ポルシェ911タルガ4(4WD/8AT)
正解はひとつにあらず 2021.08.04 試乗記 「ポルシェ911タルガ」のルーフを開け放っても、頭上部分の青空を拝めるだけにすぎない。フルオープン化できる「カブリオレ」があるなかで、あえてタルガトップを選ぶ理由とは何だろうか。それはずばり、カッコよく生きるためである。安全なオープンカー
クルマの安全にまつわる思想や性能がまだ脆弱(ぜいじゃく)だった1960年代、オープンカーの悲惨な事故があとを絶たなかったアメリカでは、それを禁止しようという世論さえ形成されつつあった。
そんななかで、アメリカ市場をお得意さまとしていたポルシェが安全なオープンカーとはどうあるべきかを形にしたのが911タルガだ。その狙いは一目瞭然で、ロールオーバー時の生存空間を確保するために太いBピラーを据えながら、ルーフとリアウィンドウを折り畳んで格納することでオープンカー並みの開放感を得ようというものだった。
その後、ビニール製のリアウィンドウは走行時のバタつきを抑える狙いもあってベンドガラス製に変更。開放感は損なわれるものの、スペシャリティーモデルらしいそのたたずまいに新しさを見いだしたカスタマーに支えられ、タルガのイメージを世に浸透させた。
進化するタルガトップ
しっかりと安全基準を満たしたフルオープンボディーが開発されるようになった1980年代後半以降、911もオープンモデルの主力がタルガから「カブリオレ」へと移行する。が、それでもタルガは新しい価値の創出を求めて993世代では大型のスライディングガラスルーフを採用、996世代ではこのギミックに開閉式のリアガラスハッチが加わることで実用性も向上し、この形式は997世代まで引き継がれた。
そして991世代以降のタルガは、初代の意匠的特徴を再現しながら、手元のボタンひとつで天板が格納される新たなギミックが搭載された。カブリオレのトノカバーよろしくリアウィンドウ部がまるごと持ち上がり、ハードボードにキャンバスを貼り込んだルーフパネルが空いたスペースにゆっくりと収まっていく動作はなかなか大仰で見応えがある。このダイナミックなシステムをそのまま継承したのが、この992世代でのタルガの成り立ちだ。
911タルガのルーフ開閉に要する時間はそれぞれ約19秒と、911カブリオレの約12秒に対して長いだけではなく、走行中の開閉動作は不可、かつ大きな可動域が妨げられないよう一定のクリアランスが求められるなど、いくつかの制約がある。開閉する際の利便性ならクーペ系にオプションで装着できるサンルーフやガラスルーフがあり、開放感ではカブリオレが優勢と、屋根のバリエーションが豊かな911のなかでも、タルガは最も面倒な選択肢だ。
妥協は禁物
それでもあえてカブリオレと同額のタルガを選択する意味は、やはり伊達にまつわる対価ということになるだろう。992世代になってから内外装のカラーやマテリアルのバリエーションが増強されただけでなく、トップはキャンバスの風合いを引き立てる4色から選ぶことも可能。さらに象徴的なBピラーをサテンブラック処理することもできるなど、自分用の仕立てをさまざまな組み合わせによって実現できる。ポルシェジャパンのウェブサイトからアクセスできるコンフィギュレーターはいじりがい十分だが、ノリノリでポチるほどに跳ね上がる金額に冷水をぶっかけられた気分になるのは毎度のことだ。が、あえてタルガを選ぼうというのなら、妥協が招く後々の後悔も大きい。購入検討される向きには思い切りぜいたくを楽しんでいただきたいと思う。
新しい911タルガのグレード構成は「タルガ4」と「タルガ4S」、「タルガ4 GTS」の3つ。本国と同様、4駆のみの設定だ。9A2evoと呼ばれる最新世代の3リッターフラット6直噴ツインターボはタルガ4で385PS、タルガ4Sで450PS、タルガ4 GTSでは480PSを発生。組み合わせられるトランスミッションは全グレード8段PDKで、0-100km/h加速はそれぞれ4.4秒、3.8秒、3.5秒となる。動力性能的にはカブリオレと同等とみて問題はないだろう。
緩い911があってもいい
車体剛性的に近いだろうカブリオレと比べてみれば、タルガは走りの質感が若干劣る感は否めない。乗って感じるのは、お尻まわりの据わりが良すぎることと、操舵からのゲインの立ち上がりに若干ラグが感じられること、連続入力での振動の残響感が強いこと、内装のはめ込みものから発せられる異音などだろうか。リアの可動式ベンドガラスの重量や重心、Bピラーの追加による共振特性の変化などがシャシー側で消化吸収しきれていない。主因として考えられるのはそんなところではないかと思う。この点、カブリオレの側は調律が完璧で濁りはまったく感じられない。開放感と走りのクオリティーを両建てしたいというのなら、僕はカブリオレを推す。
が、先述の通り、多少割高だろうが味落ちしていようが関係ないと思わせる格別なたたずまいこそがタルガの最大の購入動機であることは疑いない。今日び随分大型化したとはいえ、この手のクルマとしては車格が適当で視界も広く、2ペダル化により多様な客層にフィットするようになった911は、さまざまなニーズに合わせてバリエーションも拡大化した。とりわけタルガは911の普遍性をファッション性と結びつけて解釈するユーザーに受け入れられやすい。
何も世のすべての911が目くじら立てて走りを究めるものでなくてもいいだろう……と、僕も右ハンドルのティプトロというどうしようもなく緩い996に乗ってみて、ようやくそう思えるようになってきた。ふとした日常にだって911に満たされる場面はたくさんある。その満足度を最大化するためにタルガはある。それでいいのだ。
(文=渡辺敏史/写真=郡大二郎/編集=藤沢 勝)
テスト車のデータ
ポルシェ911タルガ4
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4519×1852×1297mm
ホイールベース:2450mm
車重:1690kg
駆動方式:4WD
エンジン:3リッター水平対向6 DOHC 24バルブ ターボ
トランスミッション:8段AT
最高出力:385PS(283kW)/6500rpm
最大トルク:450N・m(45.9kgf・m)/1950-5000rpm
タイヤ:(前)245/35ZR20 95Y/(後)305/30ZR21 104Y(グッドイヤー・イーグルF1アシメトリック3)
燃費:9.8リッター/100km(約10.2km/リッター、欧州複合サイクル)
価格:1760万円/テスト車=2303万9000円
オプション装備:ボディーカラー<パイソングリーン>(45万2000円)/ブラックレザーインテリア<クレヨンステッチ入り>(66万2000円)/スポーツエキゾーストシステム<シルバーテールパイプ>(43万4000円)/ブラック塗装仕上げホイール<ハイグロス>(19万8000円)/フロントアクスルリフトシステム(40万2000円)/イオナイザー(4万8000円)/エクスクルーシブデザイン燃料タンクキャップ(2万2000円)/レザーパッケージ930(21万8000円)/ポルシェクレストエンボスヘッドレスト<フロント>(3万8000円)/20/21インチカレラエクスクルーシブデザインホイール(57万4000円)/グレートップウインドスクリーン(1万9000円)/レザーサンバイザー(6万9000円)/スラットインレイリアリッド<ハイグロスブラック塗装>(9万8000円)/ドアミラー下部エクステリア同色仕上げ<ベースブラック塗装>(9万円)/アルミニウムPDKセレクターレバー(10万1000円)/レーンチェンジアシスト(13万7000円)/LEDヘッドライト<PDLSプラスを含む>(16万5000円)/スポーツクロノパッケージ<モードスイッチ&タイヤ温度表示を含む>(39万6000円)/アダプティブクルーズコントロール(28万4000円)/BOSEサラウンドサウンドシステム(23万6000円)/レザーエッジング付きフロアマット(8万2000円)/PORSCHEロゴサイドデカール<ブラック>(6万円)/クレヨンシートベルト(7万4000円)/14ウェイパワーシート<メモリーパッケージ付き>(37万7000円)/アンビエントライト(8万4000円)/アルミニウムドアシルガード<ダークシルバー>(11万9000円)
テスト車の年式:2021年型
テスト開始時の走行距離:4709km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(6)/山岳路(2)
テスト距離:330.3km
使用燃料:50.0リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:6.6km/リッター(満タン法)/6.8km/リッター(車載燃費計計測値)

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
-
MINIジョンクーパーワークス(FF/7AT)【試乗記】 2025.10.11 新世代MINIにもトップパフォーマンスモデルの「ジョンクーパーワークス(JCW)」が続々と登場しているが、この3ドアモデルこそが王道中の王道。「THE JCW」である。箱根のワインディングロードに持ち込み、心地よい汗をかいてみた。
-
ホンダ・アコードe:HEV Honda SENSING 360+(FF)【試乗記】 2025.10.10 今や貴重な4ドアセダン「ホンダ・アコード」に、より高度な運転支援機能を備えた「Honda SENSING 360+」の搭載車が登場。注目のハンズオフ走行機能や車線変更支援機能の使用感はどのようなものか? 実際に公道で使って確かめた。
-
ホンダ・プレリュード(FF)【試乗記】 2025.10.9 24年ぶりに復活したホンダの2ドアクーペ「プレリュード」。6代目となる新型のターゲットは、ズバリ1980年代にプレリュードが巻き起こしたデートカーブームをリアルタイムで体験し、記憶している世代である。そんな筆者が公道での走りを報告する。
-
日産リーフB7 X(FWD)/リーフB7 G(FWD)【試乗記】 2025.10.8 量産電気自動車(BEV)のパイオニアである「日産リーフ」がついにフルモデルチェンジ。3代目となる新型は、従来モデルとはなにが違い、BEVとしてどうすごいのか? 「BEVにまつわるユーザーの懸念を徹底的に払拭した」という、新型リーフの実力に触れた。
-
アストンマーティン・ヴァンキッシュ クーペ(FR/8AT)【試乗記】 2025.10.7 アストンマーティンが世に問うた、V12エンジンを搭載したグランドツアラー/スポーツカー「ヴァンキッシュ」。クルマを取り巻く環境が厳しくなるなかにあってなお、美と走りを追求したフラッグシップクーペが至った高みを垣間見た。
-
NEW
なぜ給油口の位置は統一されていないのか?
2025.10.14あの多田哲哉のクルマQ&Aクルマの給油口の位置は、車種によって車体の左側だったり右側だったりする。なぜ向きや場所が統一されていないのか、それで設計上は問題ないのか? トヨタでさまざまなクルマの開発にたずさわってきた多田哲哉さんに聞いた。 -
NEW
トヨタ・スープラRZ(FR/6MT)【試乗記】
2025.10.14試乗記2019年の熱狂がつい先日のことのようだが、5代目「トヨタ・スープラ」が間もなく生産終了を迎える。寂しさはあるものの、最後の最後まできっちり改良の手を入れ、“完成形”に仕上げて送り出すのが今のトヨタらしいところだ。「RZ」の6段MTモデルを試す。 -
ただいま鋭意開発中!? 次期「ダイハツ・コペン」を予想する
2025.10.13デイリーコラムダイハツが軽スポーツカー「コペン」の生産終了を宣言。しかしその一方で、新たなコペンの開発にも取り組んでいるという。実現した際には、どんなクルマになるだろうか? 同モデルに詳しい工藤貴宏は、こう考える。 -
BMW R1300GS(6MT)/F900GS(6MT)【試乗記】
2025.10.13試乗記BMWが擁するビッグオフローダー「R1300GS」と「F900GS」に、本領であるオフロードコースで試乗。豪快なジャンプを繰り返し、テールスライドで土ぼこりを巻き上げ、大型アドベンチャーバイクのパイオニアである、BMWの本気に感じ入った。 -
マツダ・ロードスターS(後編)
2025.10.12ミスター・スバル 辰己英治の目利き長年にわたりスバル車の走りを鍛えてきた辰己英治氏。彼が今回試乗するのが、最新型の「マツダ・ロードスター」だ。初代「NA型」に触れて感動し、最新モデルの試乗も楽しみにしていたという辰己氏の、ND型に対する評価はどのようなものとなったのか? -
MINIジョンクーパーワークス(FF/7AT)【試乗記】
2025.10.11試乗記新世代MINIにもトップパフォーマンスモデルの「ジョンクーパーワークス(JCW)」が続々と登場しているが、この3ドアモデルこそが王道中の王道。「THE JCW」である。箱根のワインディングロードに持ち込み、心地よい汗をかいてみた。