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第632回:F1撤退だけじゃない 縮小がウワサされるホンダの四輪事業に未来はあるか?

2020.10.22 エディターから一言 大谷 達也
ホンダの四輪製品を象徴する「H」のマーク。
ホンダの四輪製品を象徴する「H」のマーク。拡大

F1撤退の報とともに、にわかに注目を集めているホンダ四輪事業の苦境。技術開発や製品ラインナップの縮小がウワサされているが、収益性を回復させながらもホンダが手放すべきではない価値と財産とは? モータージャーナリストの大谷達也が語る。

2021年シーズン限りでの終了が発表されたホンダのF1活動。ホンダは「カーボンニュートラルの実現へ向け、リソースを振り分けるため」と説明していたが……。
2021年シーズン限りでの終了が発表されたホンダのF1活動。ホンダは「カーボンニュートラルの実現へ向け、リソースを振り分けるため」と説明していたが……。拡大
ホンダは2020年4月に、四輪事業の運営体制を刷新。本田技術研究所内には、二輪、四輪、パワープロダクツ、ホンダジェットのパワーユニットおよびエネルギー技術の研究開発機能を統合した「先進パワーユニット・エネルギー研究所」が新設された。(写真は栃木の本田技術研究所 四輪R&Dセンター)
ホンダは2020年4月に、四輪事業の運営体制を刷新。本田技術研究所内には、二輪、四輪、パワープロダクツ、ホンダジェットのパワーユニットおよびエネルギー技術の研究開発機能を統合した「先進パワーユニット・エネルギー研究所」が新設された。(写真は栃木の本田技術研究所 四輪R&Dセンター)拡大
ホンダが1963年に発売した「T360」。同社にとって初の四輪モデルであり、軽トラックでありながら精緻な4気筒DOHCエンジンを搭載していた。
ホンダが1963年に発売した「T360」。同社にとって初の四輪モデルであり、軽トラックでありながら精緻な4気筒DOHCエンジンを搭載していた。拡大
4気筒DOHCエンジンを搭載したスポーツカー「S500」。排気量の拡大に伴い、「S600」「S800」と名称が改められた。
4気筒DOHCエンジンを搭載したスポーツカー「S500」。排気量の拡大に伴い、「S600」「S800」と名称が改められた。拡大

お荷物と化しているホンダの四輪事業

ホンダの四輪事業が苦境に立たされている。

2020年度の第1四半期(4-6月)、ホンダは1136億円の赤字を計上した。新型コロナウイルスの影響で計画どおりにクルマが売れなかったのはやむを得ないことだが、同じ時期に二輪事業が112億円の黒字だったのに、四輪事業が1958億円もの営業損失を生み出したのだから、責任の所在は明らか。ファンにとっては涙が出るほど悲しいことに、四輪事業はいつの間にかホンダのお荷物となっていたのだ。

だから、F1参戦を2021年限りでやめるのも致し方のない判断だった。「2050年カーボンニュートラルの実現」を目指して「先進パワーユニット・エネルギー研究所」を設立したのも事実だろうが、そもそも本業で儲(もう)かっていないのだから、直接的な利益を一円も生み出さないF1に年間数百億円も投じるのはいかにも非合理的。経営陣がそう判断したとしても不思議ではない。

でも、これで本当にいいのか? そうやって経営の合理化を図っていく先に、ホンダの本当の繁栄はあるのだろうか?

ホンダはもともと“驚き”を生み出すのが得意な会社だった。まだ四輪車の生産が軌道に乗ってもいないのにF1参戦なんていう無謀な挑戦を始めたり、そもそも初の量産四輪車がDOHCエンジンをミドシップしたトラックだったりと、やることなすことハチャメチャばかり。でも、そのいっぽうで「S500/S600/S800」なんていう宝石のようなスポーツカーを生み出したり、世界中の自動車メーカーがそろって「不可能」と断言していた排ガス規制のマスキー法をCVCCエンジン搭載の初代「シビック」でクリアしてしまったりと、数々の魔法を生み出してきたことも事実。オシャレなデザインと優れた実用性で軽自動車の概念をすっかりと変えた「N360」、通称“Nコロ”は日本のモータリゼーションを語るうえで欠かすことのできない一台で、当時、多くの家庭に「クルマを持つ喜び」を提供したことでも知られている。

それもこれも、ホンダが「技術にこだわり抜いてきた」からこそ実現できたこと。なにしろ社名が本田技研工業株式会社なのだ。“技術研究”をその名に掲げている自動車メーカーなんて、世界中探してもおそらくホンダだけだろう。

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妥協なき技術開発こそホンダの伝統

だから、ホンダファンはいつもその独創的な技術を愛してきた。S500/S600/S800、N360、シビックなどは、すべてその好例。いやいや、「アコード」だって「プレリュード」だって「NSX」だって、ライバルメーカーを圧倒する優れた技術が息づいていればこそ、あれほどの成功を収めることができたのだ。

ホンダもそのことがわかっていたから、技術開発には惜しみなく予算を投じてきた。初代NSXでは総アルミモノコックボディーをゼロから開発しただけでなく、それ専用の工場まで建設してしまった。「S2000」だって専用プラットフォームに専用ギアボックスと、かなりぜいたくな成り立ちを持っていた。

スポーツカーばかりではない。「N-BOX」は2代目がデビューする際にプラットフォームを刷新。軽自動車のプラットフォームを一代限りで「使い捨て」にするなんて、聞いたことがない。

でも、そうやって技術に惜しみなく投資する姿勢が、現在の苦境をもたらしたといえなくもない。ましてや、現代は電動化や環境対応、自動運転、コネクティビティー、安全性の向上といった技術的課題に、これまでとはケタ違いの予算を投じなければいけない必要に迫られている。つまり技術は金食い虫。しかも、ホンダの独自性を維持するなら、「やって当然」の技術開発に加えて「ホンダならでは」の技術開発にも取り組まなければいけない。研究予算はいくらあっても足りなかったことだろう。

いっぽう、ホンダが一年間に生産する四輪車はおよそ485万台。これは年間1000万台を超すトヨタ、フォルクスワーゲングループ、ルノー・日産・三菱連合などの半分にも満たない数字だ。しかも独自性を尊ぶホンダは、FCVなどでGMと提携しているのを例外として、アライアンスというものを好まない。販売台数は決して多くないのに研究開発予算ばかりかかるのだから、収益性が脆弱(ぜいじゃく)なのはやむを得なかったといえる。

そんなわけで、ホンダは経営の合理化に取り組んでいる。ウワサによれば、その名を聞けばあっと驚くようなモデルのいくつかが今後、販売終了になるもよう。実は「ホンダe」を皮切りとして複数の電気自動車(EV)を開発する計画も検討されていたが、こちらも立ち消えになったらしい。単なるコンパクトカーでもEVでもなく、「人が過ごす時間を豊かにする」ことを主眼に置いたホンダeは、自動車の価値観を根底から覆す可能性を秘めていると期待していた私は、この話を聞いて心底、落胆した。「ホンダは大チャンスを取り逃した」。そう考えたからだ。

1973年に「シビック」に追加されたCVCCエンジン搭載車。米マスキー法の厳しい排出ガス基準をクリアし、世界中を驚かせた。
1973年に「シビック」に追加されたCVCCエンジン搭載車。米マスキー法の厳しい排出ガス基準をクリアし、世界中を驚かせた。拡大
1990年に登場したミドシップスポーツカー「NSX」。量産モデルとして初めてアルミモノコックボディーが採用された。
1990年に登場したミドシップスポーツカー「NSX」。量産モデルとして初めてアルミモノコックボディーが採用された。拡大
軽トールワゴンの大ヒットモデルとなった「N-BOX」(左が初代、右が2代目)。2代目のデビュー時に、プラットフォームを刷新している。
軽トールワゴンの大ヒットモデルとなった「N-BOX」(左が初代、右が2代目)。2代目のデビュー時に、プラットフォームを刷新している。拡大
いよいよ日本でも販売が開始された「ホンダe」。ユニークなデザインや、都市型EVコミューターというコンセプト、先進の“つながる技術”などで注目を集めている。
いよいよ日本でも販売が開始された「ホンダe」。ユニークなデザインや、都市型EVコミューターというコンセプト、先進の“つながる技術”などで注目を集めている。拡大
2017年の東京モーターショーに出展された「ホンダ・スポーツEVコンセプト」。「ホンダe」の原型である「アーバンEVコンセプト」とともにステージを飾ったモデルで、現場では「意外と量産化されるのでは……」とウワサされていた。
2017年の東京モーターショーに出展された「ホンダ・スポーツEVコンセプト」。「ホンダe」の原型である「アーバンEVコンセプト」とともにステージを飾ったモデルで、現場では「意外と量産化されるのでは……」とウワサされていた。拡大

企業価値を高めるためにも

なにが浪費でなにが本当のビジネスチャンスへの投資か、判断するのは難しい。だからこそ、自動車メーカーにはエンジニア出身の社長が多いのだろう。財務畑ではなく技術畑を歩んできた一介の社員が、これほど大規模な企業の代表に就任する例は自動車メーカーを除けばほとんどない。裏を返せば、自動車メーカーの社長はそれほど専門性の高い職務なのである。

だから、近視眼的な「儲かった、儲からなかった」だけで経営方針を決めるようでは成功はおぼつかない。コストカッターの名で知られたカルロス・ゴーン氏が、日産の経営健全化には貢献できても自動車メーカーとしての企業価値向上にあまり貢献できなかったのは、ここに理由があったはずだ。

ましてやホンダは技術が売り物の会社。別の見方をすれば、技術に投資することで企業の価値を高めてきた自動車メーカーだ。そこに手をつけずに利益を増やすのは簡単ではないが、時には無謀とも思える挑戦にも果敢に立ち向かう姿勢がなければ、ホンダはホンダでなくなってしまう。

私は、ホンダの「収益性を向上」させる経営方針が、ややもすればモデルラインナップの縮小や新規技術開発の凍結といった「単純な縮小路線」になりかねないことを深く懸念している。プラットフォームやパワープラントの統廃合による開発の合理化は避けて通れないかもしれない。収益性が低いスポーツモデルの数が減ってしまうのは残念だけれど、背に腹は代えられない。けれども、これぞという領域には大胆に投資していただきたい。そうでなければ、早晩ホンダは「その他、自動車メーカーのひとつ」に成り下がるだろう。

ホンダの経営陣には、ぜひとも絶妙なセンスを発揮してほしい。そうやって、本当の意味でホンダらしい成功を手に入れない限り、ホンダF1を心から応援してきた私たちの思いは報われない。

(文=大谷達也<Little Wing>/写真=本田技研工業、webCG/編集=堀田剛資)

自動車メーカーにおいてはエンジニア出身の社長が珍しくない。ホンダの八郷隆弘社長も、車体設計を中心に技術畑を歩んできた人物だ。
自動車メーカーにおいてはエンジニア出身の社長が珍しくない。ホンダの八郷隆弘社長も、車体設計を中心に技術畑を歩んできた人物だ。拡大
大谷 達也

大谷 達也

自動車ライター。大学卒業後、電機メーカーの研究所にエンジニアとして勤務。1990年に自動車雑誌『CAR GRAPHIC』の編集部員へと転身。同誌副編集長に就任した後、2010年に退職し、フリーランスの自動車ライターとなる。現在はラグジュアリーカーを中心に軽自動車まで幅広く取材。先端技術やモータースポーツ関連の原稿執筆も数多く手がける。2022-2023 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考員、日本自動車ジャーナリスト協会会員、日本モータースポーツ記者会会員。

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