルバチョフ氏は遅れた。前述のジルが故障してしまったためだった。彼はレーガン氏に「帰っちゃったかと思ったよ」というジョークで迎えられた。当時の車両整備担当者は大目玉を食らったことだろう。いや、それ以上の処分を受けたかもしれない。
改革開放政策前の旧紅旗も、報道されなかっただけで、中国国内でさまざまなハプニングを起こしていたに違いない。
ところで、メルセデス・ベンツが1982年に「190E」(W201)を発表したときは、「あの“ベンツ”が民衆のものになった」と騒がれた。しかし紅旗が民主化しても、現地でそれほど騒がれていない。紅旗は第2次大戦後の誕生であり、ダイムラーおよびベンツほどの歴史がないからといえばそれまでだが、地上降臨がそれほど話題にならないのは、やはり政府主導で造られた、いわば“官製雲上車”ゆえとみることができる。
それでも設立以来、秘密のベールをまとっていた紅旗が、急速に“民主化”されてゆく。平成の終焉(しゅうえん)以上に感傷的になった筆者であった。
<文と写真=大矢アキオ=Akio Lorenzo OYA/編集=藤沢 勝>

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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