第718回:イタリアの高速道路高架橋崩落事故から3年 あれからどうなった?
2021.08.12 マッキナ あらモーダ!異例の工期で再建
2018年8月14日の11時36分、イタリア北部ジェノヴァの高速道路高架橋、通称“モランディ橋”が突如崩落し、43人の犠牲者を出した。
この事故については、事故直後の本欄第568回で記した。
あの大惨事から、間もなく3年である。
その後の経緯を記そう。
ジェノヴァ地方検察庁は2021年6月、道路の運営管理会社であるアウトストラーデ・ペルリタリアのジョヴァンニ・カステッルッチ元社長を含む関係者59人を業務上過失致死や輸送安全法違反などの罪で起訴した。裁判では、職務に対する怠慢と危険性を認識していたかどうかが争点となる。
いっぽう、崩落した橋のがれきと残存部分は2019年6月28日に爆破解体された。
総工費2億0200万ユーロ(約261億円)をかけた新しい橋は同12月、事故から414日目に建設が開始された。
設計を担当したのは、パリのポンピドゥーセンターなどで知られる世界的建築家でイタリア終身上院議員のレンツォ・ピアノ氏。事故後にいち早く自身の新設計案を提示したジェノヴァ出身のピアノ氏は、新しい橋について「1000年にわたる耐久性があるだろう」とコメントしている。
欄干の太陽光パネルでは、照明や各種設備など、橋の維持に必要な95%の電力を賄うことができる。
さらに欄干の外側を自律走行し、橋の状態検査や太陽光パネルの清掃を行うロボットも導入された。
2019年に起工した橋は、新型コロナウイルスの感染被害が国内で深刻化した2020年3月以降も工事が続けられ、同年8月4日に開通式が行われた。
イタリアの公共工事としては異例のスピードだった。いかに国家の威信をかけた工事だったかがうかがえる。
ジュゼッペ・コンテ首相(当時)とセルジオ・マッタレッラ大統領も出席した開通式典では、上空をイタリア空軍のアクロバットチーム「フレッチェ・トリコローリ」が飛行。後日の一般通行開始を伝えるテレビでは、日本でもそうした人が現れるように、“一番乗り”を果たすべく一般開通前から待つドライバーやライダーのインタビューが放映されていた。
せっかく新しい橋になったものの
この新しい橋の全長は1067mで、サン・ジョルジョ橋(聖ジョルジョの橋)の名が冠せられている。名前の由来となった聖ジョルジョは西暦200年代の人物である。本来はジェノヴァの守護聖人ではないが、11世紀に地元の十字軍兵士たちの精神的支柱になって以来、今日まで地元で親しまれてきた。
2021年6月のある日、北部アレッサンドリア方面からの帰り道に、筆者はそのサン・ジョルジョ橋を通過する機会があった。
街の西側からアウトストラーダA10号線に沿ってクルマを走らせると、トンネルが連続する。ジェノヴァ自体が、海と山に挟まれた街だからである。
そして全長944mのコロナータトンネルを抜けると、突然不気味な建造物が左側に現れる。使われなくなったガス貯蔵タンクだ。さびが浮き、一部に落書きがされて見るも無残な状態だが、建築史跡として残すべきという意見が持ち上がったため放置されている。
それを見た直後にドライバーは、いきなり右カーブをたどることになる。いよいよサン・ジョルジョ橋の始まりだ。
モランディ橋にあった3つのタワーが存在しないので、見晴らしがいい。十分な幅員とはいえないが、路側帯が加えられたのも歓迎すべきことだ。
突然、前方が渋滞して減速を迫られた。
片側2車線でありながら、橋の先でジェノヴァ市街方面と、半島を南下してリヴォルノに至る車線とに分かれる。それも2車線から1車線ずつ減少しての分岐だ。
さらに事実上の本線が、あたかも出口のように右に分岐するから、まったくもって分かりにくい。かつて筆者も間違って直進し、ジェノヴァ市街に引き込まれてしまったことがあった。
制限速度も、橋上の80km/hから40km/h、そして30km/hへと一気に下がる。
「スピードを急に落とす」「いきなり分岐」「1車線ずつに分かれる」という3要素がいきなりドライバーに迫り来るのだ。
この地点ではかつてのモランディ橋時代から減速を強いられたが、今夏は、前方の道路工事のためにさらにスピードが落ちて渋滞を招いてしまっていたことが、通過してから分かった。
せっかく橋を架け替えたのなら、前述の進入時のきついカーブと、抜けるときの“いきなり1車線”を改善してほしかった。
ほかにも崩壊の危険が8カ所も
ついに完全にクルマの流れが止まったので、窓を開けてみた。
橋脚は高さ40m。橋の下のポルチェヴェーラ谷からやってくる風は、夏にもかかわらず肌寒く感じた。実際にクルマの外気温計を見ると24.5度しかない。
思えば3年前の事故の日は、タワーの1本への落雷が崩落の引き金となったという説さえあるほどの悪天候だった。
事故に巻き込まれたドライバーや乗員が、これ以上の寒さのなかで救助を待ちながら息絶えたかと思うと、いたたまれなくなった。
イタリアでは、交通に関する重大事故の裁判で、たびたび責任者が無罪となってきた。
2001年に北部ピアチェンツァで発生した高速鉄道の脱線転覆事故は、運転士を含む8人の死者と36人の負傷者を記録した。カーブにおける速度超過が原因だった。路線の重要性からして、日本で言えば東海道新幹線で事故が発生したのに値する。しかし、被告となったイタリア国鉄関係者全員が無罪となっている。
2009年6月にカーニバルで有名な中部ヴィアレッジョで発生したガスタンク列車爆発事故では32人が死亡。この事故もまたしかりだ。2021年1月に最高裁は、被告のイタリア国鉄やドイツおよびオーストリア企業などをいずれも無罪とした。
「Legge e’ uguale per tutti(法は万民に平等である)」とはイタリアのすべての法廷に掲げられた言葉である。2006年には法務大臣署名により、正式に掲示が義務づけられた。
その崇高な理念をないがしろにしないためにも、せめてモランディ橋の件だけは責任の所在をうやむやにしてはいけない。この事故における裁判の経緯は、これからも機会をみて本欄で報告したい。
アウトストラーデ・ペルリタリア社によると、イタリア北部2州だけでも、崩落の危機にひんしている高速道路高架橋が他にも8カ所あるという。この国でクルマを走らせている以上、明日はわが身なのだ。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、大矢麻里<Mari OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナ在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、22年間にわたってリポーターを務めている。『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。最新刊は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。