フィアット500 1.2カルト(FF/5AT)
熱狂と崇拝のカルトカー 2024.07.29 試乗記 日本では2008年から親しまれてきた3代目「フィアット500」の販売が終了。タイムレスなデザインは今でも健在であり、周りのクルマよりも遅いのはデビュー当初からのこと。つまり古くさいところは何ひとつないのだ。最後に思い出づくりのドライブに出かけた。日本仕様の生産が終了
この記事は急いで読むことをオススメしたい。ステランティス ジャパンは5月にフィアットの500と「500C」の国内販売終了を発表した。すでに日本向け仕様車の生産が終わっており、ディーラーの在庫がなくなれば手に入れることができなくなる。どうしても欲しいなら、読まずに今すぐ問い合わせの電話を入れたほうがいい。
そういう事情だから、試乗車を選ぶこともかなわなかった。2気筒エンジンを搭載する「ツインエア」は用意がないという。手配できたのは「1.2カルト」。1.2リッター直4エンジンだが875ccターボのツインエアより最高出力と最大トルクが下回り、最廉価のエントリーグレードという位置づけだ。ポップでカジュアルなクルマという500のキャラクターにはふさわしいともいえる。
ちょっと引っかかるのは“カルト”というグレード名だ。社会問題を引き起こしている悪い宗教団体を思い起こしてしまう。もちろん、500はゆがんだ教義や信仰とは関係がない。cultという言葉は狂信的集団を指すが、もともとは熱狂や崇拝といった意味を持っている。アレハンドロ・ホドロフスキーの『エル・トポ』やデヴィッド・クローネンバーグの『ヴィデオドローム』をカルトムービーと呼ぶような使い方だ。
そう考えると、500は確かにカルト的人気のクルマだった。初代500がデビューしたのは1936年。「トポリーノ」の愛称で呼ばれ、イタリアの国民車的存在になる。1957年にダンテ・ジアコーザの手になる2代目の“ヌオーヴァ500”が登場。駆動方式を初代のFRからRRに変更し、室内空間を大幅に拡大した。1975年まで、18年の長きにわたって親しまれるロングセラーとなった。
ファニーなポップセンス
2代目500はイタリアのみならず、世界中で人気になる。小さくて愛らしいフォルムはイタリアンデザインの象徴となった。『ルパン三世』の中で描かれたことで、日本では認知度が爆上がり。クルマに詳しくない層からは、単にオシャレなクルマと認識されるようになる。バブル期には200万円以上の値札が付けられた500が中古車ショップに並んだ。そのころ、免許取り立ての女性から相談され、「いいクルマだよねー」と適当に答えたら彼女が本当に買ってしまって驚いたことがある。すぐに電信柱にぶつけて1週間後には売却するハメに……。申し訳ないことをしたと反省している。
長いインターバルの後、2007年に新世代の500が出現する。「フォルクスワーゲン・ニュービートル」やBMWの「MINI」と同様に、レトロ感のあるデザインと最新テクノロジーを融合させる手法で復活させた。モチーフとしたのは2代目500で、丸っこいフォルムは21世紀でも通用するファッション感覚をまとっている。またも駆動方式が変わり、今度はFFを採用。日本では累計13万台を売り上げたというから、なかなかの人気モデルだったといえる。
発売当時はずいぶん大きくなってしまったなと感じたが、久しぶりに対面してみると今の基準ではかなりコンパクトだ。全幅1625mmは5ナンバー枠ギリギリのコンパクトカーに比べると明らかに細身である。全長は3570mmで、軽自動車よりほんの少し長いだけだ。まるで日本の道路事情に合わせたかのようなサイズ感である。
運転席に座ると、目の前に外板色と同色で塗られたダッシュボードが広がる。レトロ演出の定番ではあるが、オーナー心をくすぐるだろう。ステアリングホイールやセンターのスイッチパネルなどはアイボリーで、カジュアルなファニー感があふれている。メーターやドアノブなど、すべてにポップセンスがまぶされていて楽しい。
運転にはコツがいる
発進は穏やかで、荒々しさとは無縁だ。スムーズに加速していくが、不意にパワーが失われる感覚が訪れた。久しぶりなのでうっかりしていた。このクルマのATはシングルクラッチの「デュアロジック」で、運転には少々コツがいるのだった。オートモードにしておくと、シフトアップの際に一瞬の間が生じる。それでつんのめるような感じになってギクシャクするのだ。
パドルが装備されていて手動変速もできるのだが、さほど効果はない。むしろアクセル操作で遅れをコントロールするほうがうまくいく。シフトアップする直前にアクセルを抜き、急がずに踏み増していくのが滑らかな運転のためのテクニックだ。勘どころが分かってくると、ゲーム感覚で運転するのが楽しくなってくる。
パワー自慢ではないから目の覚めるような鋭い加速は期待するべくもない。特に「エコ」モードになっていると出力が抑えられてシフトアップが早くなり、相当にのどかでまったりした運転感覚になる。環境意識が高く心に余裕がある人なら気にしないのだろうけれど、凡人にはもどかしく感じられ、ボタンを押してエコモードを解除してしまった。
街なかでは軽快さが生きるし、高速道路でもスピードに乗ってしまえば快調に走る。ホイールベースが短いのでピッチングは少なからず生じるが、目地段差が続く道でも不快なほどではなかった。苦手なのは山道の上り坂である。2速ではすぐにレッドゾーンに達してしまい、3速にシフトアップすると急激に回転数が落ちる。全開走行しようなどと考えるのが間違いなのだろう。
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アバタも魅力
アラを探せば、クセのあるパワーユニット以外にもいろいろ出てくる。カーナビの設定がないので「iPhone」をつないでマップをセンターディスプレイに表示させたのだが、横型の7インチでは小さくて見づらい。コンパクトボディーとはいえ、今どきバックモニターがないのはいささか不便だ。収納に行き届いた配慮があるとは言い難い。それでもあふれ出る魅力がある。フィアット500は、実用性やマシンとしての性能だけで選ぶクルマとは一線を画す。比較する対象などない唯一無二性が価値なのだ。だから熱狂と崇拝を呼ぶカルトカーであり続けている。
2020年に4代目フィアット500が発表され、日本でも「500e」の名で販売されている。ボディーは少し大きくなったがかわいらしい見た目は受け継がれ、インテリアはいくぶん大人っぽくなった。大きく変わったのはパワートレインである。純粋な電気自動車(BEV)で、エンジン搭載車はラインナップされていない。航続距離は控えめなのだが、運転感覚はヤンチャなほど活発で楽しいクルマだ。
ステランティスグループの電動化戦略からは、フィアット500がBEVになるのは必然なのだろう。性能的には向上したところもあり、未来志向なのは悪くない話である。でも、3代目500はアバタすらも魅力のひとつなのだ。不便や困難を克服する喜びがある。デュアロジックの達人になって500ライフを満喫したいのなら、やはり今すぐディーラーに連絡するしかない!
……と思ったら、webCGに「4代目500にもエンジンが搭載される可能性があるかも」という記事(参照)を見つけた。本当のところはどうなんでしょう?
(文=鈴木真人/写真=郡大二郎/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
フィアット500 1.2カルト
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=3570×1625×1515mm
ホイールベース:2300mm
車重:990kg
駆動方式:FF
エンジン:1.2リッター直4 SOHC 8バルブ
トランスミッション:5段AT
最高出力:69PS(51kW)/5500rpm
最大トルク:102N・m(10.4kgf・m)/3000rpm
タイヤ:(前)175/65R14 86T/(後)175/65R14 86T(グッドイヤー・エフィシエントグリップ パフォーマンス)
燃費:18.0km/リッター(WLTCモード)
価格:259万円/テスト車=271万6500円
オプション装備:スペシャルソリッドカラー<パソドブレレッド>(5万5000円)/ETC2.0車載器(3万3000円)/フロアマット<プリントロゴ>(3万8500円)
テスト車の年式:2024年型
テスト開始時の走行距離:8032km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(3)/高速道路(6)/山岳路(1)
テスト距離:334.1km
使用燃料:25.9リッター(ハイオクガソリン)
テスト距離:12.9km/リッター(満タン法)/13.0km/リッター(車載燃費計計測値)

鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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