シトロエン・ベルランゴ ロング シャインXTRパック(FF/8AT)
これを待ってた! 2023.03.01 試乗記 「シトロエン・ベルランゴ」に「ロング」が登場。その名が示すとおりのロングボディーバージョンは、たくさん乗れる・積めるのはもちろんだが、標準モデルとは乗り味も大きく異なっているのが面白い。国産ミニバンにとっては強力なライバルになりそうだ。時代は変わった
知る人ぞ知るベルランゴのロングが、ついに日本発売となった。しかも、きょうだい車の「プジョー・リフター ロング」もほぼ同内容で発売されたというから驚きだ。
ベルランゴやリフター、その宿敵である「ルノー・カングー」といったクルマの本来の姿は、日本でいえばトヨタの「タウンエース」や「ハイエース」、日産だと「バネット」と「キャラバン」に相当する小型商用バンである。さらに、これら欧州の小型商用バンの場合、乗用遊びグルマとしての役割を課せられたバリエーションもある。今現在、日本で販売されているモデルがそれだ。
つまり、こういうクルマは用途がすさまじく広く、それぞれのユーザーごとに外せないキモがあるので、バリエーションも膨大となる。車体だけでもリアゲートの形態にサイドやリアの窓の有無、スライドドアの数に加えてホイールベースの長短など、じつに多種多様なパターンがあり、さらに荷室内部の素材からシートの数、架装品と、数えきれないほどの選択肢がある。となれば、その種の「日本では手に入らない欧州バン」に注目する向きが現れるのも当然で、これまでもベルランゴやカングーのレアなバリエーションを並行輸入して楽しむマニアは少ないながらも存在した。
それにしても、そんな典型的ニッチ商品が正規で輸入されることになるとは、時代も変わった……というほかない。つい数年前まではカングーの完全独占市場だったセグメントに、ベルランゴやリフターという競合車が加わったことで、市場が拡大したおかげだろう。また、先日にはカングーも14年ぶりに刷新。今回のロング追加は、その機先を制する意味もあるかもしれない。いずれにしても、われわれクルマ好きとしては、ありがたい。
スペース十分な3列目シート
というわけで、ベルランゴ ロングはおなじみの標準モデルに対して、全長が365mmもロングとなる。そのうちホイールベースの伸長分が190mmだから、残る175mmをリアオーバーハングが担っている計算だ。
ロングでもフロントドアはもちろん、スライドドアも標準モデルと変わりない。さらにセカンドシート(=標準モデルのリアシート)の本体や位置も標準モデルのままだから、スライドドアからリアタイヤのまで距離が、いうなれば“間延び”したようなアンバランス感がある。この手法は欧州にあるカングーのロング版と同様で、そのダックスフントというかウナギイヌを思わせる独特のたたずまいがまた、好事家にとっては愛おしい。ベルランゴ ロングの実車をまじまじと観察すると、「バンは基本的に全長やホイールベースが長ければ長いほど魅力的」という筆者の持論を(勝手に)再確認できた気分だ。
日本仕様のベルランゴ ロングは、こうして拡大したセカンドシート以降の空間に2脚のシートを配置して、3列7人乗りとした“ミニバン”仕様となる。欧州ではファミリーカーというより、送迎バスやタクシーなどに使われることが多いバリエーションである。
そのサードシートが、スペースでもシート自体のつくりでも、すこぶる本格的なのがベルランゴの美点である。シートのサイズや厚みは3分割型となるセカンドシートとも遜色がない。ヘッドルームも天井を見上げるほどだし、レッグルームなどは2列目よりも余裕があるくらいだ。しいていえば身長178cmの筆者だとヒール段差(≒フロアに対する座面の高さ)がわずかに小さく、太もも裏が軽く浮いてしまうのがツッコミどころだが、それもアシを投げ出すように座ればまずまず快適に座れるのも事実。シート横にあしらわれた内張りも、ひじを置くのにちょうどいい高さなのが嬉しい。
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現代的な乗り味
このようにサードシートのスタティックな居住性だけでいえば、ベルランゴ ロングは日本のハイエンドミニバンともいえる「トヨタ・アルファード」にも劣らない。
またベルランゴも欧州バンの例にもれず、サードシートの格納は基本的に取り外し式で、その作業は現実には成人男性でないとむずかしい。ただ、ごく簡便なタンブルアップ式とはいえ収納機構が備わるのは、日本的な使い方では非常にありがたい。
それは国産ミニバンの左右跳ね上げ式や床下収納式ほど巧妙ではないが、サードシートを前に持ち上げるだけでも、奥行き80cmほどの実用的な積載スペースが生まれる。さらに、不要なときには異常に邪魔になるロール式トノカバーを、サードシート足もとにきっちり固定できるとは、フランス車にあるまじき(失礼!)細かい気配りだ。
パワートレインはおなじみの1.5リッターディーゼル+8段ATで、エンジン性能やギアレシオ、タイヤサイズにいたるまで、すべて標準モデルのそれと共通である。で、少なくとも大人3人乗車くらいまでなら、動力性能になんら不足は感じない。ロングの車重は標準モデルの50〜60kg増し。つまり人間ひとり分。見た目の存在感ほど実際は重くないのだ。
そのかわり、乗り心地やハンドリングは、記憶のなかにあるベルランゴの印象とは確実にちがっていた。個人的な好みも含めていわせていただけると、乗り味はロングのほうが明確に心地よい。
もともとのベルランゴは、フワリと大きめな上下動と意外に速いロールスピードによる俊敏な操舵反応など、良くも悪くも伝統的なシトロエン味をきっちりと残していた。対して、ロングは少なくともコイルスプリングのバネレートは標準モデルとちがうようだ。で、意図的な味つけなのか、ディメンションのせいか、クルマ全体が熟成されたおかげか、あるいは個体差か、そうでなければ、これらすべての相乗効果か。……いずれにしても、上屋の動きが明らかに減少した、典型的なフラットライドを味わわせてくれる。
意外なところで競合するかも!?
うねり路面でのピッチング(=前後方向の揺れ)の少なさは、ロングホイールベース化による恩恵の典型といっていい。高速でもピッチングと上下動が両方ともはっきりと少なく、明らかにフラット感が増した。とくに120km/h付近での路面に吸いつくような安定感を見るに、それ以上の超高速域でもこのフラットな乗り心地は大きく損なわれないと思われる。
ベルランゴ ロングはさらに、左右方向の所作でも、標準モデルより落ち着いている。ロールスピードはこれまでに乗ったどのベルランゴよりも抑制が利いているのだ。
かといって、曲がりが極端に鈍くなった感覚もあまりない。最小回転半径はもちろん大きくなっている(標準モデルが5.6m、ロングが5.8m)し、S字コーナーでは標準モデルのような軽快さもない。徹頭徹尾リアタイヤがグリップする安定したアンダーステアなのだが、四輪が接地したままきっちり曲がっていく。ドライバーとの一体感はなんら損なわれていない。
濃厚なシトロエン味という意味では標準モデルにおよばないものの、現代的かつ客観的に見たときの乗り心地や操縦安定性については、ロングのほうが快適で正しい仕上がりというべきだろう。それはセカンドシートやサードシートの快適性にもかなり効いている。それにしても、ロングの走りがここまで好印象だと、あらためて標準モデルの走りも試してみたくなった。4年前の日本導入時より熟成されている可能性もある。
というわけで、ベルランゴ ロングはシトロエンファンやフランス車ファン、あるいは欧州バンマニアがこぞってザワつくのは当然としても、同時に大人6〜7人がこれほどゆったり座ることができるクルマは日本に数えるほどしかない。これより広い3列シーターは現行輸入車では「メルセデス・ベンツVクラス」だけだ。
2023年2月現在のベルランゴ ロングの本体価格は443万3000~455万4000円。アルファードでいうと、2.5リッター純ガソリンエンジン車の上級グレードとほぼ同等である。「理屈で考えるほどアルファードしか選択肢はなくなるけれど、アルファードにだけは乗りたくない」という皆さん、意外にもフランスから強力な刺客がやってきましたよ。
(文=佐野弘宗/写真=峰 昌弘/編集=藤沢 勝)
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テスト車のデータ
シトロエン・ベルランゴ ロング シャインXTRパック
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4770×1850×1870mm
ホイールベース:2975mm
車重:1680kg
駆動方式:FF
エンジン:1.5リッター直4 DOHC 16バルブ ディーゼル ターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:130PS(96kW)/3750rpm
最大トルク:300N・m(30.6kgf・m)/1750rpm
タイヤ:(前)205/55R17 95V/(後)205/55R17 95V(ミシュラン・プライマシー4)
燃費:18.1km/リッター
価格:455万4000円/テスト車=501万1985円
オプション装備:ナビゲーションシステム(26万6860円)/ETC+取り付けブラケット(1万5125円)/1・2列目フロアマット(1万2870円)/3列目フロアマット(9130円)
テスト車の年式:2022年型
テスト開始時の走行距離:520km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(5)/山岳路(3)
テスト距離:387.9km
使用燃料:30.2リッター(軽油)
参考燃費:12.8km/リッター(満タン法)/12.9km/リッター(車載燃費計計測値)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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