シトロエン・ベルランゴ デビューエディション(FF/8AT)
“一人勝ち”はさせない 2020.01.31 試乗記 業績好調が伝えられるシトロエンが2020年に日本へと送り込むのは、新型マルチパーパスビークル「ベルランゴ」だ。先行導入された特別仕様車「デビューエディション」に試乗してその仕上がりを確かめるとともに、誰もが思い浮かべる(?)競合車との比較にも思いをはせた。元祖はカングーにあらず
欧州での小型商用車の主流が、今のようなスライドドア付きの“ボンネットバン”ともいうべき姿になったのは意外と最近のことだ。具体的には1996年の7月以降である。
それ以前はコンパクトカーに巨大なボックスを背負わせた箱型が主流だった。当時の箱型バンといえば、日本でも静かなブームとなった「ルノー・エクスプレス」が好例だが、あるいは1990年代初頭の「スズキ・アルトハッスル」「日産ADマックス」を引き合いに出したほうがピンとくる好事家もいるかもしれない。
いずれにしても、その種の欧州流ボンネットバンはそれ以前の箱型バンとは異なり、本来のビジネスユースだけでなく、個人向け乗用レジャービークルとしての用途を設計段階から想定しているのも大きな特徴だ。
たとえば「ルノー・カングー」も欧州での販売メインは商用版だが、それでも販売全体の3~4割を乗用版が占めることもあるという。あくまで乗用車として売られる日本市場で、カングーがここまで受け入れられたのも、カングーの室内装備や走行性能が最初から乗用車として通用するようにつくられていたから……ともいえる。
カングーは欧州各国でも長らくセグメント販売トップに座っており、ご存じのように、日本では発売以来ずっと市場を寡占してきた。しかし、この種のクルマの元祖はじつはカングーではなく、シトロエン・ベルランゴ(と、そのプジョー版の「パルトネール」)である。
初代カングーの欧州発表が1997年9月なのに対して、ベルランゴ/パルトネールの欧州発売は冒頭にあるように、カングーより1年以上早い1996年7月のことだった。というわけで、このセグメント販売トップは欧州でもたしかにカングーなのだが、かといって欧州全土がカングー一辺倒というわけではなく、同クラスを“ベルランゴセグメント”と呼ぶ国もある……とシトロエンは主張する。
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カングーが成功できた理由
とにもかくにも、本国ルノーでも一目置かれるカングー王国の日本において、その宿敵ベルランゴが発売されることになったのは、ちょっとした衝撃である。こうした商用車系のクルマは中身がヘビーデューティーで、乗用車としての質感のわりに価格は安くなく、2ペダル変速機を用意されるケースも少ない(実際、先代までのベルランゴは全車5段MT)から、そもそも日本では売りにくいのだ。
そんな日本市場でカングーが成功したのは、そうした課題をうまくクリアできたからだ。前身のエクスプレスが日本でも人気だったことや、日本法人のねばり強い働きかけがあって、初代途中から右ハンドルやATを用意してもらうことに成功。続く現行の2代目にいたっては、もはやルノー・ジャポンとカングーの生産拠点(フランス北部のモブージュ工場)はツーカーの関係を構築しているとか……。
こうして日本発売となったベルランゴは、1996年の初代から通算3世代目となる。同時発表のプジョー版「リフター」とともにカタログモデルの本格導入は今年2020年秋の予定だそうだが、今回はひとまずデビューエディションと銘打った限定車の先行上陸である。
3代目ベルランゴは欧州では2018年2月に発表された。土台構造はプジョー・シトロエン(PSA)で最新の「EMP2」プラットフォームだから、2007年以来の2代目がいまだ現役のカングーに対して、ハードウエアは完全に1世代以上新しい。
ちなみに、このPSA製ボンネットバンは今や、プジョー・リフター(商用版の車名は以前同様にパルトネール)のほか、2017年にPSA傘下となったオペル/ボクスホール(=旧欧州GM)の「コンボ」も加わった3兄弟ラインナップとなっている。
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研究し尽くされたディテール
ベルランゴは初代以来、販売面でカングーの後塵(こうじん)を拝するケースが多かったのは前記のとおりだが、それでも不動の2位ではあった。しかも、初代から2代目の時代はずっとシトロエンで1~2番手の売り上げを誇った成功作でもある。よって、この3代目も、ベルランゴ伝統の強みをキープしつつ、宿敵を研究し尽くして“カングー超え”を意図したディテールが目につく。
たとえば、全長については歴代ベルランゴは常にカングーよりも長かったが、3代目になって全長がさらに伸びた。というわけで、その差はさらに拡大しており、最新のベルランゴはカングーより120mmも長い。そして、荷室長、荷室幅、室内高、後席レッグルームなどの数値が、いちいちカングーのそれを少しずつ上回らせてある点もほほ笑ましい。
リアゲートのガラスハッチ、そこ(と室内の両方)からアクセスできる吊り下げの収納シーリングボックスはベルランゴ伝統のキラーアイテムである。ハイルーフを生かした頭上収納はそこかしこにあり、カングー同様のフロントシート頭上の棚のほか、前後に貫通するブリッジもまた、モノを載せられる設計なのだそうだ。
リアシートが3分割式なのはカングーにないベルランゴの伝統だが、その可倒機構がカングー同様のシートバックとともに座面が沈み込むダイブイン方式に宗旨替え(先代はタンブルアップ方式)されたのは、明らかなカングー対策だ。新型ベルランゴではさらに助手席まで前倒し可能で、カングーを超える長尺物の積載に対応している。また、トノボードの固定位置が2段階あるのは、そもそもカングーの売りだった特徴である。
ちなみに、日本におけるカングーのリアゲートはお約束の観音開きで、ここはベルランゴはスルーか……と思ったら、欧州で買われるカングーは普通のハッチバックばかりで、観音開きバックドアは見事なまでに不人気らしい。カングーのそれも今や日本専用につくっているようなものなので、ベルランゴに観音開きが用意されないのはある意味当然だ。
品質をデザイン力でカバー
デビューエディションのベルランゴは、心臓部に「プジョー308」で上陸したばかりの最新1.5リッターディーゼルターボエンジン「BlueHDi」を8段ATと組み合わせて積んでいる。このパワートレインが用意できたからこそ、3世代目にしてベルランゴの日本導入が実現したともいえる。もっとも、現在のPSAがこういうことをスパッとできるようになったのも、ときの人(にして、ルノー出身の日本通)であるカルロス・タバレスCEOのおかげなのかもしれない。
バイワイヤ式のシフトセレクターはどこぞの英国高級車ブランドを思わせるダイヤル式で、ぜいたくな電動パーキングブレーキとも相まって、すっきりした運転席まわりの雰囲気は新しい。また、前記の天井各部だけでなく、ダッシュボードまわりの収納がタップリ用意されるのもフランス車らしくない……というか、商用車設計ならではの利点といっていい。
とくに助手席前のダッシュボード上面には大容量グローブボックスが備わり、日本式の車検証&取説入れが放り込めるようになったのは日本のPSA乗りには朗報だろう。
内装素材に高級なソフトパッドの類いが使われていないのはカングー同様で、材質のコストレベルでは最新Bセグメントコンパクトカーのチョイ落ち程度。ただ、ダッシュのメイン部分にクラフト紙を思わせるマーブル模様の新しい樹脂素材を使ったり、グローブボックスに旅行用トランクを模した飾りベルトをあしらったり……と、内外装の素材づかいや質感表現にいろんな新しい工夫が見られる点は、これまた昨今のPSAの勢いをうかがわせるところだ。
シトロエンらしさがネックの部分も
カングーの1.2リッター直噴(ガソリン)ターボと比較すると、この1.5リッターディーゼル単体の最大トルクはじつに4割近くも大きいが、車重もカングーより150kg近く重い。まあ、絶対的にベルランゴのほうが力強いのは事実なのだが、クルマ全体の身のこなしは明らかにカングーのほうが軽く、それぞれ単独で乗るかぎりは体感動力性能に大差はない。
元来ロール剛性の高いEMP2プラットフォームやロングホイールベースのおかげもあってか、ベルランゴの操縦性は基本的にとても正確で安定している。直進でも旋回でも速度が上がるほどに安心感が増すタイプで、ロールしきってからのねばり腰や、正確かつ意外なほど俊敏なS字の切り返し……には素直に感心する。そんなときにもリアタイヤはドシッと根が生えたように安定している。低速で少しコツコツする細かい突き上げは正直なところ絶品とはいえないが、車体から低級音が聞こえるような無粋さはまるでない。
もっとも、プジョーやオペル/ボクスホールとの差別化のためだろうか、細かい味つけに“シトロエン感”への明確な意図がうかがえて、そこに一長一短があるのもたしかだ。
たとえば、パワステは肉体的負担が少ない軽さが印象的だが、少しばかりペタッとデッドな感触でもある。上下動を拒否しないダンピングの調律は、路面によっては“らしい”柔らかさを堪能させてくれる。しかし、硬めのバネとのバランスのせいか、細かく荒れた路面ではせわしなく揺すられるケースもあり、デビューエディションに標準の大面積ガラスルーフ(=頭が重い)の影響もあって、ロールスピードもちょっと速い。
ただ、繰り返しになるが、高負荷になるほど走りの印象が好転するベルランゴだから、基本フィジカル能力が高いのは間違いない。また、走行中は商用ディーゼル車“らしからぬ”といいたくなるくらい静かなのも、エンジン本体やプラットフォームのポテンシャルに加えて、エンジン回転を細かく刻む8段ATや入念なドアシール対策の恩恵もありそうだ。
コストパフォーマンスではベルランゴに軍配
まあ、こういうシャシーの味つけやサジ加減では、すっかり熟成きわまったカングーに、いまだに少し分があるようにも思える。
カングーは車体の剛性感や各部の質感表現などに古さをにじませつつも、パワステとロールスピードの調律はドンピシャで、身のこなしは徹頭徹尾ゆったりと上質である。限界付近のフットワークはベルランゴに負けず劣らずしなやかで、接地感はよりリアル。荷重移動で旋回特性をあやつる自由度は、ベルランゴをしのぐ。そして、スペックから想像されるとおり、カングーのほうが明らかに軽快なのだ。
そんなカングーはドライバーズカーとして歴史的名車というほかなく、今回のベルランゴ(デビューエディション)より約60万円安い価格も魅力である。
ただ、ベルランゴは現時点で普通に考えつく先進安全運転支援システム(ADAS)がほぼ網羅されているのは、商品力として大きな美点。まあ、各部機能の仕上がりにツッコミどころがなくはないが、そもそもカングーにはADASの“A”の字もない。さらに、最先端パワートレインや、とにかく満載の親切装備……といったベルランゴの商品性を積み重ねていくと、計算上のコストパフォーマンスではベルランゴに軍配が上がるだろう。
このベルランゴ デビューエディションは初回限定数をわずか5時間半で売り切って、追加販売が実施されるほどの爆発的な人気である。それと比較すると、同時発売のプジョー・リフターを取り巻く環境はもう少し落ち着いている。まあ、このクルマは欧州でもシトロエンのほうが認知されているし、ビジュアル的にもベルランゴのほうが明らかに引きが強いから、それも自然なことだろう。
ただ、リフターは独自の超小径ステアリングホイールを備えて、より地上高が高く、タイヤも専用のマッド&スノーになるなど、走りにまつわるディテールは意外なほどベルランゴとちがう。こうなると、最終的にはやはり、この秋にカタログモデルとして再登場するベルランゴとリフターの両方を、あらためてカングーと三つどもえで比較してじっくり見定めたい……というのが、このベルランゴの登場にえもいわれぬ脅威を感じているルノーファン(=筆者)の本音である。
(文=佐野弘宗/写真=向後一宏/編集=藤沢 勝)
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テスト車のデータ
シトロエン・ベルランゴ デビューエディション
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4403×1848×1844mm
ホイールベース:2785mm
車重:1590kg
駆動方式:FF
エンジン:1.5リッター直4 DOHC 16バルブ ディーゼル ターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:130PS(96kW)/3750rpm
最大トルク:300N・m(30.6kgf・m)/1750rpm
タイヤ:(前)205/60R16 96H/(後)205/60R16 96H(ミシュラン・エナジーセイバー+)
燃費:--km/リッター
価格:325万円/テスト車=361万0800円
オプション装備:ボディーカラー<サーブル>(6万0500円)/ナビゲーションシステム(24万2000円)/ETC 2.0(4万4550円)/フロアマット(1万3750円)
テスト車の年式:2019年型
テスト開始時の走行距離:2714km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(6)/山岳路(2)
テスト距離:341.2km
使用燃料:24.3リッター(軽油)
参考燃費:14.0km/リッター(満タン法)/14.1km/リッター(車載燃費計計測値)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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