第672回:跳ね馬の最新V8モデル 大矢アキオ「フェラーリ・ローマ」を駆る!
2020.09.10 マッキナ あらモーダ!短調の跳ね馬
「ペルケ、ローマ(なぜローマ)?」
ハイヤーのドライバーに尋ねられ、筆者は返答に窮した。
イタリア北部ピエモンテ州で開催される「フェラーリ・ローマ」の国際試乗会に向かう途上のことだ。
メーカーのコンセプトは「la nuova dolce vita」つまり「現代版“ドルチェヴィータ”」という。プレスリリースには「独自のパフォーマンスとスタイルを身に着けたこのクルマは、1950~60年代のローマを特徴づけるような、気ままで楽しい当時の生活スタイルを表現しています」と説明されている。
筆者がとっさにnuova(新しい)の部分を抜き、「ドルチェヴィータだそうです」と答えると、ドライバー氏は「ああ、フェリーニか」と言う。
確かにフェデリコ・フェリーニ監督の1960年の映画作品『甘い生活(原題:la dolce vita)』はローマが舞台だった。
フェラーリ・ローマのオフィシャルビデオも、都市としてのローマが舞台である。登場するのは洗練された男女と、美しい風景だ。現実のローマ(都市)の大部分を占めるケイオティック(こんとんとした)な面は表現されていない。
フェリーニが好んだ、ある種のデカダンスなローマとも異なる。
今回の新型車のネーミング、つまりフェラーリとローマの連関は、極めて希薄なのだ。ドライバー氏が不思議に思うのも十分納得できる。
それでも、どこか興味をかきたてられたのも事実だった。なぜなら、この新型車は、汗臭さともいえるフェラーリの過剰なスポーティネス――それは、個人的には創立者や企業のヒストリーに敬意を表しながらも、ブランドを心理的に遠ざけていた原因でもあった――が極めて抑えられていたからである。
前述のオフィシャルビデオのBGMも、スポーツモデルのPRで一般的なビートあふれるものではなく、メランコリックな短調のメロディーである。この新しいフェラーリは、何を訴求したいのか?
さまざまな思いを抱きつつ、試乗会のベースであるブラの町に向かった。
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ADASと「チャオ、フェラーリ!」
フェラーリ・ローマはエンジンをフロントミドに積むクーペである。すでに2019年11月、ローマで発表会が行われている。商品コンセプトおよびスペックの大半は、すでに本サイトの別記事で、日本デビューの際に紹介されているので、そちらに譲る。
エクステリアデザインは、1962年「250GTルッソ」といった1950~60年代のGTモデルをイメージしたという。フロントセクションと短くまとめられたテールには、確かに昔のディレッタント(好事家)趣味的優雅さが漂う。
ディテールに目を移すと、今日風のミニマリズムが徹底されている。例えばフロントマスクを見てみると、ラジエーターの冷却用の導風口に従来のグリルではなく、パーフォレート(穴開け)加工を採用している。
エアベントや不必要な装飾は限りなく排除されている。フェラーリであることを小手先で強調しないのは、デザイナーにとって簡単なように見えて極めて困難なアプローチであったであろう。
2009年にマラネッロにやってきたフラヴィオ・マンツォーニ氏と社内デザインチームが、10年後に到達したマスターピースといえる。
「2+クーペ」と称する理由は、その限定的なリアシートを見れば分かる。グローバルマーケティングダイレクターを務めるエマヌエレ・カランド氏によると、リアは子供を乗せたり(ISO FIX対応である)、バッグを置いたりするスペースとのコンセプトであると教えてくれた。この潔さにかえって好感がもてる。
コックピットは完全なオリジナルである。運転者ファーストの伝統的なフェラーリとは一線を画し、助手席もほぼシンメトリックな“デュアル・コックピット・コンセプト”が与えられている。
トランク容量は272リッターで、オプションの可倒式リアシートを選択しても345リッターにとどまる。本気で欧州のコンチネンタルツアラーとして使うには、パズル的頭脳が必要だろう。デザインが掲げるのと同じミニマリストを志し、旅具をシェイプアップするいい機会かもしれない。
エンジンは「ポルトフィーノ」と同じ3.9リッターV型8気筒ツインターボだが、最高出力は20PS高い620PSだ。デュアルクラッチ式AT(DCT)はポルトフィーノの7段に対し、8段がおごられている。ドライブモードセレクター「マネッティーノ」もまたしかり。ポルトフィーノの3ポジションに対して、5ポジション(ウエット/コンフォート/スポーツ/レース/横滑り防止装置オフ)に進化している。
それはともかくローマでは、レベル1相当のアダプティブクルーズコントロールが選べる。これを含むオプションパッケージには自動緊急ブレーキと車線逸脱警告、ブラインドスポット検知、後方衝突被害軽減サポート、サラウンドビューカメラも含まれる。
また、今回実装されていたものの、最終調整中であったので評価は避けるが、「チャオ、フェラーリ!」の声で起動できるボイスコマンド機能もある。気がつけばフェラーリは、きちんと21世紀に追いついていた。
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21世紀型フェラーリGTの回答
試乗当日、筆者に用意されていたのは「ロッソ・ポルトフィーノ」と名付けられたレッドのボディーカラーのクルマだった。インビテーションを受け取って以来、常に渋みのあるローンチカラー「ブルー・ローマ」が頭の中にあった筆者は一瞬当惑した。だが、よく見ると、同じレッドでも「ロッソ・コルサ」よりも抑制が利いている。
ドアを開け、ドライバーズシートに腰を下ろす。
イグニッションからして未来的だ。ステアリング上のホーンパッド下に設けられたタッチパネルに触れることで行う。眼前の16インチHDスクリーンがきらびやかに点灯し始める。まるでITガジェットを操るがごとくだ。
しかし走り始めてみると、そのグラフィックデザインやレイアウトが単なる演出ではなく、いかにドライバーの視線を前方からそらさないために工夫されたものであるかが分かってくる。「Eyes on the road, hand at steering」を基本に、最新のアイトラッキング技術を駆使して開発されていることを実感する。
いっぽう、フロントウィンドウ越しの眺めは、明らかにタイムレスなデザインだ。両フェンダーのなだらかな丘と、フロントフード中央のバルジは、まぎれもなく往年のフェラーリのクラシカルな曲線である。
さらに、そのカーブはAピラーに向かって穏やかに連続している。外と中がここまで破綻のないデザインで連続しているクルマは珍しい。
視覚的な驚きはさらに続いた。ドアミラーに映る豊満なリアフェンダーの上端だ。それは筆者に1963年の「250LM」を想起させた。特に走行中、名作の幻影がミラーに映り続けるのはファンタスティックだ。他ブランドにはまねのできない楽しみである。
V8のサウンドは、少なくとも一般路上では決して誇張されず、常に品のいいバリトンを聴かせ続ける。
ボディー剛性は、かつてのイタリア製スポーツモデルの水準からすると、極めて高い。マネッティーノを「コンフォート」にするとさらに快適性は増す。旧市街の石畳でも、日ごろイタリア在住の筆者を悩ませている県道のつぎはぎだらけの舗装でも、不快度は最小限である。
8段となったDCTで、特筆すべきは第3速である。そのアクセラレーション性能は、ポルトフィーノと比較して15%も向上している。それはデータ上だけでなく、カバーできる実用域がいかに広いかを実感できるものだ。
市街地では、アクセルペダルを微妙にオン/オフするだけでスムーズにクルーズできる。資料によれば、そのペダルストロークは、ポルトフィーノよりも浅く設定されているという。
いっぽう踏み込み続けると、小気味いいエキゾーストを伴って痛快な加速を開始する。しかし、そのキャラクターの変化は、決して豹変(ひょうへん)というものではなく、操作に対して限りなくリニアに近い。
今回230km以上にわたる試乗コースの大半は、ワインの名産地を周囲に抱くワインディングロードだった。
マネッティーノを「スポーツ」に切り替える。ローマは常にコーナーを正確にトレースする。調子に乗ってハイスピードでカーブに飛び込んでも、スロットルペダルをわずかに緩めれば平静な姿勢を保ち続ける。
MGの古いキャッチフレーズを借用すれば、まさに「Safety Fast」である。
実際、試乗中にその620PSのパワーを御しきれないと思ったシチュエーションには、ついぞ遭遇しなかった。その陰では、進化したフェラーリ・ダイナミック・エンハンサー(FDE)ブレーキ電子制御システムも、筆者をサポートしてくれていたはずである。
フェラーリにとって電子デバイスは、その性能を最大かつ安全に発揮すべくドライバーを助けるためにある。新世代GTのあり方を考えるフェラーリの、原時点での到達点といえまいか。
屋台に乗りつけたい
正直なところ、これまでの人生でフェラーリを所有することは一度もできなかったし、夢にさえ見なかった筆者である。
だが、仮に1台フェラーリを選ぶとしたら、12気筒モデルではなく、この8気筒のローマにするであろう。節度を心得た控えめさが心地いいのだ。
後日ローマのマーケティング資料を読んでみたところ、想定顧客の70%として「従来フェラーリに乗ったことがないユーザー」を見ているという。スポーツカーに関心がなく、攻めるドライバーでもなく、スポーツカーをあまりに派手だと思っている人々……とも分析されている。
購入に相当する小切手帳は持ち合わせていない筆者だが、心理的にはフェラーリの思い描くカスタマーに、しっかり当てはまってしまったわけだ。
フェラーリが難しいコックピットドリルを要求するようなクルマをつくり、特定のファンだけを想定していたら、愛想が悪い一部の名曲喫茶のように、いつしか顧客は減ってゆくだろう。したがって、このマーケティングは極めて正しい。
試乗した日の晩は、近隣のアルバ旧市街へのツアーがオプションで組まれていた。
ツアーといっても希望者だけの限りなくプライベートなものだ。実際、参加者は筆者も含めて3人にすぎなかった。
「地下ツアー」と名付けられたこの企画で案内されたのは、市民が夕方のパッセッジャータ(散歩)を楽しむ広場から一歩入った、市警察の庁舎だった。
館内の階段を下ると、そこに広がっていたのは地下遺跡だった。古代ローマ人が築いた石の上に、中世の貴族たちが塔を建てた跡が今も残っている。
続いて訪れた聖ヨセフ教会も同じ。現在の聖堂の下にはそれ以前の地下聖堂のアーチが幾重にも連なり、さらにその下にはローマ式円形劇場の一部が眠っていた。
アルバに限らず、イタリアにはこうした地下遺跡があまたある。ここは「積み重ねてゆく文化」なのだ。
フェラーリ・ローマもまたしかり。一見ハイテク満載の異端のように見える。だが、その皮下にあるのは長年にわたって追求してきたドライビングプレジャーであり、前述したウインドスクリーンやドアミラー越しの眺めのような歴史的コンテクストだ。特に後者は、残念ながら日本メーカーがたとえ高性能なモデルをつくっても、到底獲得し得ないものだ。
このクルマの中には、都市の地下に眠るローマ遺跡のように、ブランドの歩みが隠されている。
メーカーの意図とは別に、冒頭の「ペルケ、ローマ?」に対する答えは、これでいいのだという個人的結論に至った。
蛇足ながら、どこかさめてとらえていた冒頭のオフィシャルビデオだが、ひとつだけ共感したシーンがある。登場する男女がラスト近くで立ち寄るジェラートのバンカレッラ(屋台)だ。縁日でもよく見かける、平凡なものである。迎えてくれる店主も、登場人物の中で一番本当にいそうな素朴なオヤジだ。
しかしジェラートに限らず、イタリアではこうしたバンカレッラが、名ばかりのリストランテを上回るようなうまさのものを販売していることがある。
この国では、格式にこだわらず、自分自身の確たるセンスを持つ人ほど粋に見られる。
ローマはデイリーユースを強く意識したフェラーリだ。屋台をふらっと訪れてもさまになるフェラリスタに乗ってもらいたいものだ。
【フェラーリ・ローマ国際試乗会】
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真と動画=フェラーリ、Akio Lorenzo OYA/編集=藤沢 勝)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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