第27回:AIと通信技術をフル活用! ホンダの新しい安全技術は完全自動運転への布石か?
2021.12.07 カーテク未来招来 拡大 |
ホンダが、AI(人工知能)と通信技術を活用して事故のリスクを予知し、事前に回避する未来の安全技術を発表。事故が起きる前に運転をサポートすることで「交通事故死者ゼロ」を実現するのが狙いだが、その先には“自動運転の実現”という、遠い目標も見え隠れしていた。
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システムの基盤となるAI技術と“脳の研究”
ホンダが今回発表した“未来の安全技術”は、AIを活用して運転ミスや事故リスクを減らす「知能化運転支援技術」と、人とモビリティーを通信でつなぐことで事故リスクの予兆を検知し、回避をサポートする「安全・安心ネットワーク技術」の2つ。このうち、「知能化運転支援技術」は「fMRI(磁気共鳴機能画像法:脳が機能している活動部位を、血流の変化から画像化する方法のひとつ)」を活用した「ヒトを理解する技術」を活用したものだ。ホンダはこれらの技術の実用化を通して、2030年に交通事故死者半減、2050年に交通事故死者ゼロという目標の達成を目指している。
ホンダは、これまでにも「ドライバーが不安を感じたり、ミスをしたりする根本的な原因はなにか?」を解明するために、fMRIを活用した脳の研究に取り組んできた。今回、開発を発表した知能化運転支援技術は、ADAS(運転支援システム)用のセンサーやカメラを用いて自車周辺のリスクを把握するとともに、ヒューマンエラーの研究で得た知見とAIによる演算をもとに、そのリスクに対応する最適な運転行動をリアルタイムで計算。ドライバーに適切な運転支援を行うというものだ。こうした技術の開発は、世界初だという。
ホンダがこの技術での提供を目指す“3つの価値”は、次の通りだ。
- 運転操作ミスを防ぐ(操作アシスト):AIにより、フラつきの低減、操作遅れの防止を支援
- 見落としや予知予測のミスを防ぐ(認知アシスト):視覚・触覚・聴覚で周辺にリスクが存在することを伝える。このためにリスクインジケーター(視覚)、シートベルト制御(触覚)、立体音響(聴覚)というヒューマンインターフェイスを開発する。
- 漫然運転によるミスを防ぐ(覚醒アシスト):眠気や疲労を軽減する。このためにシートバックから振動刺激を与えるバイオフィードバック技術を開発する。
今後は知能化運転支援技術をさらに進化させ、2020年代前半に要素技術を確立。2020年代後半の実用化を目指すとしている。これまでの、「リスクに直面してから回避する」運転支援を「リスクに近づかせないAI運転支援」へと進化させ、事故原因の90%以上を占めるヒューマンエラーをゼロにするのが狙いだ。
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ホンダだけでは実現できない安全のためのネットワーク
今回発表されたもうひとつの技術が、すべての交通参加者が通信でつながる「安全・安心ネットワーク技術」である。これはクルマを運転するドライバーだけでなく、二輪車のライダーや歩行者など、すべての交通参加者の個々の状態や周囲環境を、システムで理解・認識するというもの。通信によりリスク情報をサーバーへ集約し、リアルワールドの交通環境を仮想空間上に再現してリスクを予測するという、大規模なものだ。システムが事故リスクを検知すると、それを回避するための最適な支援情報を導き出して、該当する交通参加者へ情報を発信。未然にリスク回避行動を促す。
この技術の解説としてホンダが公開した動画では、クルマを運転するドライバーが、目の前に車線変更してきた二輪車に驚いてステアリングを左に切り、歩道を歩く家族連れに突っ込んでしまう……という状況が描かれていた。このシステムがあれば、クルマを運転するドライバーには二輪車が車線変更する前から注意を喚起する警告が出され、二輪車のライダーには変更しようとする車線に後ろからクルマが近づいている情報が伝えられ、さらに歩道を歩いている家族連れのスマートフォンにも、道路から離れて歩くよう促す情報が届く。こういった具合に、それぞれの交通参加者に行動の変化を促すような情報が伝えられ、結果として事故を防ぐというわけだ。
この安全・安心ネットワーク技術だが、実現のために越えなければならないハードルは、1つ目に紹介した知能化運転支援技術に比べて格段に高い。というのも、このシステムでは車載のカメラだけでなく、道路に設置したカメラなどの情報をサーバーに集約することを前提にしており、道路側にもインフラの整備が必要だからだ。さらに、すべての交通参加者の行動を仮想空間上に再現し、各者の行動を予測するのには膨大なコンピューティングパワーが必要だし、それぞれの交通参加者のプライバシーの問題もある。
従って、このネットワーク技術はホンダ単体で実現できるわけではない。ホンダは、このネットワーク技術を2030年以降に社会実装するべく、業界・官民一体の取り組みを進めていくとしている。今回の発表は、ホンダとしてこういう提案をすることで、まずは議論を盛り上げる狙いもありそうだ。
透けて見える“自動運転”へのロードマップ
ホンダの今回の発表について非常に巧みだと思うのは、これらの取り組みが交通事故削減に向けたアプローチになると同時に、将来の完全自動運転技術の確立にもつながっていることだ。
1つ目に紹介した知能化運転支援技術は、AIがセンサーによって周辺の交通環境のリスクを見極め、これにドライバーが適切に対応できるかどうかを判断し、もしできないと判断した場合に、視覚や触覚、聴覚を介して危険回避を促すというものだ。つまり、このシステムは「センサーからの情報によって、AIが交通環境に存在するリスクをきちんと把握できている」ことを前提としているのだ。
その後は、AIが予想したシナリオに基づいてシステムが人間の行動を支援するのだが、これがAIの予想通りになればAIの判断が正しかったことになるし、AIとは異なる判断を人間がして、それでも結果的にリスクを回避できたとすれば、そのことからAIは学習することができる。つまり、知能化運転技術はAIが人間を助けると同時に、AIを鍛える技術でもある。
さらに安全・安心ネットワーク技術では、クルマ単独の動きで安全を確保するだけでなく、仮想空間上ですべての交通参加者が事故を起こさないように動きを制御することになる。この制御技術はまさにリモートコントロールによる自動運転技術そのものである。最終的なクルマの操作を、機械がするか人がするかの違いだけだ。
……ただ、意地の悪い言い方をすると、これらの技術によって人間は、機械の指図に従ってクルマを運転する存在になり下がりかねない。今でもカーナビの指示に従って運転していると、なんだか自分がカーナビの奴隷にでもなったような気持ちになることがある。今後は「危ないよ」「気がついてる?」というような指示もシステムから受けるようになるわけだ。これを「ありがたい」というより「余計なおせっかい」と感じてしまいそうなのは、筆者の心の老化が進んで、柔軟性を失っている証左なのかもしれないが。
(文=鶴原吉郎<オートインサイト>/写真=本田技研工業、webCG/編集=堀田剛資)

鶴原 吉郎
オートインサイト代表/技術ジャーナリスト・編集者。自動車メーカーへの就職を目指して某私立大学工学部機械学科に入学したものの、尊敬する担当教授の「自動車メーカーなんかやめとけ」の一言であっさり方向を転換し、技術系出版社に入社。30年近く技術専門誌の記者として経験を積んで独立。現在はフリーの技術ジャーナリストとして活動している。クルマのミライに思いをはせつつも、好きなのは「フィアット126」「フィアット・パンダ(初代)」「メッサーシュミットKR200」「BMWイセッタ」「スバル360」「マツダR360クーペ」など、もっぱら古い小さなクルマ。
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