トライアンフ・ストリートトリプルRS(MR/6MT)
本当の“人馬一体”を教えてやる 2019.11.01 試乗記 英国の老舗トライアンフのネイキッドモデル「ストリートトリプル」。その最上級モデル「RS」が新型へと進化を遂げた。クラス最軽量のボディーと、徹底的に煮詰められた足まわり、成熟が進むトライアンフ自慢の3気筒エンジンが織りなす走りを、スペインから報告する。先導役は現役のレーサー
スペインの中南部ムルシア州にカルタヘナという小さな港湾都市がある。郊外に少し足を延ばせば、箱根にもよく似た手ごろなワインディングロードが縦横無尽に走り、右へ左へとリズミカルに切り返せるコーナーがどこまでも続く。
そこを走る3人の日本人ライダーを先導するのは、BSB(イギリススーパーバイク選手権)にレギュラー参戦する現役のレーシングライダーだ。この手の試乗会のお約束のようなもので、彼らは皆、可能な限り飛ばそうとする。こちらのスキルを見定めるように、あるいは自分のそれを見せつけるように距離を測り、われわれが近づけばスロットルを開け、さらに近づこうとすればまた開ける。そうやって際限なく、アベレージスピードが上がっていくのである。
1台と3台が連なり、時になだれ込むようにしていくつものコーナーを抜け、一体どれほどの時間がたったのか。すっかり分からなくなり、軽い疲労を覚えた頃には、妙な一体感が生まれるのもいつものことだ。
「ジャパニーズもなかなかだね」という表情でサムアップする彼に、「お前、速過ぎだよ。いい加減にしろ」と苦笑いしながら諭す日本人ライダー。若い先導役は、果たしてそれがGP250の元世界チャンピオン“テツヤ・ハラダ”だと分かっていたのかどうか。いずれにしても、ただひたすらコーナリングに没頭できる、素晴らしく楽しい時間になった。
すべてが手の内にあるかのよう
ここで褒められるべきは、トライアンフから登場した新型ストリートトリプルRSのハンドリングのよさだ。先導ライダー以外は誰もが初めてのワインディングであり、もちろん車体も下ろしたてのニューモデルである。全員がそれなりのキャリアを持っているとはいえ(無論、その中でも世界チャンプは別格だが)、多少は緊張感が伴うのが普通だ。
にもかかわらず、今回に限ってはそれが皆無だった。目の前のコーナーが右にターンしているのか、左なのか。それさえ把握できたなら、あとは適当なタイミングでスロットルを閉じ、シートに身を委ねていればいい。すると、このクラスでは最軽量に属する166kg(乾燥重量)の車体は、難なく旋回方向へ鼻先を向け、必要に応じてそこからバンク角を深めるのも容易。さらにはその状態でブレーキへ入力することも許容し、よほど過度な操作を加えない限りはラインを乱すこともない。
すべてが手の内にあるかのような自由自在感。それがストリートトリプルRS最大の魅力である。
サーキットへ持ち込んでもその印象は変わらない。フロント荷重が抜けやすい区間ではステアリングの手応えが希薄になるが、アップハンドルの車両で追い込めば多かれ少なかれ、遅かれ早かれ露呈する挙動でもある。そこを限界点と見定めてペースを維持するのもよし、限界点を引き上げるためにサスペンションや車体姿勢のセッティングに面白みを見いだすのもよし。ストリートトリプルRSには、乗り手のスキルに合わせてくれる懐の深さがある。
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3気筒エンジンに見る懐の深さ
許容範囲の広さは、エンジンによるところも大きい。765ccの水冷3気筒は、2017年に登場した従来モデルから大部分が引き継がれている。ただし、その中身はきめ細かく見直され、排気カム、クランクシャフト、バランサーなどが新規に設計された。これによってクランクの回転イナーシャが7%低下し、反面8000rpm付近のトルクとパワーは9%増加。最大トルクの発生回転数自体が1450rpm引き下げられているため(1万0800rpm→9350rpm)、低回転域&低速域でのフレキシビリティーが大幅に向上している。
だからといって、高回転を苦手としないのがこのエンジンの秀逸なところで、レブリミッターが作動する1万2000rpm超まで軽々と到達してみせる。つまり、2気筒のトルクと4気筒のパワーを併せ持つのがトライアンフの3気筒だ。まったく都合のいい話だが、同社は50年以上も前からこの形式に取り組み、途中、経営難による空白期間があったとはいえ、そのノウハウを絶やすことなく積み重ねてきたのである。
近年その優位性が広まり、いくつかのメーカーが3気筒モデルを新たに送り出してきたが、トライアンフが持つ一日の長はまだまだ揺らぎそうにない。スロットル微開の領域ではディーゼルエンジンのようにゴリゴリとした力強さで車速を押し上げ、その開度が増すとチューニングされた空冷エンジンのように爽快に回り切る。その様は他の何にも似ていない、このブランドだけのアイデンティティーである。
ご覧の通り、スタイリングは取っつきやすいタイプではない。どちらかといえば特異な部類に入るが、そのハードルを乗り越えたなら、その後の距離の縮まり方はハンパではない。ナチュラル、リニア、ニュートラル。そういうインプレッション用語の本当の意味を教えてくれる、格好のモデルである。
(文=伊丹孝裕/写真=トライアンフ モーターサイクルズ/編集=堀田剛資)
【スペック】
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=--×775×1085mm
ホイールベース:1405mm
シート高:825mm
重量:166kg(乾燥重量)
エンジン:765cc 水冷4ストローク直列3気筒 DOHC 4バルブ
最高出力:123PS(90.5kW)/11750rpm
最大トルク:79N・m(8.1kgf・m)/9350rpm
トランスミッション:6段MT
燃費:5.2リッター/100km(約19.2km/リッター、ECモード)
価格:143万7000円

伊丹 孝裕
モーターサイクルジャーナリスト。二輪専門誌の編集長を務めた後、フリーランスとして独立。マン島TTレースや鈴鹿8時間耐久レース、パイクスピークヒルクライムなど、世界各地の名だたるレースやモータスポーツに参戦。その経験を生かしたバイクの批評を得意とする。
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