キャデラックCTSクーペ(FR/6AT)【試乗記】
これからのクーペ 2011.03.22 試乗記 キャデラックCTSクーペ(FR/6AT)……696万3250円
「キャデラックCTS」シリーズに、2ドアバージョンが登場。強烈な個性を放つ、新型高級クーペの走りは? そして乗り心地は?
現実化した未来
2011年から日本でも販売が開始された「キャデラックCTSクーペ」。ハンドルを握って走り出すと、まずは「キャデラックの世界標準化」(ということは、とりもなおさず“ジャーマンプレミアム化”と表層的にはいえるのだが)が一段落した印象を受けた。駐車場から公道にでる段差を乗り越えた際に感じる高いボディの剛性感、しっかりしたステアリングフィール、硬めのしまった足まわり。気の早い試乗者なら、「すっかりドイツ車のようになった」と結論づけるかもしれない。雨の東京から千葉に向かいながら、初めて新世代キャデラックを取材したときのことを思い出していた。
2001年のフランクフルトショーでデビューした初代CTSは、言うなれば「BMW3シリーズ」を目指したキャデラックである。いや、「目指した」という表現は妥当ではないかもしれない。CTSは、GMがこれまでのプライドをかなぐり捨て、本気で欧州・日本勢に反撃すべく開発された、新生キャデラックの象徴的なモデルだった。
市販モデルが登場するまで、「キャデラック・プロダクト・ルネッサンス」と銘打って、「アート&サイエンス」をテーマに一連のコンセプトカーが発表されてきた。直線基調の未来派デザインをまとったショーカー群は、従来の“キャディ”のイメージとほとんど結びつかないもので、当初は「あくまでデザインコンセプト」と受けとめていたが、間欠的に新しいスタディが発表されるにしたがい、半信半疑ながら「実際にルネッサンスが起きるんじゃないか」と思うようになっていた。「GMが本腰を入れてキャデラック・ディヴィジョンの若返りを図っている」、そんな情報が漏れ伝わってきてもいたからだ。
キーワードは「スポーティ」
キャデラックCTSは、「セビル」や「エルドラド」といった1980年代のFF化路線を180度転換し、「シグマアーキテクチャ」と呼ばれるFRプラットフォームに、これまでのオーナーが目をむくような斬新なデザインのボディを載せたクルマである。新世代キャデラックの市場投入に先立って、ルマン24時間レースに「キャデラック」の名でレースカーを参加させたり、また世界的な難コースとして知られるドイツはニュルブルクリンクのオールドコースで走行テストを実施したりと、「スポーティ」なイメージを強調してきた。また、BMWの「M」に相当する特別にスポーティなモデル群、「V」ラインも発表された。
北米東海岸で行われた初代CTSのプレス試乗会では、内外走りともセビルやエルドラドなどと一線を画していて、というか隔絶していて、「ユーザーの若返りを狙うのもいいけれど、これではファンが離れて立ち枯れしてしまうのでは」と心配したものである。個人的に、FFキャデラックの(さらに前世代と比較すると小さく、締まったとはいえ)ゆったりした乗り心地と運転感覚が好きだったということもあるが。
杞憂(きゆう)だったようだ。最終的に「アメリカ史上最大の倒産」を迎えるGMドン底の時期を経て、いまやCTSはキャデラックの中核モデルとして、セダンに続きクーペ、そしてワゴンまでラインナップに加えてファミリーを形成している。
CTSクーペの登場は、2008年のデトロイト。先代CTSセダンと変わらぬ2880mmのホイールベースに、全長4800mm×全幅1900mm×全高1420mmのボディを載せる。BMWの「3シリーズクーペ」と比較するとひとまわり大きく、むしろ「5シリーズ」に近いサイズだが、本国では同じアーキテクチャをもつ「STS」がCTSの上位に控え、5シリーズに対抗する。
エクステリアには、セダン同様、「アート&サイエンス」の精神を拡散させることなく、よりエッジの立ったアグレッシブなデザインが採用された。新たなテーマは「Pursuit」だとか。もちろん「ジャーマンプレミアム化を追求」ではなく、「追撃機としてライバルを追い払う」ということだろう。少々無国籍なきらいはあるが、ステルス機のようなスタイリングは、アメリカンに劇画調でカッコいい……。
デザイン優先ですから
日本市場のCTSクーペは、3.6リッター(311ps、38.1kgm)と6段ATの組み合わせのみ。価格は668万5000円から。「BMW335iクーペ」より60万円ほど安く、見かけも押し出しがきく。
ただし、車体の大きさはあまり居住空間に貢献していない。セダンより全高が50mm低く抑えられていることもあって、前席にあっても長身の人は頭上の空間が気になりそうだ。これまでは、ミリ単位の寸法を気にしないアメリカ車をして「おおらかでよい」と好意的に評価してきたが、CTSクーペの場合は「デザイン優先だから」と許すことになろう。
ありがたいことに、後席は「前席から想像されるほどは」狭くない。後方へ行くに従って低くなるルーフラインを考慮して、座面を下げてヘッドクリアランスを稼いでいる。なんとか大人ふたりを実用的に放り込めるだけのスペースは確保された。
運転感覚は、全体に「やけにスポーティで、ドイツ車っぽくなった」と感じないでもないが、それは守旧派の感傷であろう。たしかにエルドラドの時分には、キャデラックのクーペにはセビル以上にソフトな足を与えられていた。「クーペは若者の乗り物」といったイメージが強かった日本とは異なり、北米では(懐に余裕がある)熟年のためのぜいたくなクルマととらえられていたからだ。10年ひと昔。
東洋の島国においても、CTSクーペによってオーナーの方も世代交代(!?)されるのではなく、ぜひ「ヤング・アット・ハート」な精神で、新しいアメリカン・パーソナルクーペとの生活を追求いただきたい。たとえばCTSクーペから初老の紳士が降りてきたりしたら、とってもすてきだと思う。
(文=青木禎之/写真=高橋信宏)

青木 禎之
15年ほど勤めた出版社でリストラに遭い、2010年から強制的にフリーランスに。自ら企画し編集もこなすフォトグラファーとして、女性誌『GOLD』、モノ雑誌『Best Gear』、カメラ誌『デジキャパ!』などに寄稿していましたが、いずれも休刊。諸行無常の響きあり。主に「女性とクルマ」をテーマにした写真を手がけています。『webCG』ではライターとして、山野哲也さんの記事の取りまとめをさせていただいております。感謝。