第696回:イタリアにEV専用フィアット系ディーラーが誕生 大矢アキオが電撃訪問!
2021.03.04 マッキナ あらモーダ!その名は「eビレッジ」
今回は、フィアットの都にオープンした新たなショールームと、イタリアの自動車販売店の立地事情についてお話ししよう。
2021年2月末、出張でトリノに赴いたときのこと。2020年12月に開店した新しい商業施設「Green Pea(グリーンピー)」を訪ねてみることにした。
その施設を知ったのは、2021年1月に開催されたイタリアのメンズファッション見本市「ピッティ・イマージネ・ウオモ」のフルデジタル版イベントがきっかけであった。複数のブランドがここに新規出店したことをアピールしていた。中にはライブ中継を行ったヘルノのようなブランドもあった。
それに加えて、投宿先が施設の真裏だったことから、筆者はこの新しいスポットをひと目見ようと思い立ったのである。
場所は、フィアット旧工場を活用したビジネス&ショッピングモールのリンゴットと、道を挟んだ真隣だ。
建物は5階建てで総床面積は1万5000平方メートル。「エコ・リテールパーク」のサブネームが示すとおり、昨今のキーワードであるサステイナビリティー(持続可能性)を意識した約100ブランドが展開されている。運営母体は、日本でも食品マーケットを展開しているイータリーの関係会社である。
1階には「e-Village(eビレッジ)」のサインが煌々(こうこう)と浮かび上がっている。そしてウィンドウの中には、例の電気自動車(EV)、新型「フィアット500」がディスプレイされていた。
FCA(現ステランティス)がグリーンピーのオープンに合わせて開設した、持続可能性モビリティー特化型のショールームであることがすぐに判明した。
「ヤリス」の猛追を防ぐとりでとなるか
後日確認したプレスリリースで、チーフマーケティングオフィサーのオリヴィエ・フランソワ氏は、持続可能性時代のモットーとして第1に「Less is more(少ないことは豊かだ)」を挙げている。筆者が補足するなら、それはバウハウスの建築家でミニマリズムを提唱したミース・ファン・デル・ローエが定義した言葉だ。のちにポストモダン建築の第一人者であるロバート・ヴェンチューリが「Less is bore(少ないことは退屈だ)」の言葉とともに反論したことで、さらに有名となった。
フランソワ氏はeビレッジについて「私たちはこの空間をシンプルで質素なものにしたいと考えた」と語っている。
しかし実際は面積が1300平方メートルもある。それは前述したグリーンピーの1割弱であり、施設内では事実上最大の面積を占めている。したがって、筆者が見たかぎりでは、面積という意味ではミニマリズム感は伝わってこない。
それはともかく、フランソワ氏は第2のキーワードとして「水平志向」を語る。その心は「単なる技術展示の拠点ではなく、購入やレンタル、シェアリング、新サービス、充電システム、新しいアプリといったソリューションの拠点になるということだ」と解説する。
こちらは正しい。例えばイタリアの電力会社、エネルXのカウンターも隣にあるので、家庭用チャージ設備の相談もすぐに可能である。
隣接する駐車場には試乗車も待機している。ジープのプラグインハイブリッド車「4xe」や、「ランチア・イプシロン」「フィアット・パンダ」のマイルドハイブリッド車といった広義の電動車も、eビレッジの扱う範囲だ。
イタリアでは約10人に9人のドライバーがハイブリッドも含めた電動車に関心があるということは、前回の本欄で記した。
調査に関して詳しく記せば、「関心がある」とした回答者の数は、全体の87%に及び、「関心がない」の13%を大きく上回った。
「ある」と答えた理由として最も多かった(複数回答)のは「公害を出さないから」の38%で、「化石燃料を節約できるから」の30%、「エコカー給付金が適用されるから」の12%がそれに続く。
いっぽう、「関心がない」の理由で最多だったのは「車両価格が高い」の28%で、「チャージ時間が長い」の21%と「充電場所が分からない」の21%が続いた(アレテによる2020年11月の調査)。
調査対象者が35~65歳の524人と限定的で、かつ回答者は男性が70%を占めたことも念頭に置いておく必要がある。だが、イタリア人の電動車に対する関心が意外と高いことには、こちらのメディアがこぞって注目した。
実際、イタリアでハイブリッド仕様を前面に押し出して販売展開をしている「トヨタ・ヤリス」が、2021年1月の国内登録台数でフィアット・パンダに次ぐ、2位に躍り出たことも電動車への関心の高さを示している。
看板車種パンダの牙城に迫られては、フィアットも黙ってはいられないだろう。
そうしたなかでeビレッジの果たす役割は大きい。
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意外になかった「都市型」
電動車に特化した店舗というコンセプトは、東京・虎ノ門の「BMW iシリーズ」専用ショールームなど他国に先例があるものの、イタリアでは初である。
だが、別の理由でもeビレッジはイタリアにおいては画期的であると筆者は考える。
それは「立地」だ。今日のイタリアにおける自動車販売店としては珍しく「公共交通機関で到達できるショールーム」なのである。具体的には、トリノ地下鉄の終点であるリンゴット駅から650m、徒歩にして約8分でたどり着ける。
かつてこの国で、自動車販売店の多くは市街地にあった。1996年から住み始めた筆者は、その最後の時代を確認している。
ところが1990年代後半からそうした店舗が次々と消えていった。大まかに言うと、大きなディーラーは郊外に移転し、修理工場を兼ねた小さな販売店や販売協力店は廃業してしまった。
その理由は、多くの住民が郊外の広い住宅に移り住んだことと、歴史的旧市街への自動車の進入が禁止されたことである。要するに、旧市街は客にとってたどり着くのが不便な場所であり、かつ販売店にとっても商圏ではなくなってしまったのである。販売車両の搬入・搬出に関する許可も必要で、まったくもって不便になってしまった。
「自動車を持っていない新規顧客はどうしたのか?」という疑問が沸いたが、観察していると問題ないことが分かった。日本よりも家族の絆が密、かつ友達も近所に住んでいることが多いので、誰かのクルマに乗せてもらって容易にディーラー訪問できたのである。高校生で免許取り立てのような若者たちは、頻繁にそうしていた。
いっぽう住み始めたばかりの筆者は、まだイタリアでクルマを持っていなかったので、新車をいち早く見たいときは、運行本数の少ないバスを乗り継いで郊外の販売店まで行ったものである。
その後、フィアットは2006年のトリノ・ミラフィオーリ店を手始めに、イタリア主要都市で「モータービレッジ」と称するメガショールームを展開する。ただし、やはり基本的に郊外の立地で、地域によってはその周辺に、明らかにその筋と分かるお姉さんが昼間から立っていたものだ。
いっぽう今回のeビレッジは久々の市街地型店舗である。昨今この国でも増加している免許を持たない若者や、他者の運転で郊外のディーラーに到達できない単身者にクルマのある生活を訴求するチャンスとなろう。
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大型店舗もいいけれど
ショールームへのアクセスということで記しているうち、中学生時代を過ごした1970年代末から80年代初頭の東京を思い出した。
カタログ欲しさの一心で、銀座日産ギャラリー(現NISSAN CROSSING)や旧日産本社ギャラリー(現銀座6丁目スクエア)、ソニービルの中2階にあったトヨタ、表参道にあった「原宿マツダロータリー」、六本木の東京日産ビル(東日ビル。現・六本木ヒルズ ノースタワー)といったショールームを新車が出るたびに巡った。
ただし、そうした“都心進出”を果たす以前は、郊外にあった自宅の周辺でカタログ集めをしていた。
当時、いずれも第2販売系列として立ち上げられた三菱カープラザ店とホンダベルノ店は、店舗数が極端に少なかったため、到達するのに苦労した。それらを訪ねてカタログを集めるべく、ひたすら自転車をこいだ。
先方は、あわよくば親を紹介してくれるかと思っていたのかもしれない。だが、筆者が免許を持っていないにもかかわらず、熱心にターボやDOHCの利点を説明してくれた。
遠い町まで電車を乗り継ぎ、さらに駅から1km以上歩いていったこともある。それを知った販売店の人が驚いて、帰りに駅まで営業車で送ってくれたのもいい思い出だ。
そうして苦労を伴って訪ねた販売店のほうが、前述のきらびやかな都心のショールームよりも思い出深い。
そのような経験を持つ筆者である。イタリアの片田舎で家族経営の小さな修理工場兼フィアット販売協力店が生き残っているのを発見するたび、今回紹介したeビレッジに比肩するくらい感動するのも、これまた事実なのだ。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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