第648回:「スズキ・ジムニー」と茶の世界が融合 京都の職人が手がけた“和のビスポーク”の世界
2021.05.08 エディターから一言 拡大 |
テールゲートの向こう側に、茶室の水屋を再現。「スズキ・ジムニー」のビスポークカーに込められたこだわりと、それを実現した職人の技を通し、京都の伝統工芸がかなえる“和のビスポーク”の魅力と可能性を探る。
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クルマと伝統工芸の融合
ロールス・ロイスから発せられるプレスリリースには、しばしば同社のビスポーク部門が手がけたワンオフモデルの紹介がある。ロールス・ロイスの販売する車両は基本的にはすべてビスポーク、“つるし”のものは一切なしというビジネスだが、世界の顧客から受けた注文のなかでもとりわけ独自性の高い、幾人ものスペシャリストが携わって出来上がった渾身(こんしん)の一台には特別な呼称が与えられ、オフィシャルにアナウンスされるわけだ。
直近では起業家の前澤友作氏がオーダーしたという「ファントム オリベ」がそれにあたる。織部焼の青織部の緑をモチーフとしたボディーカラーや、内装の一部を、ロールスとのコラボレーションはこれが初となるエルメスが手がけたことなどが話題となった。当然、発注主からの許可を得たうえでのリリースとはなるものの、ロールス・ロイスの正式発表を受けたクルマという価値はプライスレスなわけで、顧客的にも思わぬプレゼントとなるだろう。
そんなファントム オリベと同時期に、京都発でリリースが出された緑色のビスポークカーが、このスズキ・ジムニーである。とはいえ、じっくり見つめてもボディーは純正色の「ジャングルグリーン」そのものだ。それもそのはずで、このクルマ、職人仕事のほとんどは内側に施されている。
手がけたのは、京都を中心に国内外メーカーの正規ディーラーネットワークを運営するマツシマホールディングスの子会社、A・STORY(ア・ストーリー)だ。彼らは顧客の要望と京都を中心とした工芸職人の技を結び、さまざまな工芸品を一点物であつらえるKiwakoto(キワコト)という事業を展開している。格別であるさまを表す古語「際殊(きわこと)」にあやかったものだ。
そのなかには、出自を生かした自動車の架装も含まれていて、顧客の要望に沿ってBMWやメルセデス・ベンツ、MINI、ポルシェなどに、独自の施しを加えてきた。また昨年(2020年)8月にBMWジャパンが発売した「8シリーズ グランクーペ 京都エディション」の製造サポートも行っている。
自動車の内装ならではの工夫も
そんなキワコトが手がけたこのジムニーのテーマは「喫茶去(きっさこ)」。そもそもは禅語であるその意は、まぁ堅苦しいことは抜きにしてお茶でもいかがですか? 的な意になるという。発注主は放送作家・脚本家の小山薫堂氏。老舗料亭の下鴨茶寮を引き継ぎ、京都芸術大学副学長を務めるなど、京都との縁が深い氏の「ジムニーをカスタマイズしたい」という意向を聞いたキワコトが、約8カ月の日々を費やしてプロジェクトを進めてきた。
道なき道を行くジムニーと、出先でお茶でも一服いただくという趣旨の相性はとてもいいものにみえる。が、プロジェクトは初手から思わぬところでつまずいた。お茶絡みのクルマということでベースとなるジムニーの色は当然ジャングルグリーン一択。が、読者の皆さんご存じの通り、ジムニーは今でも注文から納車まで1年近くも待つ人気モデルだ。マツシマホールディングスはスズキの正規ディーラーも手がけているので、キワコトのスタッフがその店舗に依頼したところ、お客さんも待たせている状況で手配できるわけがないと断られ、結局、オークションで登録済み未使用車をなんとか手に入れたという。
ここからようやく職人の出番となる。後席を撤去してしつらえられたスペースには、運転席と茶室部とを区切る障子を設置。前席の背後に立てられたこのパーティションには、走行時の後方視界を妨げないよう、雪見障子式の格納が備わっている。ラゲッジフロアの床面は、い草の匂いが車中にこもらないよう畳に見立てた和紙製となっており、その下部には茶筒や水のボトルなどを収められる床下収納が設けられた。
左右のホイールハウスを避けるように配された茶器などを収める棚は、湿度変化などに強い京杉の正目を使用。金属くぎを一切使わない指物(さしもの)の技術でしつらえている。さらにリアゲートの内側には、床の間に見立てて折り畳み式の棚を配し、花器などが置けるように演出。こちらのちょうつがいや留め具は、社寺金物等に納められる錺金具(かざりかなぐ)の職人が手がけたもので、表面には漆でコーティングが施されている。
外からは見えないところに凝る
開発当初はこのスペース内で茶をたてることも検討したそうだが、さすがに天地が低すぎるということで水屋に見立てることとし、もてなし用に、この空間にきれいに収まるよう形状を工夫したテーブルと椅子を製作。「出先において、立礼式の茶法でカジュアルに茶の時間を楽しむ」という趣向に落ち着いた。
また車内の加飾的な要素として、味気ない成形部品に代わって天井全面に貼り込まれるのは、金糸を織り込んだ西陣織である。シフトノブは高蒔絵(たかまきえ)が施され、特別な触感と風合いの変化を長く楽しめる仕立てとなっている。
キワコトでは顧客の意向を聞きながらさまざまなデザインプランを提案、多様な工芸のネットワークを組み合わせて、一点物のクルマをつくり上げている。外から見ればツルツルのツルシにみえるこのジムニーも、車内のあつらえは職人たちが現物合わせで微調整を繰り返しながら仕上げている。車両代を軽く上回る費用がかかっているというから、もはや着物の裏地に凝りまくる大人のしゃれごとの世界だ。
もちろん、ここまで大がかりでなくとも、愛車のコンソールパネルやオーナメントひとつに和の施しを加えることはできる。日本は一台を大事に長く所有すれば増税されてしまうという、残念な環境ではあるが、自分だけのあつらえで愛着を高めるというのも、サステイナブルなクルマの楽しみ方だと思う。
(文=渡辺敏史/写真=A・STORY、BMWジャパン、webCG/編集=堀田剛資)

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
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