アバルト595 F595(FF/5MT)
エンジンをブン回せ! 2022.09.03 試乗記 サソリ印のホットハッチ「アバルト595」に、ニューモデル「F595」が登場。キビキビと走らせられる小柄なボディーに、回すほどに盛り上がるエンジンを搭載したイタリア製ミニマムロケットは、ストリートでも笑ってしまう程の刺激に満ちあふれていた。ちょっとややこしい来歴と立ち位置
F595は、アバルト595の新しい標準グレードにあたる存在だ。2022年8月現在の国内ラインナップでは、422万円のF595がもっとも手ごろなアバルトで、この上に「ツーリズモ」と「コンペティツィオーネ」が置かれる。
ちなみに、F595は2020年に限定販売された「595ピスタ」のカタログ版ともいうべき内容である。当時のピスタはブルーの専用車体色にイエローのアクセントをあしらった外観に、標準より1インチ大きいマットブラックの17インチホイール、そしておなじみの「レコードモンツァ」マフラーやコニのFSDショック(リアのみ)を特別装備。さらに、これまたすっかりおなじみの1.4リッターターボ「Tジェット」エンジンも、素の595比で20PS増の165PSとなっていた。
イタリア語でサーキットを意味するピスタを名乗ったのも、その165PSというスペックがイタリアのF4マシンに使用されるアバルトエンジンと同等チューンであることに由来した。
新しいF595も、165PSのエンジンに加えて、鮮やかなアクセントカラーが目をひく外観の仕立て、17インチホイール、マフラーのレコードモンツァ、リアのコニFSDショック、そしてサーキット柄のリアバッジまでピスタと同様である。ただし、ブルー/イエローという専用のエクステリアカラーをやめ、それとはちがう5パターンを用意するようになったこと、そしてレコードモンツァの4本出しエキゾーストが縦配列になった点が、当時のピスタとの大きなちがいである。
ちなみに、本国のアバルトもこの2022年モデルから165PS版がベースエンジンとなった。あちらでは素の「595」も残っており、F595はそのグレードアップパッケージというあつかいである。
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やんちゃなエンジンにグッとくる
グレーメタリックに塗られた取材車は、ドアミラーや前後バンパーに、鮮やかなメタリックブルーの差し色があしらわれていた。カタログを見ると、残る4色も差し色はそれぞれ専用らしい。さすがイタリア車……なのかはともかく、日本のスポーツ車では考えもつかなそうなシャレっぷりである。
エンジンを始動すると、小さな体躯に似合わぬ不穏なアイドリング音がいかにもレコードモンツァだ(50代オヤジの筆者はどうしても「レコルトモンツァ」と呼びたくなるけれど、より現地読みに近づけると「レコルドモンツァ」という感じらしい)。ダッシュボードの「スポーツスイッチ」(いつの間にかサソリマークが目印になっている)を押すと、排気系のなにかが開いて、排気音はさらに不敵に、レスポンスも明らかに攻撃型になる。
この595を含む「フィアット500」系アバルトに搭載されるTジェットエンジンは、同じ1.4リッターターボでも「プント エヴォ」や「124スパイダー」が積んでいた電子制御油圧吸気バルブの「マルチエア」とは異なる。いわば古典的……というか、一般的なDOHCターボである。それもあってか、F595のパワーフィールは今どきとしては明確に抑揚があるタイプだ。
それでも現代のエンジンだし、クルマ自体が小さく軽いから、2000rpmも回っていれば十二分なパンチを供出してくれる。しかし、3000rpmでさらに力を増し、4000rpmで勢いが加わり、5500rpmからはぐわっとパワーが出て、6500rpmのリミットまで明確に衰えることがない。トップエンドではいよいよ音のツブもそろって「これがアバルトかあ」と思わせるような乾いたハイトーンになるのもたまらない。
正直いって性能や技術面ではもはや特筆することもないエンジンだが、気持ち良さではだまだ……というか、全域で力強い(だけの?)優等生エンジンが増えたこともあって、最近ますますグッとくる存在になった気がする。
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確かに感じられる“左ハン”ならではの美点
F595はハッチバックのみ、変速機も5段MTのみだが、ハンドル位置だけは左右が用意される。今回の取材車は左ハンドルだった。
左ハンというと、最近は否定派の意見も多い。同じ右ハンの国である英国では左ハンの保険料が2倍近くになるというし、豪州だと左ハンは原則禁止だそうだ。表向きは「危険だから」という理由らしいが、日本では、左ハンに対するおとがめはとくにない。
そんな堅い話はともかく、このクルマも含めたフィアット500の右ハン仕様は、わずかながら左足のフットレストもあり、このクラスとしては悪くない。それでも、こうして左ハンに乗ると、やはり笑ってしまうほどドンピシャのドラポジや、しっくりまとまった操作性に心ひかれざるをえないのが本音だ。
左足をホイールハウスに踏ん張ることができるホールド性の高さはもろちん、アクセルペダル位置も自然そのもの。筆者は右利きなので、シフトレバーも右手で操作するほうがしっくりくる。また、フィアット500系の右ハンは、左側にあるブレーキマスターシリンダーをリンケージで遠隔操作する。それは単独で乗るかぎりは特段の不満も感じない良好なデキなのだが、こうして左ハンに乗ってしまうと、明らかにダイレクトで剛性感があって、コントローラブルな本来のブレーキフィールに感心する。踏み込んだブレーキペダルとアクセルペダルの高さがピタリと合うので、ヒール&トーごとに、また思わず笑ってしまう。
日本が左ハンに寛容なのは、かつて輸入車を“ガイシャ”としてありがたがっていた時代のなごりだ。いっぽうで、自動車保険が自由化された現在も、左ハンの保険料が高いという話は聞かない。つまり、左ハンの事故率が有意に高いというデータも存在しないということだ。左ハンをわざわざ推奨するつもりはないが、こうして好きなクルマをハンドル位置を問わずに選べる日本の状況は、素直にありがたいと思う。
普段の道でも十分に楽しめる
個人的には数年ぶりの試乗となったアバルト595だが、17インチとなっても、ハードなスプリングやフロントもコニとなるコンペティツィオーネよりはしなやかなフットワークだ。それでもアシは基本的に締まっているので、上下動はそれなりに出る。しかし、姿勢はビシッと安定しているから、険しい山坂道でも転倒するような不安感はない。
ホイールベースが2300mmという短さとは思えない、吸いつくような直進性とロードホールディングは、13年前に初めて乗ったアバルト500から考えると、隔世の感がある。それはコニが後輪をしっかりと接地させてくれるからか、あるいはピレリの進化のおかげか。さらには、乗り心地にも初期にはまるでなかったしっとり感も醸成されている。まあ、ここ数年で目に見える進化があったわけではないが、確実にこなれた熟成感がありありだ。
とはいっても、路面が荒れてくると途端に上下動が増して、ワダチに蹴られると横っ飛びするなど、悪条件では生来のジャジャ馬が顔を出す。強めのブレーキングでも意外なほどあっさりとテールを振り出すのだが、アシは常に滑らかにストロークしているので、しかるべき運転をすれば取っ散らかることはない。必要に応じてブレーキLSD機能の「TTC」を作動させれば、230N・m(スポーツスイッチ使用時)というこのクルマには間違いなく過剰なトルクももてあますことなく、しっかりと推進力に変換してくれる。
……と、最新のアバルトは基本パッケージや設計年次の限界を感じさせるものの、一般公道でこれほど振り回せる、そして振り回して溜飲が下がるクルマも今どき貴重だ。日本はアバルトにとって確実に世界5指、場合によっては2指に入る大市場である。なるほど、アバルトが日本全国で定番ホットハッチとして土着しているのは、日本でクルマに乗っていれば肌感覚で分かる。今後も生産が続くかぎり、日本にきっちり入ってきてほしい。いや、たぶん入ってくるだろう。
(文=佐野弘宗/写真=向後一宏/編集=堀田剛資)
テスト車のデータ
アバルト595 F595
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3660×1625×1505mm
ホイールベース:2300mm
車重:1120kg
駆動方式:FF
エンジン:1.4リッター直4 DOHC 16バルブ ターボ
トランスミッション:5段MT
最高出力:165PS(121kW)/5500rpm
最大トルク:210N・m(21.4kgf・m)/2000rpm/230N・m(23.5kgf・m)/2250rpm(スポーツモードスイッチ使用時)
タイヤ:(前)205/40ZR17 84W XL/(後)205/40ZR17 84W XL(ピレリPゼロ ネロ)
燃費:14.2km/リッター(WLTCモード)
価格:422万円/テスト車=436万5200円
オプション装備:ボディーカラー<グリジオレコード>(5万5000円) ※以下、販売店オプション ABARTHオリジナルETC車載器(1万3200円)/ルームミラーモニター バックアイカメラセット(7万7000円)
テスト車の年式:2022年型
テスト開始時の走行距離:857km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(6)/高速道路(2)/山岳路(2)
テスト距離:337.2km
使用燃料:32.7リッター(レギュラーガソリン)
参考燃費:10.3km/リッター(満タン法)/10.9km/リッター(車載燃費計計測値)
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佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。