BMW M850i xDriveカブリオレ(4WD/8AT)
スキのないデキ 2019.05.27 試乗記 BMWの最上級クーペ「8シリーズ」をベースとする、オープントップモデル「8シリーズ カブリオレ」に試乗。その優雅さと実用性を両立させる仕立てやスーパースポーツ顔負けの走りは、“フラッグシップ・オブ・ラグジュアリー”と呼ぶにふさわしいものだった。のほほんとしてもいられない
スポーツカーの乗り心地は劇的に改善され、そしてSUVも台頭と、それらを向こうに回す必要にも迫られた大型2ドアクーペのカテゴリーが年々縮小しているのはご存じの通りだ。が、もはやキャデラックやリンカーンにそれを望めないアメリカ市場ではあるものの、大型2ドアクーペの販売台数は相変わらず他地域を圧倒している。
例えばカテゴリー内でベストセラーといわれてきた「BMW 6シリーズ」でいえば、約半数がアメリカ向けだったというから、メルセデスの「Eクラス クーペ」であれ、「レクサスLC」であれ、思いの半分はアメリカに向けられているとみて間違いはないだろう。で、そのアメリカ市場における6シリーズの販売構成で、これまた約半数にのぼるのがオープンモデルだったという。
こうなるとおのずと、その最大商圏はカリフォルニアであることが察せられるわけだが、すなわちこのセグメントはオープンありきで企画され、その出来いかんでは一気にシェアを失いかねないという厳しい状況にさらされていることになる。上位シフトを意識した8シリーズが、6シリーズのニーズをそのまま引き継げる保証もない。優雅なたたずまいの向こうには、エンジニアたちの苦悩や格闘がうかがえる。
実用性の高さも十分
8シリーズ カブリオレの車寸は、先代に相当する「6シリーズ カブリオレ」に対して40mmとわずかながら全長が短くなっている。ホイールベースも35mmほど短い2822mm。全幅は1902mmと、ほぼ変わりはない。ほろ屋根は50km/h以下であれば走行時でもボタンひとつで開閉が可能。その所要時間は約15秒とフル4シーターの大きさを思えば相当速い部類に入るだろう。日本仕様の車重は2tを切るクーペよりは130kg重い2120kgと発表されている。
4層の天井部位にハードパネルを織り込んだほろ屋根の形状は、厚手にもかかわらず縫い目もていねいに内側に織り込まれており、その質感は高い。屋根の形状がトンネルバックのようだった6シリーズのそれからオーソドックスなシェイプへと改められたこともあって、プロポーションは端正なノッチバックフォルムとなっており、ファストバック調なクーペとは異なるクラシカルな趣をみせている。
トランク容量はクローズ時で350リッター、オープン時280リッターと屋根の開閉状況によって異なるも、ハードトップの420リッターに対して著しく小さいというわけではなく、トランクスルー機能も備わるなど実用性には十分に配慮されているといえそうだ。ほろ屋根を上げている時は手荷物置き場としても多用されるであろう後席は、女性や子供が短時間座るにも問題ないレッグスペースを有している。こういった実用性の高さが、かの地において純然たるスポーツカーとは一線を画す支持を集める理由でもあるのだろう。
走りはクーペに劣っていない
搭載されるパワートレインはクーペと同じ。4.4リッターV8ツインターボの「M850i」と、3リッター直6ターボディーゼルの「840d」、2つのバリエーションが用意される。
駆動方式は共にxDrive、すなわち四駆を採用。トランスミッションは8段ATが組み合わされる。ちなみにM850iは530psのパワーと750Nmのトルクを発生。0-100km/h加速は3.9秒とクーペに対して0.2秒落ちとなる。恐らく約130kgの重量増が影響してのことだろうが、それでもスーパースポーツと対峙(たいじ)する一線級の速さを備えていることは間違いない。一方の840dは0-100km/h加速4.9秒と、こちらもディーゼルでありながら十分な速さといえるだろう。ちなみに日本市場にも840dが導入されることはつい先日発表されたが、この大型2ドアクーペカテゴリーでのディーゼルモデル導入は初ということもあり、その動向が注目される。
試乗に供されたモデルはM850i。ほろを下ろせば七難隠れるのがオープンカーということもあって、まずはクローズ状態で音や振動のアラを一生懸命探ってみたが、そこはさすがのフラッグシップ・オブ・ラグジュアリーである。8シリーズ カブリオレは“屋根切り”だからというエクスキューズを一切必要としない。山道でゴリゴリしごいてみても、ほろ骨やピラーとの接合面はみしりともいわずキャビン内は平穏が保たれる。走行音の入りはわずかに大きい気がするが、これも違いがあったとしても乗り比べてみないと察せられない程度のもの。窓面積が小さいぶん若干後方視界が狭いのは仕方ないとして、それ以外はクーペと同じフィーリングで扱えると思って間違いないだろう。
踏むほどに軽くなる
M850iの日本仕様では電子制御アクティブスタビライザーを加えた「アダプティブMサスペンション・プロフェッショナル」や、「Mアクティブ・ディファレンシャル」などが標準装備となるが、速度を高めるほどに重量増を感じさせずグイグイと軽快感が際立ってくる辺りは、さすがにこれらの奏功するところが大きいはずだ。
そのぶん低い速度域ではさすがに操作に対する反応に性急さを感じる場面もあるが、そこから高速側に向けてのクルマの動きの推移はきちんとつじつまが合っている。個人的には大きなオープンカーらしいゆったり感をもう少し醸してもいいかなという思いもあるが、コンセプトの時点から6シリーズに対して明確なスポーティネスを打ち出していることを鑑みれば、8シリーズのダイナミクスはちょうどいい折衷点とみることもできるだろう。ちなみにほろ屋根はリアウィンドウがディフレクターを兼ねる6シリーズのトンネルバック形状を改めたが、風の巻き込みに著しい変化は感じなかった。
クーペかカブリオレかの迷いは、8シリーズに関してはまったく必要ないものだと思う。機能はひとつでも多いほうがいいからとカブリオレにしてもいいし、ルックスに一目ぼれしてクーペでもいい。実利でも直感でも思いをしかと受け止めてくれるし、比べて損した思いをすることもない。両方の価値がここまでイーブンなクルマも珍しいと思う。個人的にはファストバックフォルムのクーペをディーゼルで乗るという自動車趣味道の達観的選択にちょっと憧れるが、自分の暮らし向きを思えばあまりに遠い存在だ。時間も気持ちもお財布も、すべてがゆったりできる大人にこそおすすめしたい。
(文=渡辺敏史/写真=BMW/編集=関 顕也)
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テスト車のデータ
BMW M850i xDriveカブリオレ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4851×1902×1345mm
ホイールベース:2822mm
車重:2090kg
駆動方式:4WD
エンジン:4.4リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:530ps(390kW)/5500-6000rpm
最大トルク:750Nm(76.5kgm)/1800-4600rpm
タイヤ:(前)245/35 R20 95Y/(後)275/30 R20 97Y(ブリヂストン・ポテンザS007)
燃費:10.0-9.9km/100リッター(10.0-10.1km/リッター 欧州複合モード値)
価格:1838万円/テスト車=-- 円
オプション装備:--
※価格は日本仕様車のもの
テスト車の年式:2019年型
テスト開始時の走行距離:--km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:--km/リッター

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。