第219回:それは真田幸村のごとく
2021.11.08 カーマニア人間国宝への道初代NSXに再会を果たす
担当サクライ君よりメールが入った。
「ホンダの『NSXタイプS』に試乗できそうです」
えっ、あの最終限定モデルに? と思ったけど、よく読んだらそうじゃなかった。
「こちらの初代NSXはホンダの広報車両で、最終生産に近いものらしいです。ご興味のほど、いかがでしょうか」
なんと初代NSXうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?
そういえば、2代目NSXタイプSが出るというニュースに、「初代のタイプSをリスペクト」的なことが書いてあったなぁ。実は私、それを読んで初めて「初代にもタイプSがあったんだ」と知ったんでした。正確には忘れていたと言うべきでしょうか。
なにしろ初代NSXといえば「R」。「NSX-R」と「NSXタイプR」の2種類あるけど、とにかくR。それに比べるとSの存在感はウルトラ薄い。2代目はなぜ最終モデルにタイプSの名を選んだのか。それを知るためにも乗らねば! バブル期を知るカーマニアとして!
実を言えば私は、初代も2代目も、NSXには全然魅力を感じなかった。初代については「レジェンドスポーツ」とか「シビックのデカいの」と呼んでいた。
しかし初代NSXに乗ったのは、02年のNSX-Rが最後。あれは、当時私が乗っていた「フェラーリF355」と比べたら、色気のカケラもない、カサカサの砂漠みたいな準レーシングカーだった。あれで私のNSX否定論は決定的になったけれど、光陰矢の如し。オッサンになった自分は、いまNSXをどう感じるのか。それにも興味津々だ。
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なぜこの魅力に気づかなかった
いつものように午後8時、サクライ君がわが家にやってきた。
思えばわが愛車「フェラーリ328」は、初代NSXがベンチマークにしたモデル。それを現在所有する私のところに、初代NSXの最終くらいのモデルがやってくることに、運命の赤い糸を感じる。
1989年、栃木にあるホンダのテストコースでの「NS-X」(ハイフン入ります)プロトタイプ試乗会には、比較車両として328が用意されていて、それにも乗ることができたのでした。
私はNSXプロトに続いて328で高速周回路を走り、「こっちのほうが100倍魅力的だぜ、うおおおお!」と打ち震えた。その話は書くと長くなるので割愛し、今回はとにかく初代NSXタイプSである。
運転席に乗り込んでエンジンをかける。相変わらず静かだ。180km/hまでしか刻まれていないスピードメーターに涙が出る。スピードリミッターも付いてるんだよねぇ。
走りだして、住宅街の最初のカーブを30km/hくらいで曲がった時、電気が走った。
キ、キモチイイ……。カーブを曲がるのがキモチイイ!!
これは、公道での走りを極めるべくしつらえられた、タイプSならではのものだろうか。それとも私が初代NSXのコーナリングの魅力に、今の今まで気づかなかったのだろうか!? とにかくキモチイイ!!
エンジンも思ったよりキモチイイ。昔同様、やっぱテンロクVTECのデカいの的な感覚で、悪魔的な官能性を持つフェラーリV8とはまったくの別物だけど、これはこれですごくイイ!!
敗北はすべてを美化する
首都高への合流。アクセルを床まで踏み込む。タコメーターの針が4500rpmを指すあたりからバルタイが高速側に切り替わり、「クワーン」とサウンドが高まる。8000rpmに近づくと、ひたすらまじめに高回転高出力を追求したホンダのエンジニアたちの、いかにも日本人的な真摯(しんし)な努力がぶわーーーっと噴出して車内を満たした。
思えば昔は、こういうのがイヤだった。このマジメさがイヤでイヤでたまらなかった。スーパーカーはこういうもんじゃないだろ! もっとおバカで刹那的なもんだ! こういう24時間戦えますか的な香りをスーパーカーに持ち込まないでくれ! と憤ったのだった。
でも今は違う。
ホンダのエンジニアたちの汗は、結局報われなかった。NSXはビジネスとして失敗に終わり、間もなく消える。NSXが世界を制することはなく、おバカで刹那的だったフェラーリが大勝利を収めたのだ。
しかし、敗北はすべてを美化する。
私は首都高を走りながら、いまさらながら、このクルマのハンドリングのすばらしさに感動した。レーサーたちが絶賛したNSXのハンドリング。それはまぎれもなく、想定ライバルたるフェラーリ328のはるかかなた上、月とスッポンである。
私はガンさんのNSXニュルアタックを思い出した。ガンさんは、NSXの、このわずか280PSのパワーを最後の一滴まで絞り出し、この超絶ハンドリングを限界ギリギリまで使い切って、ニュルで8分いくつかを出したのか……。
当時、「カッコだけのポンコツ」と言われていたフェラーリを崇拝していた私にとって、にっくき宿敵だったNSX。
が、勝敗は決した。NSXは敗れた。そして、その奮戦は伝説となり、後世に伝えられる。真田幸村のように。
私は夜の首都高で、その伝説を全身で体感し、先人たちが流した汗に目頭が熱くなった。
(文=清水草一/写真=清水草一、webCG/編集=櫻井健一)
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清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
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