トヨタ・ヤリス ハイブリッドZ(FF/CVT)/ホンダ・フィットe:HEVネス(FF/CVT)
まさに熟成の味 2020.07.15 試乗記 2020年2月のデビュー以来ライバルとして好勝負を続ける、新型の「トヨタ・ヤリス」と「ホンダ・フィット」。ヤリスに続いて試乗したホンダのコンパクトカーは、過去のモデルから受け継いだ実力の高さを見せてくれた。いいところはそのままに
(前編・ヤリス編からの続き)新型ヤリスはプラットフォームからパワートレインまで全身を、同時刷新を敢行した。対して、今回の4代目フィットは「史上初めて、プラットフォームを新開発しなかった新型フィット」なのだそうだ。歴代フィットはフルモデルチェンジごとにプラットフォームを刷新してきたが、今回はそれを見送った。
また、フィットとしては初出となる「e:HEV」と呼ばれるハイブリッド機構は欧州でも販売(というか、欧州仕様フィットはこれのみ)されるが、モノはこれまで「i-MMD」と名乗っていた準シリーズハイブリッドそのものである。同機構と1.5リッターの組み合わせも「インサイト」に続いて今回は2例目だ(フィットの小さなエンジンルームにおさめるために、今回は大半の部品は新設計したというが)。
……といったことを考えると、すべてが白紙から新しくなったヤリスとは対照的に、今回の新型フィットは全身が既存ハードウエアの熟成・改良型といえなくもない。
新型フィットの室内空間は寸法上は従来と変わらない……どころか、シートなど前後とも新設計で分厚くなっているので、ヘッドルームなどは逆に減少したくらいである。しかし、これまで熾烈な広さ競争を繰り広げてきた国産コンパクトのなかでも、フィットは押しも押されもせぬ広さ番長だったわけで、その室内空間はいまだクラスで世界一といっていいほど広い。しかも、極細Aピラーや低く水平なダッシュボード、2本スポークステアリングなど、基本設計はそのままでも視界性能や開放感へあくなき探求心は薄れていない。
ダッシュボードからメーターフードを取り去るために、フィットのメーターは全車が7インチTFT液晶に統一されているのは、このクラスではぜいたくというほかない。また、発売延期の原因となった電動パーキングブレーキ(EPB)問題を解決するために、リアブレーキ(にEPBが内蔵されている)は全車が高価なディスク式となっている。
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従来と異なる“スポーツタイプ”
今回連れ出したフィットのグレード名は「ネス」。車名と続けて「フィット ネス」という語感からも分かるように、新型フィットではこれが一応スポーツグレードらしい。ただ、その世界観は、これまでのオイルくさいそれとはまったく異なる。5種あるグレードのなかでは比較的上級の部類に入るネスだが、ステアリングホイールがウレタンであることも従来の感覚ではちょっと違和感がある。新型フィットにも革巻きステアリングはあるのだが、“上級グレード=革巻き”という単純な構図にはなっていないのだ。
もちろんこれも意図的なもので、新型フィットを象徴する新しさのひとつである。そのウレタンステアリング自体も新設計で、ウレタンとしてはこれまでにない高級感のある手触りにはちょっと感心する。しかし、私のような古い人間としては、スポーツグレードはやはり革巻きステアリングであってほしいのも事実。このあたりは今後修正が入るのか、世論の動向を見守りたい(大げさ)ものである。
スポーツグレードといっても、操縦性や乗り心地はことさら俊敏なわけではない。というか、グレードやタイヤサイズを問わず、新型フィットの走りや乗り心地は優しく癒やし系なのが最大の特徴だ。モータースポーツ志向の強い社風をもつホンダは、これまでフィットのような実用車でも、水平姿勢の快活な操縦性をもたせるケースが多かった気がする。しかし、新型フィットはそうしたイメージとはある意味で正反対といっていい。
“荷重移動と接地感”を追求したという新型フィットのダイナミクス性能は、加減速やステアリング操作に応じて前後左右にじわりと動く、地にアシがついた安心感ある味わいがステキである。
走りのちがいは体感できる
新型フィットの開発陣が口にした“荷重移動と接地感”が重要であることは、もちろんトヨタの技術者も身に染みて分かっていることだろう。ヤリスが新開発ハイブリッドで“エンブレ制御”などの工夫を強化したのも、まさにそのための方策と思われる。
しかし、それをよりリアルに実現できているのはどっちか……でいうと、現時点ではフィットに軍配が上がる。今回はプラットフォームからすべてを新開発したトヨタに対して、ホンダは同じ時間を勝手知ったる既存プラットフォームの改良作業にあてたわけで、フィットはまさに熟成の味ともいえる。
パワートレインはヤリスともども1.5リッターのハイブリッドで、実用域でのレスポンスは車重が100kg軽いヤリスのほうが、体感的には活発である。ただ、すべての源となるエンジン性能は、フィットが最高出力98PS、最大トルク127N・mでヤリスが同91PS、同120N・m。欧州で公表されている動力性能値でいうと、0-100km/h加速はヤリスの10.5秒に対してフィットは9.4秒(最高速はともに175km/h)と、エンジンスペックなりの差はある。
実際、市街地ではヤリスのほうが小気味よく走るが、郊外に出てアクセル踏み込み量が増すにつれて、フィットの地力が発揮される感覚がある。とくに高速などでの全開付近での勝負は明らかにフィットのほうが力強い。
静粛性についてもフィットのほうが好印象だ。それは1.5リッターエンジンがヤリスより1気筒多い4気筒であることに加えて、100kg重いフィットのほうが豊かな質量でノイズを抑え込みやすいという面もある。大きめの路面不整に蹴り上げられたような場面でも、フィットはドシッと静かに受け止める。
フィット単独で乗っているかぎりは車重をネガティブに感じることなど皆無に近いが、山坂道をヤリスとともに走らせたりすると、身のこなしはヤリスのほうがハッキリと軽い。
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性格も装備も対照的
というわけで、今回は新型フィットとヤリスを同時に連れ出したわけだが、大人3人以上での移動が頻繁なら、迷うことなくフィット推奨ということになるだろう。相変わらず圧倒的に広い後席と荷室容量に加えて、新型ではシート自体も新しくなって、ヤリスに対する後席快適性のリード幅はさらに拡大する。対して、1~2人乗りドライバーズカーとしてならヤリスで決まり……とズバッと斬れたら気持ちいいのだが、実際はそうともいいきれない。
私も普段はほとんど1人乗りだが、毎日乗るなら豊かで頼りがいのある接地感で包んでくれて、乗り心地も優しいフィットを選びたいと思う。このように熟したフィットに対して、ヤリスにはまだ粗っぽいところが少しある。もっとも、ヤリスの軽快・活発な走りは街中でもそれなりに楽しく、低慣性モーメントによるクルクルとした旋回性能は明らかに新しい。ヤリスの乗り味を気に入ってしまったら「フィットは年寄りくさい」と思うかもしれない。それにしてもトヨタが若々しく、ホンダがその反対……とは時代も変わるものである。
ただ、私自身も経験があるが、実際に毎日乗る自分のクルマを購入する場合、意外とちょっとしたガジェット的な装備が最後の決め手になることも少なくない。
ヤリスでいうと、今まで高級な電動シート車でしか手に入らなかった“乗降モード”をメカニカルで実現した「イージーリターンシート」や、シフト操作だけで完遂可能な半自動駐車システム「トヨタチームメイト パークアシスト」がそれかもしれない。どちらも一度使ったら即信者化してしまうキラーアイテムになりうるし、さらには「ヴィッツ」時代からの伝統「買い物アシストシート」も依存性が高い。
フィットなら半自動運転のアダプティブクルーズコントロール(ACC)がヤリスのそれを圧倒する。それはなにも電動パーキングブレーキによる全車速対応・渋滞追尾機能が付くから……という単純なスペックの話だけでなく、その加減速やステアリング制御にまで心地よさと安心感を追求したフィットのACCの完成度は素直に素晴らしい。高速での遠出機会が多いなら、底力のあるパワートレインも含めてフィットのほうが使い勝手がいい。
最後に。WLTCモードによるカタログ燃費はヤリスが圧勝しているが、別項にあるように実燃費ではそこまでの惨敗ではないことは、フィットの名誉のために付け加えておく。
(文=佐野弘宗/写真=郡大二郎/編集=関 顕也)
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テスト車のデータ
ホンダ・フィットe:HEVネス
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3995×1695×1540mm
ホイールベース:2530mm
車重:1200kg
駆動方式:FF
エンジン:1.5リッター直4 DOHC 16バルブ
モーター:交流同期電動機
トランスミッション:CVT
エンジン最高出力:98PS(72kW)/5600-6400rpm
エンジン最大トルク:127N・m(13.0kgf・m)/4500-5000rpm
モーター最高出力:109PS(80kW)/3500-8000rpm
モーター最大トルク:253N・m(25.8kgf・m)/0-3000rpm
タイヤ:(前)185/55R16 83V/(後)185/55R16 83V(ヨコハマ・ブルーアースA)
燃費:27.4km/リッター(WLTCモード)/35.0km/リッター(JC08モード)
価格:222万7500円/テスト車=260万8100円
オプション装備:ボディーカラー<ルナシルバー・メタリック×ライムグリーン>(5万5000円)/コンフォートビューパッケージ(3万3000円)/ ※以下、販売店オプション 9インチプレミアムインターナビ<VXU-205FTi>(19万8000円)/ナビ取り付けアタッチメント(4400円)/ドライブレコーダー<DRH-197SM>(2万7500円)/ETC2.0車載器 ナビ連動タイプ(2万7500円)/ETC車載器取り付けアタッチメント(6600円)/フロアカーペットマット<プレミアムタイプ>(2万8600円)
テスト車の年式:2020年型
テスト開始時の走行距離:4028km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(1)/高速道路(7)/山岳路(2)
テスト距離:501.1km
使用燃料:27.0リッター(レギュラーガソリン)
参考燃費:18.6km/リッター(満タン法)/19.5km/リッター(車載燃費計計測値)
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トヨタ・ヤリス ハイブリッドZ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3940×1695×1500mm
ホイールベース:2550mm
車重:1100kg
駆動方式:FF
エンジン:1.5リッター直3 DOHC 16バルブ
モーター:交流同期電動機
トランスミッション:CVT
エンジン最高出力:91PS(67kW)/4800rpm
エンジン最大トルク:120N・m(12.2kgf・m)/3600-4400rpm
モーター最高出力:80PS(59kW)
モーター最大トルク:141N・m(14.4kgf・m)
タイヤ:(前)185/55R16 83V/(後)185/55R16 83V(ブリヂストン・エコピアEP150)
燃費:32.6km/リッター(WLTCモード)
価格:229万5000円/テスト車=296万0500円
オプション装備:ボディーカラー<ホワイトパールクリスタルシャイン>(3万3000円)/185/55R16タイヤ&16×6Jアルミホイール<切削光輝+ブラック塗装センターオーナメント付き>(8万2500円)/カラーヘッドアップディスプレイ(4万4000円)/ブラインドスポットモニター<BMS>+リアクロストラフィックオートブレーキ<パーキングサポートブレーキ[後方接近車両]>+インテリジェントクリアランスソナー<パーキングサポートブレーキ[静止物]>(10万0100円)/トヨタチームメイト アドバンストパーク<パノラミックビューモニター付き>(7万7000円)/合成皮革+ツイード調ファブリック(1万1000円)アクセサリーコンセント<AC100V・1500W×1個>(4万4000円) ※以下、販売店オプション T-Connectナビキット(11万円)/TV+Apple CarPlay+Android Auto(3万3000円)/カメラ別体型ドライブレコーダー<スマートフォン連携タイプ>(6万3250円)/ETC2.0ユニット<ビルトイン>ナビキット連動タイプ<光ビーコン機能付き>(3万3000円)/トノカバー(1万1000円)/フロアマット<デラックス>(2万3650円)
テスト車の年式:2020年型
テスト開始時の走行距離:6164km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(6)/山岳路(2)
テスト距離:523.4km
使用燃料:24.3リッター(レギュラーガソリン)
参考燃費:21.5km/リッター(満タン法)/21.9km/リッター(車載燃費計計測値)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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