三菱eKクロス スペースT(FF/CVT)
追いついた先に戦略はあるか 2020.06.25 試乗記 三菱の新たな軽スーパーハイトワゴン「eKクロス スペース」に試乗。まずは迫力満点のフロントマスクに目が行ってしまうが、肝心の使い勝手はどうなのか。あれこれいじってみるとともに、ワインディングロードにも持ち込んでみた。認知されたダイナミックシールド
「ダイナミックシールド」というデザインコンセプトは、三菱にとって貴重な武器となった。もとをたどれば2015年ジュネーブモーターショーの出品車「Concept XR-PHEV II」で提案されたのが最初である。「アウトランダー」や「エクリプス クロス」などにも採用されているが、広く知られるようになったのは「デリカD:5」のビッグマイナーチェンジからだろう。フロントマスクが一新され、従来の優しげなイメージから一気にいかつい顔に変わったことが人々を戸惑わせた。当時三菱に寄せられたユーザーからの声は、9割が否定的なものだったという。
軽ハイトワゴンの「eKクロス」が登場すると、流れが変わった。カスタム顔に代わるSUV風のルックスが好感されたのだ。それに引きずられたのか、D:5への悪口も収まった。ダイナミックシールドへの違和感は消え、ひとつの個性として認知されたのだろう。軽スーパーハイトワゴンでも同じ手法を使うのは当然のことだ。「eKスペース」のフルモデルチェンジを機に、カスタムを廃してクロスオーバーSUVタイプのeKクロス スペースが新たに設定された。
eKスペース/eKクロス スペースは日産と三菱との合弁会社NMKVが開発したモデルで、日産からは「ルークス」が発売されている。性能はほぼ同等のはずなので、どれを選ぶかには内外装の好みが大きな判断要素となるだろう。良くも悪くもeKクロス スペースの見た目は際立っている。まったく受け付けない人と一目ぼれする人とに分かれそうだ。SUVライクな軽スーパーハイトワゴンということでは「スズキ・スペーシア ギア」が先行していて、同じジャンルで対抗することになる。どちらもルックスがSUV風なだけで、特に悪路走破性が強化されているわけではない。
eKクロスとは似たような意匠なのに、前から見た印象はかなり異なる。ヘッドライトの構成が変えられたことで、eKクロスで強調されていたXモチーフがはっきりと見えなくなった。グリルが上下に拡大したことで、ちょっと間延びしていると感じられるかもしれない。のんびり顔なので、いかつさは緩和されている。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
数値でライバルを上回る
水平基調のインテリアは基本的にeKクロスと同じ。ダッシュボードの一部にはしなやかで柔らかな素材が使われていて、ピアノブラックのエアコン操作パネルとの組み合わせは上質感がある。試乗車のシートはブラウンで、オレンジのステッチが施されていた。大人っぽい仕立てである。軽自動車の内装クオリティーは、今やこのレベルに達しているのだ。性能と質感が向上したことに比例して価格が上がるのは当然である。試乗車はオプションがてんこ盛りになっていて、合計ではとんでもない値段になっていた。
スーパーハイトワゴンは、軽自動車のメインストリーム。強力なライバルが手ぐすね引いて待ち構えている。「ホンダN-BOX」に「ダイハツ・タント」「スズキ・スペーシア」といういずれ劣らぬ強豪で、打ち倒すのは容易ではない。挑戦者であることを自覚している日産三菱連合は、この3台をメルクマールにして徹底的に研究したはずだ。比較するのに便利なのは数値だろう。まずは、さまざまな指標で一番を達成することを目指せばいい。
プレス資料には、他社のモデルとeKクロス スペースを比較した数字が並べられている。A社、B社、C社と表記されているものの、状況的にN-BOX、タント、スペーシアであることは明らかだ。モデルチェンジ前の数字も併記されていて、新型車がいかに大幅な改良を受けたかがわかる。誇らしげに示されているのが、クラス最長とうたうリアシートのスライド量だ。先代モデルの260mmから60mmアップの320mmになり、タントの240mmを引き離す。後席スライドドアの開口幅は650mmに達している。
開口部の足元幅ではタント、後席ニールームではスペーシアにわずかに及ばなかったものの、荷室の床面長ではトップ。トータルして十分な競争力を手に入れたことは確かだろう。しかし、どの項目を見ても王者N-BOXは1位になっていない。というか、数字を見る限りではすべて最下位である。クルマの魅力は、単純な数値では測れないということのようだ。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
居住空間も荷室も広大
かつて軽自動車が燃費で競い合っていた時期があった。コンマいくつの数字でしのぎを削ったが、今はどのメーカーも低燃費であることを最大のアピールポイントにしてはいない。実燃費で20km/リッターを上回れば、細かいカタログ数値に誰も興味を示さないことがわかったからだ。ナンバーワンを目指したいのは人情だが、軽自動車は規格が決まっているから数字で大きな差を生むことは難しい。
軽スーパーハイトワゴンの室内空間が広いことはわかっていても、乗り込むとその広大さに一瞬ひるむ。後席に座ると前方にも頭上にも十分すぎる余裕があり、足を組もうが手を伸ばそうがまったく問題はない。広すぎてエアコンの効きが心配になるが、天井に設置されているサーキュレーターがいい仕事をする。シートバックテーブルや多彩な収納が用意されていて、スマホ充電にももちろん対応。子供が立って着替えられる巨大スペースは、大人にとってもゆったりとくつろげる場所だ。
居住空間が拡大すれば荷室が犠牲になりそうなものだが、後席を最後端にスライドさせてもベビーカー(B型)や缶ビールケースが収まるという。最前端までずらせば、大型のスーツケースとベビーカーを同時に積むことができる。地味に便利そうなのが、助手席シートアンダートレイだ。前後どちらからも引き出せるし、めったに使わない車検証がしまえるのでグローブボックスに余裕が生まれる。
子育てファミリーに喜ばれそうなのが、運転席から助手席を倒すことができる機構だ。かつて有名なデートカーに装備されていた後ろに倒す方式とは違い、前に倒す仕組みだ。運転席から後席のチャイルドシートに手を伸ばせるのが利点となる。試してみようとしたら、試乗車には付いていなかった。標準装備ではなく、「セパレートシートパッケージ」というオプションを選ばなければならなかったようである。マルチアラウンドモニターや「マイパイロット」も、オプションパッケージ扱いだ。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
パドルでスポーツ走行を楽しむ
以前eKクロスに乗った時、ハイトワゴンらしからぬキビキビした操縦性に感心した。ボディーの剛性感が高く、安心してコーナーに入ることができたのだ。しかし、eKクロス スペースは車高が100mmほど上乗せされている。かなり不利な条件だ。無理を承知でワインディングロードに持ち込んでみたら、意外にもちゃんと走った。タイトコーナーでもロールは少なめで、4輪がしっかり踏ん張っているのがわかる。上屋が揺さぶられる感覚はないし、狙ったラインを正確にトレースしていく。それなりにスポーツ走行をこなせるのだ。
パドルを使って気持ちよくシフトダウンが決まるのも気分を盛り上げた。プレス資料では、パドルシフトの操作感のよさがアピールされている。比較対象は軽自動車ではなく、欧州車3台。A車、B車はいいのだが、もう1台はP車と表記されていた。すっかり匿名性をはぎ取られている。最高峰のスポーツカーと比べても引けを取らないという自信の表れなのだろう。確かに感触はソリッドで、ワインディングロードを楽しむことができた理由のひとつだったのだと思う。そのことがこのクルマのユーザー層の心にどれだけ響くかはわからないが。
これだけ背の高いクルマを安定してコーナリングさせるのだから、足元は固められているはずである。乗り心地には厳しい条件となるが、運転している限りでは不快感はなかった。しかし、リアシートに座っていたカメラマンA氏は不満げである。試してみろと言われて後席に移ったら、彼の気持ちがわかった。路面の荒れはダイレクトに伝わり、収まりも悪い。ただし、この点についてはライバルたちも似たようなもので、このジャンルのクルマにとってはこれからの課題になる。
高速道路ではミリ波レーダーが追加されたマイパイロットが順調に作動したし、先進安全装備の三菱e-Assistには前方衝突予測警報などの新機能が加わっている。全方位で進化しており、弱点は見当たらない。しかし、ここがスゴイとドヤ顔で言い張れる特徴がないのも確かだ。N-BOXが売れているのは、売れていることそのものが理由でもある。成熟したジャンルだけに、あえてマイナーなモデルを選ぶには何か特別な動機が必要だ。三菱はeKが有力なオルタナティブであることを示さなければならない。ダイナミックシールドのルックスは魅力的だが、すべてを背負わせるのは酷だという気がする。
(文=鈴木真人/写真=荒川正幸/編集=藤沢 勝)
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
テスト車のデータ
三菱eKクロス スペースT
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3395×1475×1820mm
ホイールベース:2495mm
車重:970kg
駆動方式:FF
エンジン:0.66リッター直3 DOHC 12バルブ ターボ
モーター:交流同期電動機
トランスミッション:CVT
エンジン最高出力:64PS(47kW)/6400rpm
エンジン最大トルク:100N・m(10.2kgf・m)/3600rpm
モーター最高出力:2.7PS(2.0kW)/1200rpm
モーター最大トルク:40N・m(4.1kgf・m)/100rpm
タイヤ:(前)165/55R15 75V/(後)165/55R15 75V(ブリヂストン・エコピアEP150)
燃費:18.8km/リッター(WLTCモード)
価格:185万9000円/テスト車=271万3898円
オプション装備:ボディーカラー<ナチュラルアイボリー×サンシャインオレンジメタリック>(8万2500円)/先進安全パッケージ(9万3500円)/先進快適パッケージ(7万1500円)/プレミアムインテリアパッケージ(5万5000円)/後席パッケージ(4万4000円)/アダプティブLEDヘッドライト(7万7000円)/運転席側ハンズフリーオートスライドドア(5万5000円)/ルーフレール(2万7500円) ※以下、販売店オプション オリジナル9型ナビゲーション(22万8668円)/フロアマット<プレミアム>(2万5652円)/ETC2.0車載器(4万0656円)/ビルトインUSBポート(1万0230円)/ドライブレコーダー(4万0392円)/三角表示板(3300円)
テスト車の年式:2020年型
テスト開始時の走行距離:2833km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(7)/山岳路(1)
テスト距離:284.9km
使用燃料:20.1リッター(レギュラーガソリン)
参考燃費:14.2km/リッター(満タン法)/14.3km/リッター(車載燃費計計測値)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
-
アウディQ3スポーツバックTFSIクワトロ150kWアドバンスト(4WD)【試乗記】 2026.8.31 フルモデルチェンジした「アウディQ3スポーツバック」に試乗。プラットフォームやパワートレインこそ従来型の改良版ではあるものの、内外装のデザインやインフォテインメント、効率性のすべてにおいて大幅な進化を遂げたという。その仕上がりやいかに。
-
トヨタbZ4XツーリングZ(4WD)【試乗記】 2026.8.29 「トヨタbZ4X」にワゴンのようなロングボディーを持つ「ツーリング」が登場。ただ長くなっただけではなく、今回試した4WDモデルではパワーもアップ。乗り味にも微妙な影響を及ぼしているから見逃せない。経路充電を試しつつ、370km余りをドライブした。
-
BMW 120オリジナル(FF/7AT)【試乗記】 2026.8.25 BMWの主要モデルに新グレードの「オリジナル」が設定された。位置づけとしては新たなエントリーグレードということになるが、BMWらしさを損なうことなく装備を厳選し、価格を抑えたのがポイントだという。「1シリーズ」の「120オリジナル」の仕上がりをリポートする。
-
トライアンフ・スラクストン400(6MT)【レビュー】 2026.8.25 カフェレーサーの本場である、イギリスのトライアンフがリリースした「スラクストン400」。車名のとおり、カジュアルに楽しめる400ccクラスのマシンではあるのだが、その実物からは、エントリーモデルとは思えない本物の香りが漂っていた。
-
スズキeスカイ プロトタイプ(FWD)【試乗記】 2026.8.24 スズキが満を持して世に問う、軽規格の新型電気自動車「eスカイ」。軽乗用車の本質である、生活の足としてのちょうどよい性能を追求したという一台は、どのようなクルマに仕上がっているのか? 2026年秋の正式発表を前に、プロトタイプモデルに試乗した。
-
NEW
第127回:新型BMW X5(後編) ―迷走するBMW 結局アナタは“ノイエクラッセ”でなにがしたかったの?―
2026.9.2カーデザイン曼荼羅その姿が明らかとなるや、賛否両論を巻き起こしている新型「BMW X5」。このクルマは既存のBMW製SUVとはなにがちがうのか? そもそもBMWは“ノイエクラッセ・デザイン”になにを託していたのか? カーデザインの識者と、迷走するBMWの明日を探った。 -
NEW
BMW X1 sDrive20iオリジナル(FF/7AT)【試乗記】
2026.9.2試乗記BMWのコンパクトSUV「X1」に新グレードの「オリジナル」が登場。走りの楽しさをはじめとしたBMWらしさをキープしつつ、装備の厳選によって価格抑制を図った新たなエントリーグレードだ。都市部におけるドライバビリティーとユーザービリティーをリポートする。 -
スポーツカーに未来はあるか?
2026.9.1あの多田哲哉のクルマQ&A年々、開発環境が厳しくなるといわれるスポーツカーは、この先も存在しうるのか? トヨタのエンジニアとしてさまざまなスポーツカーを開発してきた多田哲哉さんに“未来のスポーツカー像”を聞いた。 -
トヨタGRヤリスRZ“ハイパフォーマンス”+エアロパフォーマンスパッケージ【試乗記】
2026.9.1試乗記2020年のデビュー以来、間断なく進化を続けてきたコンパクトスポーツの「トヨタGRヤリス」。一般ユーザーの間ではもちろん、コンペティションの世界でもチューニングのかいわいでも光を放つ一台は、2026年モデルでどう進化したのか? その走りを報告する。 -
“自然を連想する車名”の名車特集
2026.9.1日刊!名車列伝暑さが和らぐ一方で、台風シーズンとも呼ばれる9月。その風をはじめ、星座、景観など自然を連想させる名前が与えられた、世界の名車を日替わりで紹介します。 -
興味があるのはたったの3割!? 自動車業界を揺るがすSDVやAIって本当に必要なの?
2026.8.31デイリーコラム自動車も、スマホのように機能がアップデートできるようになる! ……ということで注目されるソフトウエアディファインドビークル(SDV)だが、日本のユーザーの多くが「いらない」と思っていることが判明! 急速に進むデジタル技術の、必要性について考えた。



















































