第714回:観光客にはハードル高し? イタリアでシェア自転車は使い物になるか
2021.07.15 マッキナ あらモーダ!使えなかったシェア自転車
都市部での環境対応モビリティーとして、数年前に一躍脚光を浴びたバイクシェアリング(以下、シェア自転車)。今回は、それを久々に利用してみたことによる泣き笑いをお伝えしたい。
先日、トリノにクルマで赴いたときのことである。取材先に向かうべく駐車場を探した。
その日は平日であり、なおかつ近隣に病院があることから、無料の縦列駐車スペースはどこも満車である。
ようやく見つけた公共駐車場は、本来無料にもかかわらず、ヤバい人たちがウロウロしていて勝手に“駐車料金”を徴収しようとしている。イタリアの都会におけるあしき慣習だ。
仕方がないので、そこから3~4ブロック離れた公園の駐車場にクルマを置いて歩くことにした。ただし取材地までは距離にして900mもある。
そこで目に留まったのが、シェア自転車だった。かつて中国・北京で“女人街”を目指すべく借りたモバイクという企業のものである。詳しくは本連載第553回を参照されたい。
筆者のスマートフォンを確認すると、そのときにダウンロードしたアプリケーション(アプリ)が残っていた。起動させると、携帯電話番号を入力するよう促された。前回は中国滞在用のSIMカードを入れていたから、現在使っているイタリアのSIMとひもづけられた電話番号による認証が必要なのだろう。
待つこと数分。認証コードが送信されてこない。
「そうだ」と思いつき、借り出すときの手順で、自転車本体に付いているQRコードにスマートフォンをかざす。すると、今度はアプリをダウンロードするようにと表示された。「きっと中国版とは違うバージョンが必要なのだろう」と思って画面表示に従うと、今度は筆者のアプリ用ストアIDの国・地域設定(日本にしている)ではインストールできない旨が表示された。
世界展開しているサービスなのに、これは残念。仕方がないので酷暑のなか、撮影機材を背負って1km近くを徒歩移動した。
後日、シエナの家に戻って調べてみると、とんでもないことが分かった。
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気がつけば撤退
モバイクは2019年に欧州地域のサービスから撤退していたのだ。一部報道によれば、本国である中国でシェア自転車に対する各種規制が強化されて経営難に陥り、経営規模縮小を余儀なくされたという。イタリアの場合、上陸したのが2017年だから、わずか2年での撤退ということになる。
イタリアとスペインにおいては、モバイクのインフラをそのまま継承した企業が、新たに「ライドモヴィ(Ridemovi)」の名でサービスを展開していた。
公式発表によれば伊・西両国の17都市で3万台を提供しているという。登録者は150万人と記されている。
おいおい、トリノで自転車のフレームに記されていたのは、「Mobike」のままだったぞ。なにかしら書いておけよ。加えて、旧もバイクのアプリをかざした時点で、何らかのアナウンスがほしい。
ともあれ、ライドモヴィのアプリを新たにインストールしてクレジットカード番号などを入力すると、いとも簡単に登録完了できてしまった。
そこで後日、フィレンツェで女房の仕事の助手をする際、モバイク改めライドモヴィを使ってみることにした。
フィレンツェ旧市街の駐車場は料金が高額である。そこでちょっと外れたエリアの公共駐車場にクルマを止めて、そこから2人でライドモヴィを使おうという作戦である。
アプリを立ち上げると、即座にフィレンツェの地図上に空き自転車の所在地が表示された。
トリノもそうだが、この街でもシェア自転車や本欄第624回で紹介した電動キックスクーターは、日本のように「ポート」と呼ばれる指定駐輪場をベースに借り出し・返却する方式ではない。空き自転車がある場所からすぐに乗れ、使用後は禁止エリアでなければどこでも乗り捨て可能である。
ハンドルのステム付近に記されたQRコードにスマートフォンのカメラをかざすと、円にして数千円分のパケット料金プランがアプリに表示された。だが筆者の使用頻度は低いので、チャージ方式を選択する。
その場合、最初のカード引き落とし額は5ユーロ(約660円)。乗車後に発生した超過分は、これまた自動でカード決済される仕組みだ。
決済から数秒遅れで、後輪のロック装置が電子音と機械音を伴って外れた。
街の人が神経質に
トリノで発見した車両と同様、各部にはいまだに「Mobike」の文字が残っている。ただし、ダウンチューブは、北京版モバイクが管状だったのに対して、フィレンツェ版は角形に近い。車輪も伝統的なスポークではなく、バトンホイールと呼ばれるタイプだ。
自転車のコンディションはというと、完全とは言えないまでもフレームが強固なことで、不特定多数のユーザーによる容赦ない使い方から辛うじて救われている……といったらお分かりいただけるだろうか。このあたりは、パリ市が主導するシェア自転車のヴェリブと同様である。
筆者の身長は166.5cmだが、サドル高を最低にしても、足がしっかりと着地できない。
これはパリのヴェリブでも同じだった。イタリアにも筆者より身長が低い人は少なくないから、またがったあとで困惑するユーザーはそれなりにいるのではないか。
フィレンツェの石だたみは、パリと比べて一つひとつの石塊が大きめなので、かなり振動が伝わってくる。ましてや前々日、1年ぶりに海でカヌーをこいだために臀部(でんぶ)が痛くなっていたから、それなりにこたえた。
モーツァルトは1770年春、14歳でフィレンツェを訪れている。当時の移動手段はソリッドタイヤの馬車だ。その前の滞在地であるボローニャから、砂利道も含めてこうした振動に耐えながら移動し、それから演奏会に臨んでいたことを考えると気が遠くなる。
やがて女房が悲鳴を上げた。何が起きたか聞けば「スマートフォンのバッテリー残量が残りわずかだ」と言う。返却の際のアプリ操作が不能になる恐れがあるので、取りあえず電源を落とすように指示する。スマートフォンなしだと何もできないのは、単なる貸自転車との違いである。
約1.1kmの道のりを16分かけて歴史的旧市街にあるシニョリーア広場付近に到着。
筆者が住むシエナでは、メインの通りや広場を通る際には自転車を降りて押さなければならない。シエナ以上に大きいフィレンツェでも同様の条例が施行されているに違いない。交通違反を取り締まる市警察官もウロウロしている。触らぬ神にたたりなしだ。
筆者と女房は自転車を降りて押すことした。
さらに、著名な広場では、たいてい駐輪してはならないことになっている。そうしたエリアでなくても、シェア自転車の放置に対して市民が神経質になっていることを感じたのは、地図を確認すべく一瞬降車した瞬間だ。商店のおばさんがすかさず出てきて「ウチの前に置いていかないでよ」と筆者に注意した。
最終的に、大きな街路から1本入った裏通りで降車することに。“儀式”である車両のQRコード読み取りと、後輪のロック(今度は手動)を行う。
アプリに表示された利用料金は1ユーロ(約131円)だった。前述の5ユーロ引く1ユーロで、4ユーロが残っていることになる。
キムチに平衡感覚を奪われて
夕方、今度はクルマを止めておいた駐車場まで戻るべく、再びライドモヴィを探そうとしたときのことだ。
アプリ上の地図に空き自転車の位置が表示されているものの、誤差があるようで、なかなか見つからない。
仕方ないので、たくさんの空き車両が表示されているサンタマリア・ノヴェッラ駅まで400mほど歩いて行くことにした。
するとどうだ。電動アシスト仕様のライドモヴィがずらりと並んでいるではないか。
さすがは駅前である。
そこで1台は電動アシスト車を、1台は非アシスト車を借りて2人で乗り比べてみることにした。
「モヴィeバイク」と名づけられたその電動アシスト付き自転車の、満充電からのアシスト可能距離は80kmで、最高速は25km/hという。
例の最低サドル高は、非アシスト型よりもさらに高い。そのうえまたぐときにペダルに足の力をかけるだけですかさずモーターが作動してしまうから、これまた怖い。
車重があるので、普通の自転車のようにひょいと持ち上げて方向転換することは難しく、切り返しに労力を要する。
フィレンツェの街は一方通行路の嵐である。それを順守すると、意外な回り道を強いられる。そのうえ、北京のような広い自転車レーンも整備されてはいない。
アジア食料品店で買い込んでカバンに詰めたみりんやキムチの瓶は、筆者の平衡感覚をゆがめる。かといって前部のカゴは、ひったくり防止の観点から使いたくない。
それらに注意しつつ、例の石だたみによる振動を避けるべくゆっくり走っていたら、復路には38分も要してしまった。そして料金は残っていた4ユーロをさっさと使い切り、なんと7.8ユーロ(約1020円)にもなってしまった。
実は家に帰ってから知ったのだが、アプリ上のそれぞれの自転車マークを長押しすると事前に料金が確認できる仕組みだった。電動アシスト型の料金は20分1ユーロ。1分5セントだ。つまり非電動アシスト型の基本料金である20分乗ると、4倍の4ユーロが必要ということになる。駅前に大量に余っていた理由が分かった。
サービスを提供する企業からすれば、アプリによる料金表示は諸条件を反映して柔軟に金額を変更できるメリットがあるのだろう。だが、ユーザー視点からすれば、車両本体にもっと分かりやすく明記しておいてほしいと思う。
最後に今回のフィレンツェも含め、いくつかの国の都市でシェア自転車を使用した経験をもとに言えば、そのメリットを有効かつ経済的に活用するには以下の3点を押さえておく必要があると考える。
- 目的地をはっきりとさせておく(ダラダラ乗っていると損)
- 使用都市の一方通行および通行禁止区域を熟知しておく(迷っていると自動車と接触するなどの危険あり)
- 有名な観光地では、人との事故を避けるため、降りて押さなければならない街路が多いことを知っておく
これらは、観光用に使ってメリットを享受できる人が限られることを意味する。特に複数人数で同じ場所から出発しようとした場合、車両探しに手間どることがある。今回の筆者のようにたった2人分を確保しようとしても、それなりに苦労した。
それでも料理屋からはフィレンツェ風ステーキを焼く香りが漂う。古い工房を通り過ぎた途端、木の香りが鼻をくすぐる。
もちろん、それらは徒歩でも感じられるが、一定のスピードとリニア感を伴う自転車だと別次元の感動が生まれる。クローズドルーフのタクシーや観光ハイヤーに乗っていては得られないものだ。
前述のように、提供する側も受け入れる街も、まだ最適解に到達していないシェア自転車だが、ぜひ存続してほしいものである。
あとはやはり、筆者の体格にも合うサドル高のバージョンをぜひ追加していただきたい。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、大矢麻里<Mari OYA>/編集=藤沢 勝)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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