第632回:「飛び出すな坊や」は日本特有!?
ヨーロッパの交通安全啓発グッズ最前線を追う
2019.11.29
マッキナ あらモーダ!
懐かしの啓発プレート
今回は、交通安全啓発アイテムに関する東西比較を話そう。
先日、女房の講演会の付き人を務めるべく、東京に赴いたときのことである。世田谷区の一角を散歩中、思わず足を止めてしまった看板があった。「交通事故から子供を守りましょう」と記されたものである(写真1)。下部4分の1に記された広告の市内局番は3桁だ。東京23区の市内局番が4桁になったのは1991年のことだから、最低でも28年は貼られていることになる。いや、それ以上に古いかもしれない。なぜなら筆者が子供時代、頻繁に目撃したのとまったく同じ図柄だからである。
ヨーロッパでも、イラストレーションを伴った徐行を促す標識が設置されているのは、横断歩道近くに見かける(写真2)。
しかし、前述のような貼りっぱなしの交通安全プレートや駅のロータリーにあるような「交通安全宣言都市」をうたったモニュメントは見たことがない。ましてや、イラストレーターみうらじゅん氏が「飛びなすな坊や」と名付けた人形スタイル(写真3)に類するものも、ヨーロッパの都市で見たことはない。
日本の総務省統計局が2019年に発表した数値によると、日本の総人口に占める14歳以下の子供の割合は12.3%である。EU圏の総人口における15歳以下の子供のパーセンテージも15.6%と決して高くない。フィリピンの33.3%(2010年のデータ。出典:総務省統計局)からすると、いずれも半分以下である。日本もEUも「子供の飛び出し注意」標識に関していえば、もはや役目を終えつつあると考えてよい。
ただし、ヨーロッパで子供や若者に向けた交通安全のアピールがなくなったわけではない。以下はそのいくつかの例である。
ショッキングな展示と教育的指導型
まずは筆者が住むイタリアの隣国のひとつ、スイスの例だ。毎年8月半ばになると、新学年を前に「学校が再開される」旨を示すポスターが、街頭ポールなどにくくりつけられる。学校が始まる、つまり子供たちが街を歩くことが増えるということをドライバーにアピールしているのだ。
4つの公用語があるため、同じデザインをベースに、地域ごとに文字を使い分けて印刷されている。
同じスイスでは、写真4も発見したことがある。スクラップ状態になった自動車の残骸の上には、「ふざけながら運転していた」と記されている。飲酒やながらスマートフォン、薬物などを伴った運転を戒めるものだ。その下にはこれと対峙(たいじ)するように、「生きているから今日を楽しめる」の文字が添えられている。スクラップが事故車のものかどうかは不明であり、期間限定のものと思われるが、アイキャッチ効果は交通安全プレートの数倍期待できる。
また欧州各国では、学校など公共施設のある市街地に差し掛かる前に、速度計測機とデジタル表示版が設置されていることがよくある。近づくと「あなたのスピードは〇〇km/hです」と自分のクルマの速度が表示される。
この装置、フランスでは「教育的指導型」と呼ばれている。イタリアでも見かけるが、かなりの確率で壊れているのはご愛嬌(あいきょう)だ。しかし、ただ「交通安全」と記されているより、説得力があることは確かだ。
こうした、学期はじめに毎年出現したり、期間限定で展開したり、デジタル表示版のようにライブで変化したりするものは、筆者が世田谷区で発見したような(おそらく)昭和時代からずっと貼られたままの交通安全プレートや交通安全宣言都市の塔より、格段に効果があろう。
ただし、筆者がヨーロッパをやみくもに礼賛するわけではない。それが次の例である。
逆行するイタリア?
イタリアの高速道路会社アウトストラーデ・ペルリタリアの可変電光表示板には、現地版ETCである「テレパス」の広告として「テレパスで良い旅を」といった単なるメッセージが表示されることがある。苦情受付コールセンターの、記憶できないほど長いメールアドレスが表示されていることもある。いずれも交通安全と関係ないどころか、本来は緊急情報を伝えるべきスペースに表れるから気が散漫になる。
さらに近年は、第568回で記したように「Sei in un Paese meraviglioso(君は美しい国にいる)」と題したスローガンが展開されている。年を追ってサービスエリアのみならず、道路脇にまで掲示されるようになった。期間限定のキャンペーンではない。また、そう簡単に掛けかえられない常設看板もある。
「美しい国」の客観的根拠が乏しいのはもちろん、安全運転といった恩恵もない。欧州ではこれまでにないファンタジー感あふれる掲示物といえる。
イタリアは、日本の交通安全宣言都市の塔的センスに向かっているのかもしれない。
同時に、この「美しい国」看板、世田谷で発見した交通安全プレートのように何十年も掲示され続けるのか、そのときイタリアは美しい国なのか。経過を観察するしかない。
……と書いたところで、2019年11月24日、イタリア北部のアウトストラーダ・トリノ‐サヴォナ線で橋が崩落した。今回は土石流による自然災害的性格が強いが、昨2018年8月のジェノヴァに続く橋崩壊ということで、イタリアのニュースでは大きく取り上げられている。道に限っていえば、イタリアの「美しい国」への道のりはまだまだ長い。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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