フォルクスワーゲンTクロスTSI 1stプラス(FF/7AT)
小さな大物ルーキー 2020.02.18 試乗記 今一番ホットなコンパクトSUVカテゴリーに、フォルクスワーゲンが満を持して投入した「Tクロス」。ファッショナブルなルックスや多彩な内外装色設定、機能的な荷室やキャビンなど数多くの特徴を掲げる最新モデルの仕上がりを、長距離試乗で確かめた。コンパクトと名乗れるサイズ感
今のご時世“コンパクト”をウリにするSUVは数々存在するが、そんな各車のスペックをつぶさに検証してみると、実は全幅が1.9mに迫るような、日本では到底「小さい」とは表現できないモデルすら含まれているというのが現状だ。まさに玉石混交(?)の状況にあって「これこそが真のコンパクト!」と、断言したくなるモデルが日本上陸を果たした。フォルクスワーゲンからローンチされたブランニューモデル、Tクロスである。
まずはそのサイズを紹介すれば、全長が4115mm、全幅が1760mmという数値。目ざとい人はその全幅を取り上げて「なんだ3ナンバーじゃないか!」と非難の声を上げるかもしれないが、そもそも1.7mという値を基準として“大”か“小”かを判定しようというのは、日本固有の価値観に基づいたハナシ。
ましてやTクロスは、東洋の島国にあるガラパゴス的な基準などにはとらわれない欧州発のモデル。そもそも縦列駐車が基本の欧州では、“クルマの大きさ”は駐車の難易度に大きな影響を及ぼす全長方向で判断するのが一般的なのだ。
となれば、日本のためにぜい肉をそぎ落とした新型「カローラ」の全長すら4.5mに迫ろうという今の時代、それが4.1mそこそこにとどめられたTクロスのサイズ感は、文句ナシに「コンパクト」といえる。というわけで、当のフォルクスワーゲンでも“もっともTさいSUV”とアピールするのが、このモデルである。
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SUVらしく見えるバランス
一方、そんなTクロスのディメンションを目にして、「日本生まれのモデルだったら、きっとこうはならなかったはずなのに……」と感じられてしまうのが、残る全高のデータである。SUVが欲しかったけれど、全高の制限に引っかかって車庫証明が取れなかった……というのは、昨今時々耳にする話。機械式立体駐車場では「全高1550mmまで」という制約が設けられていることが多い。
かくして、それをわずかに30mmオーバーするTクロスの全高は、日本国内での事情を考えると「なんとも惜しかった」と言わざるを得ない。かつてのバブル期のように日本市場の規模が拡大基調にあり、存在感も大きかった時代には、だったら専用の“ローダウンサスペンション”を用意するなどして、なんとか日本でのマーケット拡大にひと役買いたいといったブランドもあったはず。しかしこの先、国内市場のさらなる縮小が予想され、逆に世界一の市場規模を獲得して久しい“巨大な隣国”が存在感を増す一方という昨今のような状況下では、手間とコストをかけた日本専用仕様の設定を期待するのは、望み薄というものだろう。
もっとも、そんなTクロスのルックスが小さいながらもなかなか力強く、十分に立派なSUVとして印象付けられるのは、長さと幅に対して全高がちょっと高めというディメンションのおかげともいえそう。さらに日本独自の決まりごとがもたらした効用としては、999ccという排気量ゆえに自動車税額が低く抑えられることがある。
昨2019年末に日本での発表が行われ、2020年1月にいよいよ販売が開始されたのは、そんな1リッター切りのターボ付き直3直噴エンジンを7段DCTと組み合わせて搭載する2つのモデル。現時点で設定されているバリエーションはいずれも「導入記念特別仕様車」という触れ込みで、300万円を切った価格で提供されるベースの「TSI 1st」と、装備をより充実させ専用のコスメティックも施した上で36万円増しの「TSI 1stプラス」の2タイプとなる。
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秀逸なパッケージング
今回テストドライブを行ったのは、上位モデルといえるTSI 1stプラスだ。ご覧のように取材車はホワイトだったものの、全8色が設定されるボディーカラーの中にはオレンジやレッド、ターコイズブルーなどといった鮮やかなものも用意。これはライバルにはなかなか見られない、Tクロスならではの特徴のひとつといえる。
TSI 1stプラスでは、そんなボディー色に対応してドアミラーやホイール、ダッシュパッドやシートのカラーがコーディネートされる「デザインパッケージ」が標準採用される。どうしても質実剛健というイメージが強いドイツ車の中にあって、こうして内外装の色味的にカジュアルさがことさら強調されているのもこのモデルの注目ポイントだろう。
今回の試乗車では、ホワイトのボディーにデザインパッケージとしてオレンジの差し色が組み合わされていた。鮮やかなオレンジがシートやダッシュパッドに反映されるので、外観のみならずインテリアも確かにポップな印象だった。
コンパクトなボディーゆえ、キャビンは決して広いといえるものではないが、全般に着座姿勢をアップライト気味にするとともに、リアパッセンジャーの足先をフロントシート下へと深く潜り込ませるようにし、さらにリアシートのヒップポイントをフロントよりも大幅に高くすることで、大人4人が無理なく座れる空間を巧みに捻出していることは特筆に値する。
ラゲッジスペースも、外観から想像するよりは大きなボリュームを実現。スペアタイヤは搭載せず、パンクに対してはフロアボード下のタイヤパンにリペアキットを積むことで対応している。そうした点からも、SUV風の装いを満載しながら──本国でも4WD仕様の設定がないこのモデルが──決して高いオフロード踏破性などを狙ったものでないことは明らか。日本では、前述のように立体駐車場問題が立ちはだかるものの、ゆくゆくは「ポロ」に代わるフォルクスワーゲンの主要コンパクトモデルになる可能性すら感じられる。
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高回転域では少々パンチ不足
走り始めてまず驚かされたのは、予想をはるかに超えた静粛性の高さだった。コンパクトSUVという成り立ちを思えば、この静粛性は魅力として際立つ。そして次に、いかにターボチャージャーが加えられたとはいえ、1.3t近い重量を1リッターの、しかも3気筒というエンジンで不足なく走らせることができるのか? という疑問が生じてくる。これは「排気量がパワーを決める」といったひと昔前までの価値観の持ち主であれば、誰もが抱くものだろう。
ところが少なくとも今回、街乗りのシーンに限って言えば不足どころか予想をはるかに超えた力強さを感じられた。
その秘密はエンジンの特性にある。1500rpmも回ればすでに厚いトルクが感じられ、街乗りでメインとなる緩めの加速シーンでは、スタートするや早々に次々とアップシフトが繰り返され、タコメーターの針が2500rpmを超える場面など、ほとんどないという状況なのだ。
そうした動きに加えキャビンの遮音性も思いのほか高く、さらにロードノイズも低く抑えられているので、前述のように「静粛性がすこぶる高い」という印象につながっている。ただし、そんな静けさゆえに目立ったのが、一部内装材から聞こえてくるわずかなビビリ音。クラスを超えた静粛性が、新たな課題を生み出すことになったともいえそうだ。
一方、街乗りシーンでかくも好印象な動力性能は、アクセル開度が高まるにしたがって徐々に精彩を欠くことになっていった。特に高速走行中にアクセルペダルを深く踏み込んだ場合、エンジン回転数が一気に高まって3気筒特有のノイズが耳につき、その割に「加速は大したことないナ」という印象が拭えない。
逆にじわじわとアクセルを踏み加えた場合には、回転数を低く保ったまま強いトルク感が得られる。端的に言えば低回転域のトルク感が高く、高回転域まで引っ張っての瞬発力には欠けるというのが、Tクロスの動力性能における特徴だ。
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いずれポロの牙城を奪う存在に
一方、同じ「MQB」の骨格を用いる「ゴルフ」やポロと同様、舵の正確性や自在なハンドリングは「さすがはフォルクスワーゲン車」と言いたくなる仕上がりだ。
ただし、そうした乗用車に比べると、今ひとつ見劣りすると思えたのがフラット感に欠ける乗り味。全般に硬質なテイスト……という点は多くのフォルクスワーゲン車に共通する傾向だが、このモデルの場合は路面によってそこに少々の粗っぽさが加わって、時に揺すられ感が目立つ。
実は今回のモデルの場合、標準仕様の16インチに対して18インチと、ふたまわりも大径のシューズを履かされていた。確かにそれによってルックス的には足腰の力強さが増している一方で、このサイズでこの重量のモデルに対しては、機能上は「明らかにオーバーサイズ」という感が否めない。もっとも後に試す機会が得られた16インチモデルでも、期待するほど劇的な改善は感じられなかった。それでも比較すれば路面凹凸に対する当たりがわずかに緩和されたので、快適性にこだわるのならあえて16インチを選ぶという選択肢もあろう。
もちろん、「SUVは見た目が勝負」という観点も理解できる。とはいえ、これからの乗用車において一般的になりそうなカタチ=SUVという発想に基づくならば、やみくもに大径のシューズを履かせるのは考えものだ。
いずれにしても、300万円を切ったスターティングプライスと、5.1mという最小回転半径を含めたそのサイズ感は、まさに「日本にジャストフィットのニューカマー」というフレーズがしっくりくる。うっかりすると、ちょっと大きく成長し過ぎた感のあるポロの牙城を崩してしまっても不思議ではない……そんなことすら感じさせられるフォルクスワーゲンの新たなるバリエーションである。
(文=河村康彦/写真=荒川正幸/編集=櫻井健一)
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テスト車のデータ
フォルクスワーゲンTクロスTSI 1stプラス
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4115×1760×1580mm
ホイールベース:2550mm
車重:1270kg
駆動方式:FF
エンジン:1リッター直3 DOHC 12バルブ ターボ
トランスミッション:7段AT
最高出力:116PS(85kW)/5000-5500rpm
最大トルク:200N・m(20.4kgf-m)/2000-3500rpm
タイヤ:(前)215/45R18 89V/(後)215/45R18 89V(ピレリ・チントゥラートP7)
燃費:19.3km/リッター(JC08モード)/16.9km/リッター(WLTCモード)
価格:335万9000円/テスト車=335万9000円
オプション装備:なし
テスト車の年式:2019年型
テスト車の走行距離:2607km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(6)/山岳路(1)
テスト距離:298.0km
使用燃料:20.1リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:14.8km/リッター(満タン法)/14.4km/リッター(車載燃費計計測値)

河村 康彦
フリーランサー。大学で機械工学を学び、自動車関連出版社に新卒で入社。老舗の自動車専門誌編集部に在籍するも約3年でフリーランスへと転身し、気がつけばそろそろ40年というキャリアを迎える。日々アップデートされる自動車技術に関して深い造詣と興味を持つ。現在の愛車は2013年式「ポルシェ・ケイマンS」と2008年式「スマート・フォーツー」。2001年から16年以上もの間、ドイツでフォルクスワーゲン・ルポGTIを所有し、欧州での取材の足として10万km以上のマイレージを刻んだ。
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