フェラーリ・ローマ(FR/8AT)
あなたに着こなせるか 2020.11.18 試乗記 近年のフェラーリとは大きくイメージの異なる、エレガントで女性的なデザインをまとう新型4シーター「ローマ」。果たして、どんな走りが味わえるのか? 紅葉まっさかりの日本の道で、美しき跳ね馬にむちを入れた。極めて戦略的な一台
フェラーリの総帥であったエンツォにまつわるエピソードは枚挙にいとまがないが、そのひとつとして、氏いわく、フェラーリがクルマを売るのはレース活動のため……というものがある。
その姿勢は品物に明確に表れていて、1950~1970年代の彼らのプロダクトを見ると、「250GTO」のようにGTカーレースで勝ちにいくためにつくられた一部の車種を除き、数量的にはコンペ感皆無の悠長なツーリングカーが大勢を占めていた。それらに期待されたのは流麗なスタイリングや丁寧にしつらえられた内装で、そこにレーシング出自のどう猛な12気筒エンジンが組み合わされることのギャップにユーザーは個性を見いだし、熱狂したわけだ。
ローマからは、そんな時代のフェラーリが描いていたさまざまなコントラストを再びよみがえらせようという思いが伝わってくる。とはいえ、カスタマーにF1のお布施としてこれを買えという話ではない。むしろ、ブランドは知っていてもレースフィールドには縁遠いというカスタマーにアプローチしようというもくろみなのだろう。今までも12気筒のラインナップでは「GTC4ルッソ」やそれに類するモデルは継続的に販売されてきたが、もう少し日常寄りの肌なじみのよさを意識している。
フランソワーズ・サガンのフェラーリにまつわるエピソードを耳にしたことのある方もいるだろう。『悲しみよこんにちは』のヒットで時代のアイコン的な存在となっていたサガンが若くしてフェラーリに乗ろうと背伸びしたところ、その細腕でうちのクルマの運転は無理だとエンツォに止められたというものだ。享楽主義と競技第一主義の個性が垣間見えるエピソードだが、むしろローマではフェリーニの映画をモチーフにしながら、その享楽主義を再定義すると意気込んでもいる。
やれやれクルマ好きでレース好きのオッサンは出る幕なしかと嘆くことなかれ。われわれにはフェラーリの歴史にさんぜんと輝くV8ミドシップがあるではないか……と、言わしめるがためのラインナップの多層化。ローマにはそういう役割も持たされているのだろう。とはいえ、0-100km/h加速は3.4秒、最高速は320km/hとその速さは世間的には十二分にスーパーカーの領域だ。
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この美しさは事件だ!
ローマのスタイリングからは、過去のさまざまなFRフェラーリのエッセンスが透けて見える。フロントまわりの穏やかな丸さやリアのカムテール処理は「250GTルッソ」あたりとの連続性を感じるし、肉感的にキックアップしたリアフェンダーは個人的には最も美しいフェラーリだと思っている「250GT SWB」を思い出させる。カムテールと一体化した新たな表現のテールランプは「250GTカブリオレ」あたりからの着想だろうか、いや、でも全体的なイメージやパッケージは「275GTB」にも近いかなぁ……と、乗らずとも見ているだけでいろいろな思いが巡る。
ちなみにフェラーリのチェントロスティーレを取り仕切るフラヴィオ・マンゾーニは、「212インター」や「250ヨーロッパ」、250GTルッソ、「330GTC」などが当時のフェラーリのスタイルを定義し、その趣旨がローマのインスピレーションにつながったと話している。クルマのデザインにまつわる美観は人それぞれとはいえ、ともあれこの造形美はちょっとした事件だろう。空力要件の盛り込みもあってディテールに目を奪われがちだった近年のフェラーリの中では、久々に塊でガツンとインパクトを与えるクルマだと思う。
そのアピアランスを実現するために、ローマはそのポテンシャルからすれば必携となるエアロダイナミクスのデバイスはすべからく隠れるように配されている。アンダーフロアはフラット化され、前方から入った風はボルテックスジェネレーターに束ねられて流速を高め、リアに据えられた控えめなディフューザーへと抜ける仕組みだ。加えてリアウィンドウ端には電動アクチュエーターによって3段階に可動するアクティブスポイラーが据えられている。これは通常時はボディーと面一に格納されており、100km/h以上でチップアップし1%の空力抵抗損失で大きなダウンフォースを得るミディアムモードが作動、さらにサーキットスピードのように高速域で縦横加速度の大きな運転と判定されるとさらにダウンフォースを高める高仰角のハイモードが作動するという仕組みだ。モードの判定はすべて車両側に託されていて、ドライバーによる任意の作動はできない仕組みになっている。
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最もGT的な跳ね馬
ローマのメカニカルアーキテクチャーは「ポルトフィーノ」との共通項が多いが、デジタルアーキテクチャーは「SF90ストラダーレ」で披露された最新世代となっており、HMI(ヒューマンマシンインターフェイス)は格段に進んだものとなっている。
タッチ式を多用したコントロール系によりステアリングの操作コマンド量は格段に向上し、16インチのメータースクリーンに映し出される情報の種別や大小は手元で完全にコントロールできるようになった。オーディオと空調のコントロール系はセンターコンソールの8.4インチタッチスクリーンに独立して据えられるが、こちらは視線移動が大きいぶん、音量や温度の調整といった微妙なニュアンスの操作がやや難儀なことが気になった。この先、ボタンの大小関係にメリハリをつけるとか、ハプティックフィードバックを加えるなど、細かな改善の余地はあるかもしれない。
ローマが今までのフェラーリと大きく異なるのは、エンブレムが大書きされた花札のようなキーフォブだけではない。その筆頭はなんといっても快適性の高さだろう。とはいえ、今や「F8トリブート」にせよ「812スーパーファスト」にせよ、乗り心地に不満はない。が、ローマはそれらを上回る路面アタリの丸さと上屋の動きのフラット感を兼ね備えている。
さらに、乗り味の上質感につながっているのがきめ細かく整えられた音・振動環境だ。風切り音やロードノイズの侵入でどこかが際立つことはなく、大きな入力を受け止めた際のボディーのアコースティック特性にもとがったところがない。街乗りから高速巡航、ワインディングロードと常識的な速度と回転域で走る限り、パッセンジャーと会話を交わしたり音楽を楽しんだりという心の余裕ももたらされる。走ってのGT適性で言えば、フェラーリの中では最もリッチな移動環境を持つGTC4ルッソをも上回ったのではないかというのが正直なところだ。
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もうちょっとドラマがあっていい
クルマにせかされないゆとりが持てる大きな要因となっているのが、初手からモリモリとトルクを湧き立てるV8ユニットだろう。このエンジンと8段DCTとの組み合わせで、ローマの実効的な加速回転域は1000rpmあたりと異例の粘り強さをみせている。もちろんその域では音も静かで、そこが高い快適性につながっている側面もあるだろう。
この厚いトルクがグイグイと押し出す感覚に身を任せていると、ローマはあれよあれよと7500rpmのレッドゾーンに達してしまう。全力では3速からでも後輪をゆがめる激烈なパワーを持っていながら、その山谷は感じられない。フェラーリとしては相当紳士的なフィーリングでフラットにスピードをのせていく。
速さと使いやすさには何の文句もつけようがないが、余力たっぷりとお見受けする高回転域にもう少しドラマチックさが欲しいかなぁとも思う。一方で、コーナーのインへとグングン突き進んでいくハンドリングの鋭さはいかにもフェラーリといった趣だ。トランスアクスルならではのトラクションのかかりのよさも相まって、ワインディングロードはもとより、クローズドコースでもその瞬間移動的なハンドリングを存分に味わえるはずだ。
が、フェラーリ流のアンダーステートメント、控えめなラグジュアリーを標榜(ひょうぼう)しているローマにとって、あくまでそれは余剰的性能だろう。
近ごろはロールスも新型「ゴースト」のコンセプトにポスト・オピュランス=脱ぜいたくを掲げるなど、ハイエンド系の指向はシンプル方向に向かっている。ミドシップの汗臭さとも12気筒のボスキャラ感とも異なる、主張過多に偏らない自然体で羽織れるフェラーリ。個人的には到底無理筋の新たなハードルが掲げられた気分だが、着こなせれば最高にカッコいいであろうことはよくわかる。
(文=渡辺敏史/写真=田村 弥/編集=関 顕也/取材協力=河口湖ステラシアター)
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テスト車のデータ
フェラーリ・ローマ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4656×1974×1301mm
ホイールベース:2670mm
車重:1570kg(空車重量)/1472kg(乾燥重量)
駆動方式:FR
エンジン:3.9リッターV8 DOHC 32バルブ ターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:620PS(456kW)/5750-7500rpm
最大トルク:760N・m(77.5kgf・m)/3000-5750rpm
タイヤ:(前)245/35ZR20 95Y/(後)285/35ZR20 104Y(ミシュラン・パイロットスポーツ4 S)
燃費:11.2リッター/100km(約8.9km/リッター、WLTP複合モード)
価格:2682万円/テスト車=--円
オプション装備:20インチペインテッドホイール/カラードブレーキキャリパー(ブラック)/カーボンファイバーリアディフューザー/カーボンファイバーフロントスポイラー/カーボンファイバーアンダーカバー/アクティブマトリクスLEDヘッドライト/スポーツエキゾーストパイプ(マットアルミ)/マグネライド デュアルモードサスペンション/ヒーティングインシュレーティングウインドスクリーン/インテリアカラー(サンド)/カラードスペシャルステッチ/ロゴ付きカーペット(ブラック)/レザーヘッドライナー(ブラック)/フル電動シート/ヘッドレストの跳ね馬刺しゅう(レッド)/カーボンファイバードアハンドル/レザーコックピットバンド/レザーロワコックピットゾーン/パッセンジャーディスプレイ/ハイパワーHi-Fiシステム
テスト車の年式:2020年型
テスト開始時の走行距離:9664km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(--)/高速道路(--)/山岳路(--)
テスト距離:--km
使用燃料:--リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:--km/リッター

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
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