第607回:FCAがルノーに経営統合を呼びかけ
大矢アキオが伊・仏の反応を調査!
2019.06.07
マッキナ あらモーダ!
幾多の臆測の末に
2019年5月27日にフィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)がルノーに提出した経営統合案は、イタリア・フランスの両国で大きく報道された。正確にいえば、正式発表に先駆けて『フィナンシャル・タイムズ』がスクープした5月25日から話題となっていた。主要メディアでは、欧州議会選挙に次ぐニュースとして扱ったところが大半だった。
FCAの構想では、両社で設立する持ち株会社の出資比率はFCAとルノーで50:50であること、既存の工場における閉鎖はないことを挙げている。
なお、この話題を取り上げるときに「イタリアおよびアメリカのFCAは……」と伝えるメディアがあるが、今日のFCAは、事実上イタリア企業でも米国企業でもない。2016年から税務上の本社をロンドンに、登記上の本社をアムステルダムに置いている。
FCAのビジネスパートナー探しは、数年前からたびたび報じられてきたが、FCA自体がそれらのアプローチを公式に認めたことはない。ただし2019年に入ってからだけでも、すでに3件が報じられた。1月にはアルファ・ロメオとマセラティの売却を中国の吉利(ジーリー)との間で探ったが、結論には至らなかったと伝えられている。
参考までに、以前の中国企業との交渉では「ジープブランドは欲しいが、他のブランドは要らない」といった結論に至り、いい結果を生み出すことができなかったとされる。
2019年3月、フォルクスワーゲン グループのヘルベルト・ディース会長は、イタリア紙『イル・ソーレ24オーレ』による「FCA全体でなくてもアルファ・ロメオやマセラティといった、一部のブランドだけでも興味はないのか?」という質問に対し、「すでにわれわれは高級ブランドを十分に保有している」として、それを否定した。
2019年4月に入ると、FCAがグループPSAと交渉中であるとロイター通信が報じたが、PSAのタバレスCEOは、「あらゆる企業とパートナーシップの可能性を模索しているが、特定の企業を目標にしていることはない」との言葉で否定した。
“ジャイアン対のび太”化が必至!?
今回のFCAとルノーの経営統合をヨーロッパ市場に限って予想した場合、新生アルピーヌを除くと、ルノーおよびダチアという普及ブランドしか持たぬルノーにとっては、プレミアムブランドであるマセラティ、アルファ・ロメオ、ジープが、連合内のラインナップに加えられることになる。
FCAにとっては、なかなかつくることができなかったエントリーブランドをルノー側のダチアで補完できる。
ただし、さまざまな課題も浮かび上がってくる。まずは2010年から続くルノーとダイムラーの戦略的提携と、長年にわたるFCAとPSAによる商用車の共同開発・生産といった過去の関係を継続するのか、それとも清算するのかが気になるところだ。
中国に目を向ければ、FCA/ルノー双方とも、この世界最大の市場において、ドイツおよび米国メーカーに大きく後れをとってきた。経営統合によって、どのようなリベンジを目標とするのかも気になる。
CASEに対する対応も焦点となる。電動化関連では、ルノーは日産の技術を用いて欧州メーカーに先んじてEV戦略を進めることができた。いっぽうFCAは、北米ではクライスラーのハイブリッド車を、フィアットからは2013年に「500」のEV版である「500e」を投入したが、いずれも大きな成功といえる販売実績を示していない。
自動運転に関していえば、ルノーは2018年にルーアン-ノルマンディーの自動車運転研究所と共同で、「ZOE」をベースにした自動運転の公道実験を開始している。FCAは自動運転技術に関して、2017年にBMW/インテル/モービルアイ連合とパートナーシップを結んでいる。
だがマクロ的にみれば、両社とも日独メーカーに遅れていた。もし今回の構想が実現して、日産や三菱をも包括した大きな企業連合が形成された場合、ルノーおよびFCAが、自動運転やEVの技術で日本の2社への依存度を高めることは容易に想像できる。
『ドラえもん』のキャラクターに例えれば、ジャイアン(ルノー)とスネ夫(FCA)がほったらかしておいた宿題(EV、自動運転)を、のび太(日産、三菱)にやれと迫るような力関係が、今からイメージできるのは筆者だけか。
FCAの歴史=買収の歴史
次に、FCAの歴史という視点から経営統合案を検証してみる。
その前身であるフィアットは、今からちょうど120年前の1899年にジョヴァンニ・アニエッリ(初代)を含むトリノの企業家・有識者が設立したFabbrica Italiana Automobili Torino(トリノ・イタリア自動車製作所)に由来する。
しかし、既存メーカーであるチェイラーノの工場および特許の買収から発足したことに象徴されるように、以後も買収による拡大が続けられた。
創業3代目にあたるジョヴァンニ・アニエッリ(2世)は、外国企業がイタリア半島に生産拠点を構えることを徹底的に嫌い、結果として国内ブランドの買収を繰り返した。
1965年には、フォードが買収を画策していたフェラーリ(2016年にFCAからスピンオフ)に手を差し伸べた。1986年のアルファ・ロメオ取得も、フォードによる買収を阻止するための決定といっていい。さらに1990年のインノチェンティ/マセラティ取得は、複数の関係者によれば、「インノチェンティと手を組んで欧州市場でのシェア拡大を図ろうしたダイハツを阻止するためだった」との説がある。
そうしたフィアットにとって、初の大規模かつ国際的な協業は、ようやく2000年に調印されたゼネラルモーターズ(GM)との株式の持ち合いを含む業務提携だったといってよい。しかしGMとフィアットの双方にシナジー効果は表れず、そればかりか双方の経営に暗雲が立ち込めたことから、5年後にその協力関係は解消された。
その後2009年に、破産したクライスラーをフィアットが買収。番頭役を務めたセルジオ・マルキオンネ(2018年に死去)の手腕により、さまざまな成果を生み出した。
そうした経緯に対して、今回のルノーとの経営統合構想は、他社と権限を大幅にシェアするという点で、フィアット時代から続くFCAの120年の歴史において初の展開となる。
“家風”の違いをどうする?
いっぽうルノーも、本連載の第528回に記したとおり、AMCとの関係に失敗したあと、日産とのアライアンスで初めて国際的協業における成功をみた。大陸を超える規模のアライアンスの成功経験という点では、フィアット&クライスラーの場合と似たり寄ったりといえよう。
気になるのは、ルノーとFCAとの根本的な成り立ちの違いである。FCAの筆頭株主は前述したアニエッリ家の投資会社で、FCAと同様に2016年からトリノからアムステルダムへと本社を移したエグゾールである。FCAの会長であるジョン・エルカンが代表を務めている。2019年6月1日現在、エグゾールはFCA株の28.98%を所有し、議決権ベースでは42.11%に達する。
参考までに、2019年2月に(2代目)ジョヴァンニ・アニエッリの妻であったマレッラが死去している。いわば旧世代であるマレッラが他社との経営統合に難色を示していたと仮定すると、彼女の死を機にエルカンが経営統合提案に踏み切ったと読むことができる。
かたやルノーは、ルイ・ルノーとその2人の兄により、フィアットより1年早い1898年に創業された。しかし第2次世界大戦が会社の運命を変える。1940年にドイツ軍によってパリが占領されると、ルノーはナチス・ドイツの管理下に置かれた。すなわち、創業から42年でルノーは純粋な民間企業でなくなったことになる。第2次大戦後に国有化され、ルノー公団となる。
1996年には株式会社化されたが、2019年現在でもフランス政府は15%の株式を保有する筆頭株主である。これは、2018年のカルロス・ゴーン逮捕報道を機会に日本でもたびたび伝えられてきたとおりだ。
フランス政府が絡んだ持ち株会社式の経営統合といえば、2004年のエールフランスとKLMオランダ航空とのものがあるが、こちらは限りなく「官」同士であった。いっぽう今回は、極言すればFCAが「民」で、ルノーは「官」なのである。
今回の経営統合案による新会社のCEOには、フィアット創業家のジョン・エルカンが就任するとされる。
“家風”が違うFCAとルノーがどのように協業していくのかが興味深い。
マインドを観察せよ!
ところで、一般の人々の意見はどうだろうか。イタリアのネット上ではFCAのマイケル・マンレイCEOが経営統合案発表直後に自身が保有する株式を大量売却したことから、現経営陣の資質を疑問視する意見や、FCAの将来の新車開発態勢が遅れていると指摘する声がみられる。
いっぽうで、「フランス政府の対応次第」とくぎを刺しながらも、「提携自体は明るい展望が開けるもの」とする意見もみられた。
筆者の周辺の人物にも聞いてみた。トリノを拠点とするフィアット販売店の幹部は「私たちにとって、極めてポジティブ」と答え、「ルノーと日産、そして三菱はEVをはじめとした環境対策車において先進的だ。それはすなわち、今日のフィアットに欠如しているものだから」と理由を述べた。
ルノー販売店の経営者も、今回の統合案に好意的だ。「今日と近未来の市場規模を考えれば、極めて有効な統合」と話す。
次にエンスージアストの意見も聞く。技術者として長年働いてきたイタリア人自動車コレクターは、「確実に技術力が向上し、コスト面でも改善が図られるだろう」としながらも、「欧州域外へと市場が拡大した場合、どこまで対応できるか」と慎重な見解も示した。
日ごろは警察官であるフランス人自動車愛好家の意見も聞いてみた。自身も「フィアット・ティーポ」に乗っていたことがある彼は、フィアットを大変いいブランドであると評価する。いっぽうでルノーに関しては、「信頼性に疑問が残る現行エンジンが改善されることに期待する」という。
彼はFCAのいちブランドであるクライスラーから連想したのだろう、その後今回の統合構想とは別に、1978年をもってプジョー・シトロエンに吸収されたクライスラー・フランスへと話が飛んだ。
「(当時クライスラーのブランドであった)シムカやその後継であるタルボも1975~1990年代には、フランスでは極めてポピュラーなものだった」と懐かしむ。
ヨーロッパは、いまだ家族の絆が強い社会だ。かつての好意的なブランドイメージは、日常会話の中で語られ、子や孫の世代にまで伝わりやすい。イタリアでルノーが外国車にもかかわらず安定した人気を誇り、「クリオ」が毎月4000台ペースで売れて販売トップ5の常連である背景には、普及価格で売られていること以上に、「ルノー4」時代からの根強い支持がある。
ついでにトリビアを披露すれば、ルノーとイタリアは遠い過去に協業の前例がある。イタリア産業復興公社の傘下にあった高級車メーカー、アルファ・ロメオは、第2次大戦後に普及価格のクルマをラインナップすべく、ルノー公団と提携。ミラノの工場で1959年から小型セダン「ドーフィン」を組み立てている。また、南部の工場では同様に「ルノーR4」の組み立てを始めた。これらは一定の成功を収めたが、イタリア政府が純粋国内ブランド振興へと政策転換したことにより、1964年に生産終了している。ルノーR4の組み立て工場は、その後「アルファ・ロメオ・アルファスッド」の生産拠点として用いられた。
経済ニュースで業績や現状を追うのも大切だ。しかし、ニュースを追う際、彼らが紡いできた歴史や両国の人々のマインド的視点に立つことも、その行方を占う一助になろう。統合や提携の結果を左右するのは、最終的にそれを評価するディーラーやユーザーといった「人間」なのだから。
(編集部注:この記事は日本時間2019年6月6日の朝に公開いたしましたが、その後にFCAがルノーへの統合提案を取り下げたことを発表しました)
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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