第681回:【Movie】奥さまは(2度目の)18歳!? 半世紀前の「フィアット500」がもたらす若返り効果
2020.11.12 マッキナ あらモーダ!趣味ではないのに突然購入!
知人のルチアが「フィアット500」を買ったと教えてくれた。
筆者は、とっさに現行の500か、それとも本連載の第678回に登場した170型「チンクエチェント」か? と確認した。だが、そのいずれでもなく2代目500の1968年式、イタリア語で「ミッレノヴェチェントセッサントット」だという。厳密には改良型の「500F」である。
ルチアは筆者が24年前、イタリアに初めて住んだときの家主である。本人が特別な自動車好きではないことは当時から十分に知っていた。その証拠に、筆者が知り合った時代からの車歴は「フィアット126」→2代目「日産マイクラ(日本名:マーチ)」→GM大宇製「シボレー・マティス」となる。
500を購入した理由を聞くと、「車庫に入るから」と即座に答えが返ってきた。
「車庫」とは、自宅から走行距離にして2km離れた旧市街のガレージである。観光ガイドという職業ゆえ、毎日の通勤用に長年所有している物件だ。
もともと17世紀に女子修道院の一部として建造された、その車庫の間口は1.9m。前述したようなクルマの全幅なら、楽勝で入るではないか? というと、そうはいかなかった。
面している道が急坂なうえ、車庫内部が道と直角ではない。さらに、路上にスクーターが駐車されていることが頻繁にある。そうした諸事情が重なり、実質的な間口はもっと狭いのである。事実、以前に乗っていたどのクルマの側面にも、壁と接触してできたと思われるいくつものキズがあったものだ。
本人いわく、ワケあって車庫内に壁を作ることになり、さらに狭くなってしまったという。悪いことはさらに重なるもので、当時乗っていたシボレー・マティスが突然逝ってしまった。
そこで、夫で医師のアルベルトとリサーチを重ねた結果、先代500が最も楽であることが判明したという。
インターネットで検索を開始。ただし、イタリア古典車協会(ASI)の認定歴史車両であることを条件にした。この制度は登録後30年以上が経過し、なおかつオリジナル状態を維持しているクルマを保護するもので、自動車税と保険料が優遇される。さらにイタリア・シエナの場合、認定車両はいつでも旧市街を走行できるという制度もあるからだった。
ようやく探し当てたのは、15km離れた町にあるクルマだった。もともと売り主の母親が長年乗っていたものだった。オドメーターは走行11万3000kmを指していたが、52年前のクルマゆえ「何回転しているかは、もはや不明」とルチアは笑う。
支払ったのは3400ユーロ(約42万円)で、売り主が自ら届けてくれた。ということで、オーナーとなったルチアに、自宅を出発して旧市街のガレージまで行き、そこで車庫入れパフォーマンスをしてもらったのが今回の動画である。
旧市街では、リストランテやカフェの屋外席で食事を楽しむ人々からの「カリーナ(かわいい)!」「ピッコリーナ(小さい)!」という声が、開け放たれたルーフから次々飛び込んでくる。かと思えば撮影中はルチアに話しかける人々が続出した。「知り合いか?」と聞けば「全然知らない人」だという。
同じ古いクルマでも、高級モデルでは決して得られない、通りを行く人々とのシンクロ感が500にはある。
ルチアはステアリングを操りながら「手に入れてみたら、18歳に戻った気がしたわ」と笑う。聞けば、1958年生まれの本人が最初に運転したのは、姉が乗っていた水色の500だったという。「ダブルクラッチが必要なのも、思い出のうちよ!」
夫でローマ生まれのアルベルトも「500は自由の象徴。あのころは、時に7~8人が乗車して街中走り回ったものさ」と回想する。
趣味ではなく実用本位で500を手に入れたルチアだが、思わぬ若返り効果もあったというわけだ。小さなタイムマシンだ。
青春時代を過ごしたクルマが今でも手に入り、かつ毎日楽しめるイタリア人を、なんともうらやましく思った筆者であった。
【ルチアのフィアット500】
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/動画=大矢麻里<Mari OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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