アバルト595Cピスタ(FF/5MT)
サソリの毒は長く効く 2020.07.31 試乗記 コンパクトでキュートなボディーとホットなエンジンで人気の「アバルト595」シリーズにブルーのボディーカラーも鮮やかな限定車が登場。果たしてその実力はサーキットを表す「ピスタ」の名に恥じないものなのか。オープントップモデルで検証した。異例のヒット
「ビートルズっていいっすよね!」
親子ほども世代が違う若者から真っすぐ熱い言葉を投げかけられると戸惑う。いやいや、俺だって同時代じゃないから、小学校に入ったころにはもう解散しているから、という言葉を飲み込んで、ついでに「だろっ!? にしても今ごろかよ」という偉そうな顔にならないように気を付けて、さらには、もしかすると武道館公演を見に行ったと思ってそんな話を切り出したとすれば、俺ってそんな年に見えるのか? などという疑問もおくびに出さず、「へー、ビートルズなんて知ってるんだ? いいよねー」と当たり障りのない返答をする。どうせ、どこかで一曲二曲ぐらい聞き知ったに違いない。先に知っていたからといって偉いわけではもちろんないが、あまり深く突っ込んでウザイじじいと引かれてもいいことはない。こう見えてじいさんたちも案外気を遣っているのである。
らちもない話でいきなり脱線したが、こういうことがあるとベストセラーとロングセラーの関係を考えさせられる。皆が知っている昭和の名曲のような圧倒的な大ヒットはクルマでもなかなかお目にかかれない時代だが、ライブや配信から少しずつ広まって、時間がたっても色あせず世代を超えたスタンダードになることもある。そんな珍しくも典型的な例が「フィアット500」およびアバルト595シリーズだ。じわじわ着実に台数を伸ばして、日本導入からもう12年にもなるという今、一番売れているという。
ずっと右肩上がり
2020年初めにFCAジャパンが発表したところによれば、2019年のフィアット500およびアバルト595シリーズの販売台数は合わせて6970台。発売初年度の2008年は約2500台だったから昨年は3倍近い伸びである。デビュー直後に売れてまた盛り返す再ブレークとも違ってずっと右肩上がりだ。アバルトだけで言えば2955台、2009年は約500台だったからこれも驚くほどの繁殖ぶりだ。さらに特筆すべきは女性比率とマニュアル比率の高さである。フィアットブランドでは女性ユーザー比率が6割超、アバルト車ではほぼ半数がマニュアル仕様だという。日本市場全体では今やMT比率はわずか1%程度のはずだから、これは驚異的と言ってもいい。
ジープブランド(1万3360台)が好調なおかげもあって、FCAジャパンの昨年の販売台数は2万4666台と過去最高を記録したという。いやちょっと待てよ、この3ブランドのセールスが好調なことは分かったが、ということはもう一本の柱であるアルファ・ロメオが少ないことになる。「ジュリア」と「ステルヴィオ」という比較的新しいモデルがありながら不振が目立つ。500/595ほど分かりやすくないということかもしれない。
それに加えてフィアットとアバルトは特別仕様車や限定コラボレーションモデルを継続的に、それこそ多い時には毎月発売するぐらいの勢いで投入し、下火にならないように空気を吹き込んでいる。率直に言ってしまえば、スタンダードモデルとの違いはボディーカラーやインテリアトリムが主なものなのだが、その手法はさすがの小粋さで根強い人気を維持している理由のひとつだろう。絶対数は限られるものの、動かない在庫を新古車にして値引き販売することに比べれば、実に健全な商売である。
ピスタの名に驚くなかれ
今回発売された595/595Cのピスタも国内240台の限定モデルである。595が146台、オープントップの595Cが94台で、それぞれに5段MTと5段ATが用意されており、しかもMT仕様車のほうが多い。標準ラインナップの「595Cツーリズモ」はクラッチレスのいわゆる5段MTAのみなので、5段MTの595Cは希少な存在となる。この辺の微妙な仕様の差もなかなか巧妙だ。ターボエンジンを搭載するアバルト595(当初は「アバルト500」だった)は言うまでもなく500のスポーティーモデルであり、ほんの少しピリ辛風味という位置づけである。595Cピスタ用1.4リッター直列4気筒マルチエアターボエンジンは、165PS/5500rpm、230N・m(23.5kgf・m)/2250rpm(スポーツモード時。ノーマル時は210N・m/2000rpm)を発生。これは標準仕様の595に比べて20PS増しであり、さらにこの上に「コンペティツィオーネ」用の180PS版も存在する。
いかにも攻撃的な「ピスタ」というサブネームが付いてはいるけれど、あの「フェラーリ488ピスタ」のような超高性能スペシャルモデルではなく、あるいはかつての「695ビポスト」のようなアスファルトラリー用の競技車さながらという超硬派モデルではないのでまったく身構える必要はない。ピスタとはイタリア語でサーキットの意味だが、カタルーニャサーキットのレイアウトに似ているが、どこかはっきりしないコースのバッジをはじめとしたコスメティックな装備が主なものである。高性能エキゾーストシステムの「レコードモンツァ」も備わるが、この4本出しシステムはこれまでにもモデルによって使われてきたもの。古い人には“レコルド”でないと通じないあれだ。
ちょうどいい切れ味
電動ソフトトップを備える分だけ若干重いが、それでも車重は1160kg、それにターボエンジンだから不足のあるはずはない。クラッチをつなごうとすると自動的にエンジン回転数を持ち上げ、発進をサポートするシステムも付いているおかげで、街中でも扱いは楽チンだ。山道ではほんの少しだけターボラグが気になる場合もあるが、何しろMTなのでそこはドライバーがカバーすればいい。ダイレクトなマニュアルで微妙な加減速までコントロールできる小気味よさは、CVTばかりの国産コンパクトカーとはまるっきり別次元である。
乗り心地もそれなりに穏当である。とはいっても装着タイヤがノーマル595の16インチから17インチに一回りサイズアップされており、さらに足まわりも引き締まっているようだが(コニの機械式可変FSDダンパーがリアに装着されている点がスタンダードとは異なる)、固くストロークを拒むようなものではなく、十分に快適と言える。ホイールベースが2300mmしかないコンパクトなFWDの右ハンドルマニュアル車となれば、ドライビングポジションが気になるところだが、ペダル類もオフセットしておらず、ヒール&トーも問題なく行える。この辺も人気の理由なのだろう。小気味よく生きがいいうえにキュートで伊達(だて)で、しかも価格も身近なサブコンパクトカーは他にない。ヒットというより、もう立派なスタンダードナンバーである。
(文=高平高輝/写真=荒川正幸/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
アバルト595Cピスタ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3660×1625×1505mm
ホイールベース:2300mm
車重:1160kg
駆動方式:FF
エンジン:1.4リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:5段MT
最高出力:165PS(121kW)/5500rpm
最大トルク:230N・m(23.5kgf・m)/2250rpm
タイヤ:(前)205/40ZR17 84W/(後)205/40ZR17 84W(ミシュラン・パイロットスポーツ3)
燃費:15.6km/リッター(JC08モード)
価格:361万円/テスト車=366万6100円
オプション装備:Wi-Fi対応ドライブレコーダー(4万2900円)/ETC車載器(1万3200円)
テスト車の年式:2020年型
テスト開始時の走行距離:2228km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(5)/山岳路(2)
テスト距離:284.0km
使用燃料:27.9リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:10.1km/リッター(満タン法)/10.1km/リッター(車載燃費計計測値)

高平 高輝
-
アウディA6アバントe-tronパフォーマンス(RWD)【試乗記】 2025.12.2 「アウディA6アバントe-tron」は最新の電気自動車専用プラットフォームに大容量の駆動用バッテリーを搭載し、700km超の航続可能距離をうたう新時代のステーションワゴンだ。300km余りをドライブし、最新の充電設備を利用した印象をリポートする。
-
ランボルギーニ・テメラリオ(4WD/8AT)【試乗記】 2025.11.29 「ランボルギーニ・テメラリオ」に試乗。建て付けとしては「ウラカン」の後継ということになるが、アクセルを踏み込んでみれば、そういう枠組みを大きく超えた存在であることが即座に分かる。ランボルギーニが切り開いた未来は、これまで誰も見たことのない世界だ。
-
アルピーヌA110アニバーサリー/A110 GTS/A110 R70【試乗記】 2025.11.27 ライトウェイトスポーツカーの金字塔である「アルピーヌA110」の生産終了が発表された。残された時間が短ければ、台数(生産枠)も少ない。記事を読み終えた方は、金策に走るなり、奥方を説き伏せるなりと、速やかに行動していただければ幸いである。
-
ポルシェ911タルガ4 GTS(4WD/8AT)【試乗記】 2025.11.26 「ポルシェ911」に求められるのは速さだけではない。リアエンジンと水平対向6気筒エンジンが織りなす独特の運転感覚が、人々を引きつけてやまないのだ。ハイブリッド化された「GTS」は、この味わいの面も満たせているのだろうか。「タルガ4」で検証した。
-
ロイヤルエンフィールド・ハンター350(5MT)【レビュー】 2025.11.25 インドの巨人、ロイヤルエンフィールドの中型ロードスポーツ「ハンター350」に試乗。足まわりにドライブトレイン、インターフェイス類……と、各所に改良が加えられた王道のネイキッドは、ベーシックでありながら上質さも感じさせる一台に進化を遂げていた。
-
NEW
あの多田哲哉の自動車放談――ロータス・エメヤR編
2025.12.3webCG Movies往年のピュアスポーツカーとはまるでイメージの異なる、新生ロータスの意欲作「エメヤR」。電動化時代のハイパフォーマンスモデルを、トヨタでさまざまなクルマを開発してきた多田哲哉さんはどう見るのか、動画でリポートします。 -
NEW
タイで見てきた聞いてきた 新型「トヨタ・ハイラックス」の真相
2025.12.3デイリーコラムトヨタが2025年11月10日に新型「ハイラックス」を発表した。タイで生産されるのはこれまでどおりだが、新型は開発の拠点もタイに移されているのが特徴だ。現地のモーターショーで実車を見物し、開発関係者に話を聞いてきた。 -
NEW
第94回:ジャパンモビリティショー大総括!(その3) ―刮目せよ! これが日本のカーデザインの最前線だ―
2025.12.3カーデザイン曼荼羅100万人以上の来場者を集め、晴れやかに終幕した「ジャパンモビリティショー2025」。しかし、ショーの本質である“展示”そのものを観察すると、これは本当に成功だったのか? カーデザインの識者とともに、モビリティーの祭典を(3回目にしてホントに)総括する! -
NEW
日産エクストレイルNISMOアドバンストパッケージe-4ORCE(4WD)【試乗記】
2025.12.3試乗記「日産エクストレイル」に追加設定された「NISMO」は、専用のアイテムでコーディネートしたスポーティーな内外装と、レース由来の技術を用いて磨きをかけたホットな走りがセリングポイント。モータースポーツ直系ブランドが手がけた走りの印象を報告する。 -
アウディA6アバントe-tronパフォーマンス(RWD)【試乗記】
2025.12.2試乗記「アウディA6アバントe-tron」は最新の電気自動車専用プラットフォームに大容量の駆動用バッテリーを搭載し、700km超の航続可能距離をうたう新時代のステーションワゴンだ。300km余りをドライブし、最新の充電設備を利用した印象をリポートする。 -
4WDという駆動方式は、雪道以外でも意味がある?
2025.12.2あの多田哲哉のクルマQ&A新車では、高性能車を中心に4WDの比率が高まっているようだが、実際のところ、雪道をはじめとする低μ路以外での4WDのメリットとは何か? トヨタでさまざまな車両を開発してきた多田哲哉さんに聞いた。















































