第689回:これぞイタリア流EVだ! 大矢アキオが新型「フィアット500」とご対面
2021.01.14 マッキナ あらモーダ!独特のEV需要に期待
気がつけばイタリアでも、季節のあいさつはグリーティングカードに代わり、SNSでのメッセージ交換が主流になった。
個人的に困るのは、家族の写真を送ってくる人である。会ったことがない子どもの写真を見せられても、「築地の初競りでまぐろを最高値で競り落としたすし店店主」の写真を見せられているようなもので、筆者としてはコメントのしようがないのである。文章で食っている以上、月並みな感想を返すのがはばかられることも背景にある。
いっぽう、2021年の年明けに届いたSNSのメッセージには、思わず声を上げた。
送り主は、筆者が住むシエナのFCA系販売店で働く熟練セールスパーソンのフランチェスコ氏である。メッセージ自体は「アウグーリ(おめでとう)」のみであったが、3点の写真が添付されていた。電気自動車(EV)である新型「フィアット500(500エレットリカ)」がショールームに展示されているのを写したスナップだった。
新型500については、その車型のいちバリエーションである「3+1」について第679回に記したので、併せてご覧いただきたい。
イタリアの新型コロナウイルスによる移動制限が緩和された2021年1月7日、早速筆者はフランチェスコ氏が働く販売店を訪ねてみた。
もはや作法となった肘同士のタッチもそこそこに、例の新型500を探すと、展示されていたのは「カブリオ」であった。
どのようなタイプのお客さんから問い合わせがあったかをフランチェスコ氏に聞く。
筆者自身は、かつてイタリアにおける「日産リーフ」の個人オーナーを取材したときの経験から、新型500の顧客も環境意識が高い人や、新しいガジェットに好奇心を抱く人かと想像した。例えばイタリアで出会った日産リーフオーナーは、かなりの確率で「トヨタ・プリウス」も所有していた。
しかしフランチェスコ氏によると、問い合わせをしてきた人は以下の2タイプだという。
「ひとつは“3台目”のお客さんだ」。家庭における1・2台目に続くサードカーとして検討しているユーザーだと話す。
イタリアは、人口100人あたりの自動車保有台数が62.4台で、ドイツ、スペインを抜いてヨーロッパ第一の自動車普及国である(出典:オートプロモテックによる2017年の発表)。
シエナの一帯でも、クルマを複数台所有している家庭が少なくない。それでも歴史的旧市街の自動車進入禁止ゾーンに入れるクルマは、域内住民などに限られている。そのため郊外から旧市街へは、バスなどの公共交通機関でアクセスする人がほとんどであった。
ところが、イタリアでは2020年から新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、政令でバスの乗車定員に制限が設けられるようになった。同時に、人々も公共交通機関を避けるようになってきた。
「ここシエナも含めた多くの都市では、フルEVなら自動車の進入禁止ゾーンにも進入可能」ゆえに、EVに関心を持つお客さんが増えていると話す。
フランチェスコ氏は「もうひとつは法人用途だ」と続ける。
個人用のクルマと同様に旧市街の進入禁止ゾーンでも営業活動できるうえ、「昨今は環境に配慮した企業として、イメージアップに寄与するからね」とフランチェスコ氏は解説する。
交流・直流ともに対応しているため、イタリアの電力会社「エネルX」が都市部で展開する各種充電スポットも問題なく使える。
ただし、フランチェスコ氏によれば、都市部の集合住宅居住者よりも、やはり郊外の自宅に住み、自前で充電設備を設置できる人が初期の顧客になりそうだと予想する。
参考までに、新型500専用の7.4kW壁掛け型家庭用チャージャーは15%から80%までの充電を4時間弱でこなす。
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あえてイタリア製
展示車を見せてもらう。そのカブリオは、4バージョンある中で最上級の「ラ・プリマ」という仕様だった。
「ミネラルグレー」と名づけられた塗色は一見冷たく感じるが、実は家庭用エスプレッソ沸かし器「モカ」のような温かみを醸し出している。キャンバスルーフには、新型500導入を機会に採用された新ブランドロゴが反復されており、洒脱(しゃだつ)の一言に尽きる。
バッテリー容量は42kWhの1タイプだ。
全長×全幅×全高は3610×1690×1480mmである。継続販売されているマイルドハイブリッド仕様の従来型が同じく3570×1630×1490mmなので、長く広く、そして低いことになる。ショールームのどんなクルマも大きく見える視覚的トリックを差し引いても、「立派になったな」という印象を抱く。
安全装備に関して言えば、アダプティブクルーズコントロール、衝突被害軽減ブレーキ、車線維持支援をはじめとするレベル2相当の先進運転支援システム(ADAS)を標準装備している。1957年デビューのプリミティブな「ヌオーヴァ500」で路上デビューを果たしたイタリア人にとっては、この進化をにわかには信じがたいだろう。
ところで、フィアットブランドのチーフマーケティングオフィサーであるオリビエ・フランソワ氏は、2020年10月に新型500のプラットフォームについて、「他タイプの動力にも転用可能だが、当面はEV用に注力する」と発言している。
2021年の第1四半期にはFCAとグループPSAが合併し、新会社のステランティスが誕生する。そうしたなか、この新型500のプラットフォームが、どのような将来をたどるのか、特に世界第4位の自動車メーカーとなるステランティスの電動化戦略でどう活用されるのかは目下不透明だ。
運転席側ドアを開けてセンターピラーに現れるプレート(コーションプレート)には、「ジョヴァンニ・アニエッリ通り200番地」の文字とともに、「MADE IN ITALY」の文字が印刷されている。
従来型500がポーランドで製造されているのに対し、新型500には、あえてイタリアのミラフィオーリ工場という、労働賃金をはじめ各種コストの高い国内生産拠点が選ばれている。それも3代目「パンダ」のように、イタリア政府の圧力が影響して、国内生産に切り替えられたわけではない。
背景には、いまだ価格競争がそれほど激しくなく生産台数が限られるEVゆえ、若干高価になっても販売価格への影響が少ないとの考え方があったと思われる。BMWの「MINI」がEV仕様の生産拠点として英国を選んだのと同じ方向性といえる。
いっぽう第687回で記したように、テスラやBMWといったブランドは、中国で生産したEVを欧州に運んで売る戦略を選択した。どちらが主流となるか、その答えが出るまでには、あと少し時間を要する。
カブリオ仕様の価格は22%の付加価値税等を含めて3万8900ユーロ(約494万円)だ。2020年1月現在、国のエコカー政策で、下取り車などの条件に応じて最大1万ユーロの割引があるから、2万8900ユーロ(約367万円)で購入できる可能性がある。なお納期は、2021年1月現在「3カ月待ちだ」とフランチェスコ氏は教えてくれた。
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テスラとは別の解釈がそこにある
室内側ドアグリップの内側には1957年のヌオーヴァ500がエンボス加工であしらわれ、「MADE IN TORINO」と記されている。イタリア人というよりも、国外のイタリアファンが喜ぶ要素を心得た演出だ。
運転席と助手席の間には、運転モード(3段階)の切り替えとパーキングブレーキ、オーディオ音量の調節スイッチがそれぞれ備わる。
往年のフィアット・ヌオーヴァ500のその部分には、スターターモーターとチョークのレバーが備わっていた。一定年齢以上のイタリア人の多くが使い方を懐かしく語るそれを、インテリアデザイナーが再現したのは間違いない。
今回はショールームゆえに聴くことがかなわなかったが、新型500は、歩行者用警告音が素晴らしい。参考までに、EVのこうしたアラームはEU域内において、すでに装着が義務化されている。
前述のフランソワ氏から依頼を受けて警告音をアレンジしたのは、多国籍の音楽ストラテジー専門会社であるシン・ミュージックのニック・ウッド氏だ。
彼のチームが選んだのは、フェデリコ・フェリーニ監督による1973年の映画『アマルコルド(邦題:フェリーニのアマルコルド)』のテーマである。その主題が警告音なのだ。
イグニッションオン&オフ時にも、別アレンジの『アマルコルド』のテーマが、より短いモチーフ(音楽用語で「動機」という)で再現される。
筆者個人としては、この装備があるだけで新型500を手に入れてもいい。
フィアットとしてはかなりの自信作のようで、特設ウェブサイトでは、ドイツ系ブランドのEVと思われる競合他社(車)の無機質な歩行者警告音と比較できるようにまでなっている。
フランソワ氏はフランス人、シン・ミュージックも多国籍音楽ストラテジー会社ということで、外国人でなければ引き出せない「イタリアニティー(イタリアらしさ)」といえよう。
ただし、クルマ全体を観察した筆者としては、同じイタリア映画でもジュゼッペ・トルナトーレ監督、エンニオ・モリコーネ音楽による1998年作品『海の上のピアニスト』を思い出したのも事実である。
大西洋を巡る豪華客船上で生まれ、生涯を船上で暮らしたピアニスト、ノヴェチェントの物語だ。
ある日“ジャズの考案者”を自称するアーティストが乗り込んできて、船客を前にピアノ対決をすることになる。
敵の演奏を聴き終わったあと、ノヴェチェントは奇跡のプレイを披露。客から大喝采を浴びて、戦いに勝利する。
新型500で断言できるのは、他のフィアット各車と比較すると、内外装の質感が数グレードも上であることだ。
それ自体は嫌いではなかったが、従来のフィアットに見られたプラスチック感とは一線を画している。新型500のテクスチャーが醸し出す風合いは――このブランドもステランティスにとっては扱いが課題となろうが――ランチアとして販売してもいいのではと思うくらいだ。
1970年代、「フィアット131」に工場名を冠した「スーパーミラフィオーリ」というバージョンがあったが、この新しいEVにこそスーパーミラフィオーリのサブネームを与えたい。
テスラのあまりにシンプルなエクステリアとインテリアのデザインは、かつて東京でアメリカ車を2台愛用していた筆者の目からしても、戸惑うものがあった。
いっぽう日産リーフは、初代の未来感が2代目ではかなり抑制されてしまった。
その2台を見るたび、自分の好みに合うEVがあるのだろうか、と不安を感じていた。
いっぽう、この新型500は、EVのデザインがもっと豊かになり得ることを示唆している。
前述の映画でノヴェチェントは対決演奏前、「お前の耳をよく開いておけ」と言い放ってから鍵盤に向かう。新型500もテスラに向かって「120年以上つくっている俺たちのクルマを見ろ」とつぶやいている。
ダッシュボードにあるスマートフォンのワイヤレス充電器には、名建築「モーレ・アントネリアーナ」を含むトリノ市街のシルエットがあしらわれている。こちらも粋な遊びだ。
ワイヤレス充電器自体はすでに内燃機関車でも導入例があり、消費電力も2A程度である。加えて言えば、モーター駆動用のリチウムイオンバッテリーではなく、システム起動および補機類用の12Vバッテリーから電力供給を受けるものだろう。
しかし小心者の筆者だったら、余計な電力を使わぬよう、ビクビクするに違いない。
思い出したのは2014年に日本で単1乾電池99本を搭載した列車が8.5kmを走行したというニュースだ。緊急時に乗員全員のスマートフォンを直列つなぎすると、ラストワンマイルを走りきれる機能があればうれしいのに、などと科学的裏づけのない空想にふけった筆者であった。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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