投資額は3ケタ兆円!? 過熱する「カーボンニュートラル」競争と日本の自動車産業がとるべき道
2021.03.22 デイリーコラム日本が目指す「カーボンニュートラル」ってなに?
カーボンニュートラル、カーボンフリー、カーボンポジティブ、カーボンオフセット、カーボンクレジット、カーボンタックス、カーボンフットプリント、カーボンディスクロージャー、カーボンプライシング、カーボンマーケットなどなど。
これらはすべて環境問題と関連する単語だが、いくつ分かるだろうか。聞いたことがあるけれど意味が分からない単語や、初めて見る単語もあるかもしれない。これらのなかでは「カーボンニュートラル」はまだ認知度が高いほうだろうが、今あらためて、その意味を押さえておきたい。
昨2020年10月、菅 義偉内閣総理大臣は「2050年のカーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」と宣言。このときカーボンニュートラルは「温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする」ことだと説明された。
人間が生きていくうえで二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスの排出をゼロにはできないが、森林などによる吸収量と排出量が釣り合えば、相殺されて“排出量ゼロ”とみなせる。これがカーボンニュートラルの考え方だ。
ちなみに、ひところよく耳にした「カーボンオフセット」は、このCO2相殺のための行為や手段、取り組みを指す。「温室効果ガス排出量の全量が相殺された状態」を示すカーボンニュートラルという言葉は、ときに“オフセットの深化版”といった意味合いとしても用いられる。
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世界の潮流と日本のグリーン政策
2050年のカーボンニュートラルは、総理の宣言により経済界の共通目標となった。日本自動車工業会(自工会)会長を務めるトヨタ自動車の豊田章男社長は、宣言を歓迎しながらも、その実現手段が電気自動車(EV)一択であるかのような報道には苦言を呈している。EVは走行時にCO2を出さないだけで、製造時や発電時にCO2が出ることは周知のとおりだ。
自動車業界はこれからどうやってカーボンニュートラルに貢献するのだろうか。自工会が3月8日に開催した報道関係者向けの勉強会の内容を踏まえ、実現のための手段を考えてみたい。
まず前提として、カーボンニュートラルへ向けた動きは、今や世界の潮流だ。コンサルティング会社のアーサー・ディ・リトルがまとめたところによると、中国は2060年をカーボンニュートラルの目標年とし、EVや燃料電池車(FCV)等の脱炭素技術の産業育成に多額の予算を用意する。米国バイデン大統領は、EV普及やエネルギー技術開発等の脱炭素分野に、4年間で200兆円を投資する計画だ。欧州は2050年の気候中立達成を目指して、10 年間で120兆円のグリーンディール投資計画を実行する(気候中立とはカーボンニュートラルを拡張した概念だが、ざっくり言えばCO2排出ゼロの話なので、本稿では同義とみなす)。
いずれの国・地域でも、がっつりと投資をして産業を育成し、経済発展を諦めることなくカーボンニュートラルを実現しようとしていることが読みとれる。
日本は昨年末に「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を発表。グリーンイノベーション基金として2兆円の基金を創設し、最大10%の税額控除も行うとした。政府はこれを呼び水に民間投資の拡大も見込んでいるが、大国の米中や、国家共同体であるEUの投資規模は文字通りケタ違いだ。日本は物量以外で勝負していかなければならないだろう。
また、グリーン成長戦略には「2030年半ばまでに新車で販売される乗用車を電動車のみとする」ことが明記されている。ここが豊田社長の発言にリンクする部分だ。電動車はEVのみを指すのではなく、ハイブリッド車(HV)やプラグインハイブリッド車(PHV)、FCVなど、電動化機構を持っているクルマすべてを指す。EVにも期待したいところではあるが、2030年半ばでは、依然としてEVは少数派だろう。
LCAの観点で考える“環境に優しい”とは何か
近年は電動化機構を持たないクルマ、果ては内燃機関を搭載したクルマの販売規制が話題になっている。ただ各国のプランを見ると、2030年時点ではHVやPHVの排除を掲げないなど、自動車が重要な産業に位置づけられている日米独は、それでも規制が強いとはいえなさそうだ。一方、シビアなのがノルウェーで、2025年までに乗用車のZEV(EVとFCV)100%を目指している。さすがは輸出できるほど再生可能エネルギーが豊富な国。年間販売14万台(2019年)の小さな市場ではあるが、すでに新車販売におけるEV/PHVの販売比率は56%と、世界でも群を抜いて電動車の普及が進んでいる。
ただし、カーボンニュートラルの議論では、生産から廃棄までを含んだLCA(ライフ・サイクル・アセスメント)の観点が重要だ。国際エネルギー機関(IEA)が2020年6月に発表した試算では、製造時に多くのCO2を出すEVは、他のパワートレインより必ずしも環境にいいわけではないという結果となった。石炭火力のような発電時のCO2排出量が多い電力を使えば、EVのCO2排出量は格段に増えてしまう。
日本では東日本大震災のあとに原子力発電所を停止。一部は営業運転を再開したものの、現在の主力はやはり火力発電だ。日本の火力発電技術は世界でもトップクラスの効率を誇るが、再エネなどと比べれば単位電力あたりのCO2排出量が多いことは否めない。トヨタが行った、2030年の日本を想定したパワートレイン別CO2排出量のシミュレーションでは、EVとPHV、FCVの間には大差がなかった。それどころか、現行HVよりも走行時のCO2排出量が格段に少ないとされる次世代HVならば、それらよりCO2排出量が少なく、最も環境に優しいクルマになるという結果になった。
「カーボンニュートラルの実現にはこのパワートレイン!」と言えればよいのだが、やはりそこは難しい。ノルウェーのように再エネ比率が高ければ、エンジン車をEVに置き換えるだけで効果を出せるが、日本は違う。一気に問題を解決できる特効薬はないのだ。大切なのは、まわり道に思えてもパワートレインの種類を絞り込まないことと、燃料も含めて全方位的にCO2削減を進めていくこと。それが結果的に、CO2排出量の総量削減につながり、ひいてはカーボンニュートラルに貢献することになるのである。
(文=林 愛子/写真=首相官邸ホームページ、日産自動車、フォルクスワーゲン、Newspress/編集=堀田剛資)
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林 愛子
技術ジャーナリスト 東京理科大学理学部卒、事業構想大学院大学修了(事業構想修士)。先進サイエンス領域を中心に取材・原稿執筆を行っており、2006年の日経BP社『ECO JAPAN』の立ち上げ以降、環境問題やエコカーの分野にも活躍の幅を広げている。株式会社サイエンスデザイン代表。
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