第616回:「オートザム・レビュー」に初代「フィアット・パンダ」……
“ナポレオンの島”に残るクルマたち
2019.08.09
マッキナ あらモーダ!
英雄追放の地
エルバ島は、ナポレオンがモスクワ遠征失敗や解放戦争敗戦で退位後、1814年に追放された地として有名だ。彼はそのわずか10カ月後に島を脱出。ウィーン会議に集まったメンバーたちを震撼(しんかん)させる。
島の面積223.5平方kmは、日本でいえば横浜市(437.4平方km)の2分の1強である。
わが家のあるシエナから行くには、まず1時間半ほどかけてティレニア海に面したピオンビーノ港まで行く。参考までにピオンビーノは、名デザイナー、フランコ・スカリオーネが晩年に隠遁(いんとん)生活を送った村にも近い。
そこからエルバ島までは、約1時間のフェリー旅だ。夏の間は波も穏やかである。運賃は季節や混雑度によって変動するのであくまでも目安だが、筆者と女房+全長4m以下のクルマで、往路が65.33ユーロ、復路が66.55ユーロだった。円に換算すると、いずれも8000円弱といったところだ。
今回は、先日訪れたそのエルバ島で見かけたクルマたちを、写真とともに紹介してゆこう。
“軍用車両”あり「タイプ2キャンパー」あり
島はアフリカからの熱風「シロッコ」をはじめとする海風にさらされているので、クルマは洗っても洗ってもたちまち砂ぼこりに覆われる。したがって、写真Aのように、「Lavami, Ti prego!(私を洗って、お願い!)」と、いたずら書きされる状態になる。
狭い小路が続く島で最も便利なモビリティーといえば、三輪トラック「アペ」である。第574回で紹介したジーリオ島と比較すると、エルバ島の広さは9倍以上ある。したがって、アペ密度はジーリオ島よりも低いが、それでも村を走り回っている姿を頻繁に見かける。
貨物運搬用だけでなく、「看板」としても用いられている(写真B)。念のために記しておくと、こちらはただ駐車してあるだけだ。イタリアは景観規制が厳しく、容易に看板を設置することができないので、維持費が原付き並みのアペ+看板は、うまい手なのである。なお、走らないばかりか、東京における高収入求人情報を発信するアドトラックのようなテーマ音楽も流していない。
宣伝カーということで、もうひとつ。「鉱山サファリツアー」のアイキャッチ兼移動車として使用されている「イベコVM90」(写真C)も発見した。同車はイタリア軍の払い下げ品として、状態や年式にもよるが、2万ユーロ(約237万円)程度で流通している。うまくすれば「スズキ・ジムニー」の新型を買うよりも安い値段で、9人乗りの本格ミリタリービークルが手に入るわけだ。イタリアでは普通免許で運転できるのも魅力である。
日本車で重宝されているものといえば、そのジムニー(写真D)である。オフロードが多いためだ。
また、本土ではとっくに絶滅してしまったモデルも、大切に使われていることがある。その一例は「マツダ121(日本名:オートザム・レビュー)」(写真E)だ。そのデザインは若づくりだが、車齢は20年を超えていることになる。
ここまではいずれも実用車だが、エンスージアストのものと思われるクルマたちにも出会う。写真Fは、夕刻ポルト・フェッライオの海岸通りに現れて通行人の注目を浴びていた「フィアット126」だ。ステッカーなどから判断して、地元エンスージアストによるものである。
「フォルクスワーゲン・タイプ2」(T2)は、4日間の滞在中、地元オーナー所有と思われる個体のほか、外国ナンバーなどを含めて計4台を確認した。長年ドイツ人に愛されてきたエルバ島ゆえ、風景にタイプ2が加わるだけで、見る者に往年を彷彿(ほうふつ)とさせる(写真G、H)。
ところでドライブの途中に寄りたくなるものといえば、トイレである。そのトイレで、とんでもないものを発見した。
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『アビイ・ロード』で通せんぼ
島の南、マリーナ・ディ・カンポ村の公共駐車場内にある有料トイレは、訪れてみると、運悪く「昼休み」だった。
さらに、外壁に掲げられた利用可能時間(写真I)は、恐ろしく複雑だった。訳すと以下のようになる。
- 11月-3月:水曜日の8:00-12:30
- 4月と5月:毎日8:00-16:00
- 6月-9月:毎日9:00-13:30と15:30-18:00(ただしイベント開催日は24:00まで)
- 10月:水・土・日の8:00-14:00
観光客がまばらになる冬は、水曜日の午前中だけ開いている。地元の人に確認したところによれば、「水曜に青空市場が開かれるから」だった。それに異存はないが、番をしている人でさえ出勤時間を間違えそうで、使えない怒りを通り越して笑いがこみあげてきた。
いっぽう、そこからわずかに歩いたところで、写真15のような臨時バリケードを発見した。モチーフは、言わずと知れたビートルズによる1969年『アビイ・ロード』のアルバムジャケットである。とかく通行禁止バリケードに行く手を阻まれると、歩いていても運転していても思わず舌打ちしてしまうものだ。だが、こうした粋なアイデアを加えるだけで、笑いに転化できる。筆者などは、前述の使えなかったトイレで焦った尿意もいっときではあるが忘れることができた。
ところでエルバ島には、イタリアに住み始めた翌年である1997年6月に、女房と最初に訪れている。今回執筆するのを機会に、当時の手記を読み返してみた。
22年前の思い出
それによると、島の玄関口であるポルト・フェッライオでフェリーを降りてバスの時刻表を見たところ、驚くほど本数が少ないことが判明。慌てて港にあった地元レンタカー店に飛び込んでいる。
店は明らかに家族営業だった。お母さんが受付をし、おやじさんが整備をし、そして子どもがクルマを洗っていた。
お母さんは「『フィアット・パンダ』なら、1日あたり7万リラのところ、1週間で40万リラ(当時の換算レートにして約3万円)にする」という。当然のことながら、今日でいう初代フィアット・パンダである。
所定の借り出し手続きを終え、パンダに乗り込んで絶句した。外装こそ洗ってあるものの、室内の至るところが白い砂ぼこりで覆われ、助手席シートベルトのキャッチは壊れていた。
それでも走りだすと、ティレニア海の爽やかな風がたちまち車内に吹き込んできた。
この先にどんなにビンボーでもやっていけるかも、という勇気を、その初代パンダは筆者と女房に与えてくれた。
1週間後にレンタカーを返しに行くと、例の受付のお母さんは、「暑いから飲んでってえ」と言って、冷蔵庫からビール瓶を2本取り出してきた。そのときは帰りの船で酔ってしまいそうだったので丁重に断ったが、レンタカー店でビールのふるまいとは。こういうフレンドリーな人たちがいる国なら、なんとかやっていけそうだと、またまた思った。
先日たどったのは、22年前に訪れたそのときとほぼ同じルートだった。今乗っているのは欧州製小型AT車だが、ワインディングロードと山道がかなり長く続き、本土のフラットなアウトストラーダを走るようにはいかない。マニュアル4段のうえに馬力はこの3分の1、エアコンなしのボロいパンダで、よく走ったものだ。今回、現役の初代パンダとすれ違うたび感慨にひたったのは、いうまでもない。
イタリアに住む筆者は、フェラーリやランボルギーニの歴史やブランド姿勢をリスペクトしながらも、所有したいと考えたことはないし、所有するために働こうと思ったこともない。これからもそうだろう。
代わりに、あの頃の無謀ともいえる自分の勢いと、それを思い出させてくれる美しい島や人々のクルマがあるだけで幸せなのである。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA> 写真=Akio Lorenzo OYA、大矢麻里<Mari OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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