第685回:毎年がスペシャル? 2021年にひっそりとアニバーサリーを迎える地味なクルマ
2020.12.10 マッキナ あらモーダ!毎年何かを祝っている
間もなく2021年。アニバーサリーとしては、2月にジェームズ・ディーンが生誕90年を、7月にダイアナ元皇太子妃が生誕60年を迎える。最も盛り上がりそうなのは、5月のナポレオンの没後200年であろう。いっぽうで、20世紀を代表する作曲家のひとりであるストラヴィンスキーが、没後わずか50年であることに驚く。調べてみれば88歳まで生きていた。
というわけで、今回はアニバーサリーの話を。
「レジストロ・アウトビアンキ」とは、往年のイタリア車ブランド、アウトビアンキの保存会である。第651回で紹介したマルコ・レルダ氏が会長を務めている。
この組織が素晴らしいのは、「毎年何らかのアニバーサリーを祝っていること」だ。
竹内まりやの『毎日がスペシャル』ならぬ「毎年がスペシャル」である。もっと古い歌謡曲を引用するなら、「1月は正月で酒が飲めるぞ」から始まり、「12月はドサクサで酒が飲めるぞ」に至る、『日本全国酒飲み音頭』に似たユーフォリア(幸福感)を感じる。
アウトビアンキ製乗用車は1957年から1995年までの38年間製造されたが、車種はといえば「ビアンキーナ」「ステッリーナ」「プリムラ」「ジャルディニエラ」「A111」「A112」「Y10」の7つと、わずかな数のコンセプトカーがつくられただけにとどまる。
愛好会は発足から33年。単純に考えれば、ネタ切れする年が発生するはずだ。ではどうやって毎年祝っているのか? 答えは、ボディー形状やバージョンの細かな違いを丁寧に取り上げているのである。
例えば、2010年は前述したビアンキーナのオープントップ仕様「カブリオレ」とワゴン仕様「パノラミカ」の誕生60周年であった。
今回の執筆を機会に、どうやって覚えているのかをレルダ会長に聞くと、「メンバーの誰もが覚えているよ」と誇らしげに教えてくれた。そしてこう付け加えた。
「全員が、生産開始年と終了年を記憶している。だから、今年は何を祝えばいいかを完全に把握しているんだ」
フランスの「シトロエンDS」愛好家の大半が、その発表日を「1955年10月6日木曜日の8時30分」と、そらでいえることにも感心するが、それ以上の記憶力である。
忘れられるのを少しでも防止するため、女房に本人の誕生日と結婚記念日を一緒にされてしまった筆者とは明らかに違う。
それはともかく、かつてアウトビアンキ車のメーカーであったフィアット(現FCA)さえ言及しない記念日を地道に祝い続けているレジストロ・アウトビアンキの情熱には恐れいる。
逆にいえば、2010年12月に発売され、2020年に10周年を迎えた「日産リーフ」のように、メーカー自らが盛り上げないと忘れられてしまうモデルからすると、アウトビアンキはなんと幸せなブランドなことよ。
スーパーカーの当たり年?
ここからは、2021年にアニバーサリーを迎えるブランドや車種について語りたい。
なお列挙するのは、いずれも筆者が記憶していたり、関心を抱いたりした車種が中心である。
企業は前身(母体)から数えるか、生産開始から計算するかなどで違いが生じる。車種の場合も、発表年とモデルイヤー、生産型以前のコンセプトカー発表年で、年数の計算が異なる場合もある。したがって、ここで挙げるものをブランド自体が祝うかどうかは不明だ。
それ以前に、筆者自身が大して関心がないので無視したり、うっかりピックアップし忘れたりする車種もあることもお許しいただきたい。
ブランドでは、シボレーが設立110年を迎える。シボレーは、ゼネラルモーターズ(GM)を創立しながらも、後年他の経営陣によって会社を追われたウィリアム・デュラントが1911年にレーシングドライバーだったスイス人、ルイ・シボレーと設立したのが始まりである。後年、デュラントがシボレー車の大成功で得た資金でGM株を買い戻すという、劇的なストーリーも展開された。
いっぽう、旧大陸ではポルシェだ。フェルディナント・ポルシェがアントン・ピエヒらとシュトゥットガルトに設計事務所を開設した1931年から数えて90周年を迎える。
代表的な車種に目を向けてみよう。古代ローマ時代からの、クオーター(4分の1)を単位のひとつとする習慣も考えて、25周年も加えている。
- 50年(1971年):アルピーヌA310、スバル・レオーネ
- 30年(1991年):ブガッティEB110
- 25年(1996年):ポルシェ・ボクスター、メルセデス・ベンツSLKクラス、フェラーリ550マラネロ、ロータス・エリーゼ
- 20年(2001年):ランボルギーニ・ムルシエラゴ
- 10年(2011年):ランボルギーニ・アヴェンタドール、ランドローバー・レンジローバー イヴォーク、フェラーリFF
かくも2021年は、特にハイパフォーマンスカーにとって、アニバーサリーの“当たり年”となる。
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欧州で人気の続くあの日本車も
ただし個人的には、そうしたブランドがプレスリリースを配布して盛り上げそうな車種には、あまり関心がない。それよりも、忘れられてしまいそうなモデルのアニバーサリーのほうを大切にしたい。前述の『毎日がスペシャル』にも「たとえ優等生じゃなくても、人気者じゃなくても♪」という歌詞があるではないか。
先に紹介したクルマを今ふうに「陽キャ」というのであれば、筆者が重視したいのは「陰キャ」という位置づけになるもしれない。日陰の存在ではあるが、それぞれに渾身(こんしん)の思いでデザインや技術開発にあたった人がいることを思えば、やはりこの機会に記すべきだろう。
まずビッグなものからいえば、1971年11月のトリノショーで発表された「アルファ・ロメオ・アルファスッド」である(発売は1972年)。
当時のジュゼッペ・ルラーギ社長のもと、フェルディナント・ポルシェの薫陶を受けた技術者ルドルフ・フルシュカが開発にあたった。ボディーのデザインを担当したジョルジェット・ジウジアーロと彼の右腕であったエンジニア、アルド・マントヴァーニにとっては出世作のひとつとなった。
のちに防さび処理の未熟さから大いに評判を落としてしまったのは、よく知られるところだ。だが、アルファ・ロメオ初のフラット4エンジン+前輪駆動を採用したことと、南部工場で本格的な量産を開始したことで、同ブランドの歴史を語るときには、欠かせぬモデルとなった。
残念なのは、今日プレミアム路線を強化しているアルファ・ロメオに実質的な後継車がないことから、この偉大なモデルのアニバーサリーを祝う意義が希薄になってしまっていることだ。
日本車では「日産フィガロ」が30年を迎える。本国・日本の硬派な自動車ファンの間では、フィガロをいわばイロモノ扱いする空気があふれている。しかし欧州の一部の国では意外に人気が高い。筆者自身は過去数年でパリとロンドン、そしてジュネーブで目撃したことがある。
現在の価格は7000ユーロ(約88万円)台からが目安で、これは「ローバー・ミニ」とほぼ同じだ。
最近ではフランスの『ヤングタイマー』誌2020年1月号が巻頭6ページを割いて取り上げたうえ、仏英米にある7つのクラブとフォーラム、そしてショップを紹介している。残されたクルマの絶対数が少ないだけにファンの連帯感が強いと思われることから、「30年祝い」が盛り上がる可能性がある。
イタリアを地道に支えてきたあのクルマも
2001年デビューで20周年を迎えるクルマのなかにも、個人的には忘れたくないものがある。
ひとつは「ランチア・テージス」だ。マイケル・ロビンソンによるエクステリアデザインは、ランチアのベルエポックであった1950年代のエッセンスを巧みに再解釈していた。
フランスではルノーの「アヴァンタイム」「ヴェルサティス」が同年に誕生している。パトリック・ルケマンのディレクションによるそのフォルムは、高級車デザインのあり方に一石を投じる前衛的なものであった。
だが、フランス市場では成功したとはいえなかった。あるフランス人のエンスージアストは、今回こう分析してくれた。「アヴァンタイムは、コンセプトカーから量産までに時間がかかりすぎた。次にプラットフォームが古い『エスパス』からの流用で、当時の最新型に投入された技術の恩恵を受けていなかった。ドアの開き角度が不十分。加えて、マトラの製造品質にも限界があった」
ヴェルサティスに関しては「品質は大変よかったが、賛否が分かれるデザインだった」と回想する。筆者が付け加えれば、2004年からフランス国内で複数報告されたクルーズコントロールの誤作動とされる事例も、少なからず販売に影響したものと思われる。
最終的にテージス、アヴァンタイム、ヴェルサティスとも市場ではドイツ系プレミアムブランドに打ち勝つことはできなかった。それ以上に惜しいのは、以降は伊仏とも強い意志をもって独自の解釈をした高級車を企画する意欲が喪失してしまったことである。筆者は、それを「失われた20年」と呼んでいる。
現行のDSオートモビル各車も、ディテールやインテリア、またその配色にまで目を向ければ、ドイツ系ブランドにはマネできないセンスが随所に発見できる。しかし、バッジを隠して写真を一般人に見せれば、それがフランスブランドのクルマであることを言い当てられるパーセンテージは、かなり低いに違いない。
日本で4代目「トヨタ・クラウン」がその前衛的スタイルをもって失敗したおかけで、以後長きにわたって保守反動ともいえるデザインになってしまったのと近似する。
おっと、日本ではなじみが薄いが、もうひとつ忘れてはいけないモデルがある。フィアットプロフェッショナルの商用車「ドゥカート」も40周年を迎える。
筆者がシエナ市内で引っ越しをするたび、運送業者が乗ってきたのはドゥカートであった。
それはともかく、イタリア製キャンピングカーの8割は、ドゥカートのシャシーを使ったものである。昨今もっと大切なことをいえば、イタリアで救急車の大半はドゥカートをベースにしたものだ。
製造しているのは、旧フィアットおよびプジョー・シトロエン時代の1978年から続く伊仏合弁企業のセヴェルである。
2021年はFCAとグループPSAの経営統合という自動車業界の勢力図を塗り替える大イベントが待っている。セヴェルを通じて良好な関係を構築できていたことも、両社が接近する小さからぬきっかけになったことは間違いない。
新たな年こそ
冒頭のアウトビアンキ保存会に話を戻そう。
彼らにとって、2020年は悲しい年となった。新型コロナで活動が大幅に縮小されたためだ。
彼らが出展する2大国内イベントのひとつである北部パドヴァのヒストリックカーショー「アウトモト・デポカ」には、今回初めて欠場を決めた。
レルダ会長によると、前身のクラブ時代から数えると、なんと30年連続で参加していたというから断腸の思いだったに違いない。
最後に「ところで来年は?」と聞くと、「『A112アバルト』の50周年だ」と即座に教えてくれた。モデルの知名度・人気度からして、彼らにとって大切なイベントになるはずだ。
アウトビアンキ保存会をはじめ、すべてのファンクラブにとって、2021年こそいい年になるように。そう願わざるを得ない。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)
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大矢 アキオ
コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナ在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、22年間にわたってリポーターを務めている。『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。最新刊は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。