第553回:気分はラストエンペラー?
北京でシェア自転車に乗ってみた
2018.05.11
マッキナ あらモーダ!
シェアリング自転車にチャレンジ
「青春とは人生の在る期間を言うのではなく、心の様相を言うのだ。」とは、サミュエル・ウルマン原作/岡田義雄訳『青春』の冒頭部分である。かのマッカーサー元帥も座右の銘としていた。要は、老いとは皺(しわ)の数などではなく、精気を失ったときである、ということだ。
話はかわって2017年4月、上海を訪れたボクが、従来中国になかった「自転車シェアリング」に目を奪われたことは、本稿の第500回で記した。中国発の自転車シェアリングサービス「モバイク」は日本でも2017年8月に札幌市でスタート。その後奈良でもサービスを開始した。
実はボクが頻繁に仕事で訪れるフランス・パリや、イタリアの一部都市にも、中国系シェアリング自転車は相次いで上陸している。シェアリング自転車の先輩格であるパリの「ヴェリブ」は、規定のステーションの端末を操作し、ステーションから借り出し、再びステーションに返却しなければならない。スマートフォンの普及以前に構築されたシステムゆえ、登録も少々厄介である。使用前のデポジットも150ユーロ(約1万9000円)と高額で、問題がなければ返却されるとはいえ、あまり気持ちのいいものではない。
対して、中国系シェアリング自転車は、借り出し地も返却地も原則として自由である。ユーザー登録もスマートフォンにダウンロードしたアプリケーションを通じて行える。しかし、現地での移動距離が大きかったことなどから、この一年ついぞ使わずにきてしまった。
そうした中で2018年4月、モーターショーのために降り立った北京でも、地下鉄駅から階段を上がった途端、前年の上海同様、市民が乗ったシェアリング自転車が縦横に走っていた。北京は地下鉄網が充実しているうえ、タクシーも例えば空港から市街まで乗っても、高速代を含めて円換算で1300円程度と格安である。
なにもシェアリング自転車に乗らなくても……と考えたところで思い出したのが、冒頭の詩だった。精気や興味を失ったときこそ、老いの始まりである。思い立ったボクは、郊外のモーターショー会場を早めに切り上げ、北京市東部朝陽区の宿に戻った。
登録するのはわけもないこと
事前知識をもとに、地下鉄亮馬橋駅近くの宿でシェアリング自転車用アプリケーションをスマートフォンにダウンロードする。
代表的な2つのブランドである「モバイク」「ofo(オフォ)」を記憶していたが、真っ先に頭にその姿が浮かんだ前者にした。
そのときボクのスマートフォンには、中国用のデータ通信用SIMを入れていたのだが、認証用パスワードがショートメッセージ経由で送信されるという。
よく読めば受信できたのかもしれないが、手っ取り早いほうが意思がくじけない。通話用電話番号があるイタリアのSIMにあらかじめ差し替えて登録することにした。決済用のクレジットカードは、難なく登録できた。
早速空いている自転車の在りかを検索すると、宿の周辺に、うじゃうじゃあることが判明した。宿を出て、目の前の歩道に置いてある一台を見つけ、サドル下に記されたQRコードをスキャンしてみる。するとガチャンという音とともに後輪のロックが解除された。
あとは普通のママチャリと同様、後輪にかかった半円状のレバーを回すだけだ。レバー先端部のキャップが取れて金属が露出していたのは、ボクとしてはご愛嬌(あいきょう)として片付けられた。なにしろパリのヴェリブで、手続きを終えていざ出発しようと思ったらペダルがなかったり、サドルがなかったりした経験があるからだ。
溥儀と同じ自由の風?
モバイクの自転車を早速こぎだしてみる。かなり使い込まれていることもあるのか、フレームの剛性はかなり低い。そうした意味ではパリのヴェリブに使われている車両のほうが頑丈だ。しかし、ヴェリブのほうはかなり重量級で、ステーションのラックから引き出したり返却したりするとき、やや腕力を要する。それを考えると、個人的には少々ヤワくても、モバイクのほうが好みである。
路地から大通りにこぎだした途端、脳裏に浮かんだ映画のシーンがあった。1987年の映画『ラストエンペラー』だ。ジョン・ローン演じる若き清(しん)朝皇帝・溥儀が紫禁城内を自転車で走りまわるシーンだ。結局、彼は衛兵に止められ、城から外に出ることはできなかった。だが彼がペダルをこぎながら感じた風は、ボク同様、自由な移動を手に入れたときの風だったに違いない。
一方通行の自転車道ゆえ、逆方向に向かうときは、スロープのある歩道橋を渡るか、もしくは次の信号まで行くしかない。だが歩行者がいないので、運転にはストレスが少ない。クルマが渋滞しているのを横目にすいすい走る。北京ナンバーのポルシェを仮想敵にして、ボクとどちらが早く次の交差点までたどり着けるかといったゲームも楽しんだ。
女人街を目指したものの……
おっと、シェアリング自転車体験ありきで、行き先をまったく考えていなかった。地下構内の表示板を思い出してみる。周辺には「女人街」という場所があるらしい。要はブティックやネイルサロンなどが集まった地区らしいが、ネーミングに引かれて、そこを訪ねてみることにした。
交差点ごとに自転車を降り、グーグルマップをスマートフォン画面で確認しながら向かう。こういうとき、例の「グーグルグラス」眼鏡があって、ナビゲーション画面を目の前に映し出してくれたなら、どんなに便利かと思う。
そんなことを考えながら、ある交差点を曲がってもう少し幅員の狭い道に入ると、状況は一変した。自転車道こそ確保されているものの、逆走してくる自転車がいる。
自転車だけでない。電動スクーターも逆走してきた。なんと、後ろからクルマも追ってきた。駐車中のクルマも縦列駐車から脱出すべく、あたかも脇腹を刺すように飛び出してくる。泣きたくなってきた。
さらに、女人街にたどり着いてみると、もぬけの殻になっていた。再びスマートフォンでネット検索してみると、2017年9月末をもって閉鎖したと現地のウェブサイトに記されていた。北京は、まだまだ姿を変え続ける。
異国でのささやかな青春
モバイクの自転車と記念撮影していたら、「空き」と勘違いしたのだろう、若い女性が自転車に近づいてきてボクに問うので、慌てて再びまたがった。
夢の女人街は消えていた。しかしペダルをひとこぎするたび、青果店の前を通れば果物や野菜の香りが、雑貨店をかすめれば屋外でひと息つく店員たちの立ち話が、ボクに降り注いでくる。小学生の頃にテレビで見た、この街の自転車通勤風景と重なり、いっぱしの北京市民になったような気になってきた。
友達と歩きながら、仕事をしながら歌っている人もたびたび見かけた。ボクが住むイタリアに似ていて、これまた面白かった。
以前より改善されたとはいえ、いまだ大気汚染が深刻な中、3M製のフィルター付きマスクを着用している地元の人がいる。その傍らで、「へえー」と驚きながら大口を開けてペダルをこいでいるボクは情報弱者以外の何者でもないかもしれない。
それでもエアコンを効かせるために密閉したクルマでは体験できないことばかりだ。
シェアリング自転車を試してよかった。北京で味わった、ささやかな青春であった。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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