スズキ・ハヤブサ(6MT)
進化する猛禽 2021.06.09 試乗記 圧倒的な動力性能でファンを魅了し続ける、スズキのフラッグシップモデル「ハヤブサ」。押しも押されもしないメガスポーツ/ウルトラスポーツの“第一人者”は、2度目のモデルチェンジでどのような進化を遂げたのか? 3代目となる新型の走りに触れた。バイクに宿る“重み”が違う
「新しいハヤブサじゃないですか?」
試乗用に借り受けた新型ハヤブサにETCが搭載されているのを知らず、料金所のスタッフに支払いをしているとき、そう声をかけられた。ETCが普及する以前はごく普通のコミュニケーションだったが、いまとなっては珍しい体験だ。そしてなにより、世間的に注目度の高い車両に乗っていることを再確認し、身が引き締まった。
仕事柄、新型車を借りてあらゆる場所を走るのだが、ときに(おそらくは自意識過剰なのだが)まわりの視線を必要以上に意識してしまうことがある。そうした意識の大きさ、重さは、マシンの目新しさというより、そのモデルが背負っている存在の重さに比例して感じられるものだ。スズキというメーカーは、どのモデルもその比重が大きくて重いのだが、なかでもハヤブサは最大級といえるだろう。
1999年に「世界最速」をうたい登場した初代ハヤブサ(当時は「GSX1300R HAYABUSA」)。そこから排気量の拡大や各部のブラッシュアップを受け、2008年に第2世代へと移行する。そして今回、13年ぶりのモデルチェンジを受けて登場したのが、この新型だ。サーキットでの走行を前提に進化を続けるスーパースポーツモデルとは異なり、ハヤブサは狙いを最高速の一点に絞ってパフォーマンスを高めるとともに、その車体も進化させ、メガスポーツという新しいカテゴリーを生み出した(ハヤブサの起源やライバルたちとの攻防の詳細はこちら)。
そのメガスポーツとしての進化や、ライバルとの攻防、さらには1999年から2002年まで全日本ロードレース選手権や鈴鹿8時間耐久レースに設けられた「Xフォーミュラ」クラスへの参戦などにより、ハヤブサは世界中のバイクファンのあいだで熱狂的に支持されていく。アメリカでは“BUSA(ブサ)”と呼ばれ、ドラッグレースから派生した特異なストリートカスタムカルチャーを生み出し、その熱狂は、『ワイルド・スピード』(もちろん日本車が主役だった第1作)のバイク版ともいえるハリウッド映画『Biker Boyz』(日本未公開)が公開されるほどだった。料金所のスタッフも、そんなハヤブサの熱に侵された一人に違いない。
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またがってみれば存外にフレンドリー
新型ハヤブサと初めて対面したとき、まわりにはさまざまなスズキ車が並んでいたのだが、やはりその存在感もボリューム感も別格だった。長いホイールベース、低く構えたスクリーンとハンドル、鼻先からテールへと美しく流れるストリームライン。従来モデルから受け継がれるこれらの造形に加え、新型には大きく切り欠かれたカウル側面のダクトや、大容量の2本出し五角形サイレンサーといった、新しいアイキャッチが追加されている。そして車体に近づくと、ふくよかに見えたボディーの各部にはエッジが立っており、従来モデルより体脂肪率が落ち、より筋肉質になっていることに気づく。
そうした“違い”を認めつつも、またがってみるとこれは紛れもなくハヤブサだった。スーパースポーツほどではないが、ライディングポジションはなかなかに攻撃的で、自身がスポーツモデルであることを強烈に主張してくる。しかし、車体前方に向けて細くデザインされたタンクと、低いながらもいい位置にあるハンドルは、車体のボリューム感から想像するよりずっとコンパクトにまとまっており、身構えていたライダーの緊張をほぐす。車体に密着する太ももや足首まわりの感触も柔らかく、またがる前に想像していた手ごわさや威圧感はない。身長170cmの筆者のつま先が、両足ともにしっかり接地する足つき性のよさも、「Ultimate Sport」を標榜(ひょうぼう)する大排気量スポーツバイクを走らせるプレッシャーを和らげてくれる。
その穏やかな人当たりは、エンジンをかけ、クラッチをつないでからも変わらない。街なかなら3000rpmもエンジンを回せば十分に速いが、操作系のすべてがしっとりとした感触で、しかし確かな信頼感を伴って稼働する。交差点や、あるいは首都高速に見られるタイトコーナーでも、大げさなアクションを要せず車体の向きはスッと変わり、滑らかで力強いエンジンの出力特性によって上質なライディングが楽しめる。アップ/ダウンともに使用できるクイックシフターは、街なかを軽く流すくらいのペースでも違和感なく作動し、快適な走りをサポートする。驚いたことに、渋滞のなかをのろのろと走るようなシーンでも、ラジエーターからの排熱で体力を削られることはなかった。
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圧倒的な加速のなかでも感じられる“上質”
もちろん、意を決してアクセルを大きくひねれば、ハヤブサはワープするミレニアムファルコン号よろしく強烈に加速する。景色が線状に溶けるようなこの加速感は、中身が吟味され、軽量化とフリクションロスの低減が徹底的に追求された新エンジンの、滑らかでトルクフルな特性がもたらすものだ。
回転数の上昇に比例して、並列4気筒らしい硬質なビート感も増幅していく。こうなるとさすがに「人当たりがいい」なんて言っていられなくなるが、それでも低い速度域で感じた高い安定性と上質なハンドリングはそのままで、筆者のライディングをサポートしてくれていた。
随分と前に従来モデルに試乗したときは、その強烈なパワーと大きな車体を持て余し、イメージ通りに走らせられなかった。その経験から、筆者はハヤブサというバイクに苦手意識を持っていたのだが、今回は「これならワインディングやツーリングに出かけてみたい」と感じるほどに、テストライドを楽しむことができた。
そんな折、冒頭の通り料金所のスタッフに声をかけられたのだ。「楽しいですよ」と答える筆者の声は、いささか昂(たかぶ)っていたと思う。
(文=河野正士/写真=郡大二郎/編集=堀田剛資)
【スペック】
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=2180×735×1165mm
ホイールベース:1480mm
シート高:800mm
重量:264kg
エンジン:1339cc 水冷4ストローク直列4気筒 DOHC 4バルブ
最高出力:188PS(138kW)/9700rpm
最大トルク:149N・m(15.2kgf・m)/7000rpm
トランスミッション:6段MT
燃費:15.4km/リッター(WMTCモード)/20.2km/リッター(国土交通省届出値)
価格215万6000円

河野 正士
フリーランスライター。二輪専門誌の編集部において編集スタッフとして従事した後、フリーランスに。ファッション誌や情報誌などで編集者およびライターとして記事製作を行いながら、さまざまな二輪専門誌にも記事製作および契約編集スタッフとして携わる。海外モーターサイクルショーやカスタムバイク取材にも出掛け、世界の二輪市場もウオッチしている。
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