進むEVの価格破壊! テスラは自動車の世界を変えるのか?
2021.04.09 デイリーコラムテスラが割安になっている!?
電気自動車(EV)専業メーカーであるテスラは2021年2月、最量販機種「モデル3」の日本価格を大幅に値下げした。同車には現在3グレードあるが、そのうち値下げされたのは、より手ごろな2グレード。WLTPモードの満充電航続距離が430kmで後輪駆動の「スタンダードレンジプラス」が511万円→429万円、同じく580kmで2モーター4WDの「ロングレンジ」が655万2000円→499万円である。その値下げ幅は前者が62万円(!)、後者にいたっては156万2000円(!!)におよぶ。
たとえば、日本でもっともポピュラーなEVである「日産リーフ」の本体価格は標準モデルで330万円強~430万円弱、大容量バッテリーの「e+」で440万円強~500万円弱だ。エントリー価格はさすがにリーフのほうが低く、一見すると割安に思えるかもしれないが、EV価格の最大指標となる電池容量で見ると、そうとはいいきれない。
リーフの電池容量が標準モデルで40kWh、e+で62kWhなのに対して、モデル3は429万円のスタンダードレンジプラスで55kWh。つまり、リーフの標準モデルとe+の間にはさまる本体価格で、電池容量もちょうど中間……となるわけで、実質価格はほぼ同等ともいえる。さらにひとつ上級のロングレンジとなると、リーフe+より大容量の75kWh電池を積んで、しかも4WD。それでいてリーフe+の最上級モデルとほとんど同じ値段なのだから、もはやモデル3のほうが割安に感じる。ちなみに、EVといえば補助や優遇も無視できないが、少なくともベースとなるCEV補助金はどちらも40万円前後(リーフはグレードによって変動)と、両車にほとんど差はない。
もうひとつ「マツダMX-30」のEVモデルとなると、33.5kWhで451~495万円。CEV補助金は16万2000円。クルマの価値は電池容量だけで決まるわけではないが、こうなると、モデル3が圧倒的に割安感がある。
決め手は生産地とバッテリー
今回の値下げに対して、ネット上では当然のごとく、値下げ前に購入したユーザーの恨み節が散見されるのは事実だ。ただ、そうではない「名前をよく聞くテスラってどんなん?」的な新規潜在顧客のみなさんにとって、今回の値下げは素直にインパクト大だろう。
ここまで大胆な値下げを可能にした理由は大きく2つある。ひとつは日本仕様の生産拠点が変わったことだ。従来は米カリフォルニア州フリーモント工場からやってきていたが、今後は2019年末に稼働しはじめた中国の上海工場製となる。同工場は最終的に年間50万台をめざす「ギガファクトリー」だ。新しく中国製となったモデル3(の日本仕様)はギガファクトリーの量産効果による生産コスト低減に加えて、日本と距離的に近く、輸送コストが下がったことも大きいとか。
もうひとつの理由は電池調達の変更だ。従来のモデル3の電池はすべてパナソニック製とされていたが、今後はパナソニックに加えて、韓国のLG化学や中国のCATLからも調達するという。漏れ伝わる情報によると、実際には中国製モデル3にパナソニック製の電池は使われておらず、429万円のスタンダードレンジプラスがCATL製、499万円のロングレンジがLG化学製を積むともいわれるが、詳細は明らかではない。また、購入者が電池メーカーを指定することもできない。
ワクワクさせるスピード感
テスラは良くも悪くも、自動車好きの間で賛否両論がはっきり分かれるメーカーだが、モノゴトを推し進めるスピードが既存の自動車メーカーとはケタちがいに速いことも、その理由のひとつだろう。
クルマ産業の周辺では、自動運転だ、電動化だと今日もかまびすしい。クルマ事情にあまり詳しくないと、明日にでも完全自動運転のEVが道路上にあふれる……かのような錯覚をおぼえる人がいても不思議ではないが、現実はそうではない。先日ホンダが世界初の実用化を果たした“レベル3自動運転”にしても、いくつもの厳しい条件をクリアしたうえで、やっとノロノロ渋滞の中を這いずるだけだ。電動化にしても、ピュアで分かりやすいバッテリー式EVの選択肢はいまだに数えるほどしか存在しない。
クルマ産業は社会的な存在であり、自動運転は安全第一に一歩ずつ進めなければならないし、EVの普及には環境やエネルギーの諸問題が複雑に絡みあう。だから「明るい未来を一刻も早く見たい!」と思っている人には、現実の世の動きはあまりに遅々としている。そうした旧来のしがらみをよそに次々と新展開を見せるのが、良くも悪くもテスラの特徴である。テスラファンにとっては、そのスピード感がたまらないのだろう。
安全への意識が引っかかる
しかし、彼らが自動運転と称する「オートパイロット」に起因するとおぼしき事故が、世界中で少なからず報じられているのも事実だ。こうした事故の大半がその機能を過信してハンズオフ走行をして、その最中によそ見や居眠りをしていたことが原因らしい。
テスラは具体的な技術内容を公表したがらない(のは、彼らの良くないところだ)のだが、同社のオートパイロットは搭載されるレーダーやカメラの数こそ多いものの、高速ハンズオフ走行やレベル3自動運転に不可欠な、高精度3D地図情報やライダーは使っていないようだ。つまり、技術的には、一般的なアダプティブクルーズコントロールとレーントレースアシストの組み合わせ……の域を出ていない。
こういう場合、既存の自動車メーカー製品では、手ばなし走行やよそ見運転に対する二重三重の防止策を講じるのだが、オートパイロットはそこが甘い。テスラ自身も「現在ご利用いただける機能はドライバー自身が監視する必要や責任があり、完全自動運転ではありません。(中略)将来的にこれらの機能を実現するには、何十億マイルもの経験で証明された人間のドライバーを超える信頼性を習得する必要があります。同時に規制当局による認可も必要で、国や地域によっては長い時間がかかる場合があります(テスラのウェブサイトより)」といった注意喚起はしつつも、実際には自動運転にかなり近い行為ができてしまうのが問題だった。
また、ネット上では車両火災や衝突時のバッテリーセル散乱事例なども報告されているが、これらに対してもテスラは基本的にコメントしない。安全性の懸念に対するあいまいな態度は、従来のクルマ産業の感覚からすると、おおいに違和感がある。オートパイロットといい、テスラ否定派がもっとも引っかかるのは、こういうところだ。
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これから脅威の存在に
もっとも、あの「ウーバーイーツ」も既存の社会システムと摩擦と軋轢を生みながらも、コロナ禍もあって、いつしか社会インフラとして機能しはじめている。いまだに問題は多く残るが、存在じたいの是非を問う段階はとっくに過ぎた。もはや、お互いに歩み寄りながら社会的に受け入れるしかない。
テスラも似ている。彼らの「とりあえずやってみて、問題があったら修正していけばいい」という態度は、昨今のスタートアップ企業に共通するものだ。なにごとも石橋を徹底的に叩くことが求められる既存のクルマ産業からすると、相いれない思いがあるのは事実だが、彼らのスピード感は既存の自動車メーカーにもっとも欠けている部分でもある。実際、モデル3は少なくとも米欧のEV市場では押しも押されもせぬトップ銘柄だし、中国でも右肩上がりに台数を伸ばしている。
日本では、モデル3以前のテスラ=「モデルS」や「モデルX」の現行モデルは、国土交通省の型式指定を取得していない。つまり、輸入形態としては並行輸入に近い。しかし、今回のモデル3は日本でも型式指定を取得した正真正銘の正規輸入車である。正規輸入車となれば、安全性や品質の懸念にはきちんと対応しなければならない。逆にいうと、これはテスラがいよいよ日本市場に本腰を入れて、日本の現実社会にも正面からアジャストしていく……という決意とも受け取れる。すでに知名度抜群のテスラが、社会適応度を高めて、しかも価格まで肩をならべるとなれば、国産EVにとっても間違いなく脅威となる。われわれとしては、テスラの今後に注視しつつ、国内でも既存メーカーと健全に切磋琢磨してくれることを期待したい。
(文=佐野弘宗/写真=テスラ、日産自動車、アウディ ジャパン/編集=関 顕也)
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佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。