第668回:サーキットが跳ね馬に染まる! フェラーリが実践するスーパーカービジネスの理想形
2021.12.14 エディターから一言![]() |
フェラーリがイタリアのムジェッロで年に一度のサーキットイベントを開催。跳ね馬で染め上げられたトラックに筆者が感じた、スーパーカービジネスの完成形とは? F1を頂点とし、今も進化を続けるフェラーリの取り組みをリポートする。
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サーキットイベントで見せつけられた地力
先日、初めて「フェラーリ・フィナーリ・モンディアーリ(FFM)」を見学した。FFMとは、言ってみればフェラーリ社によるフェラーリオーナーのためのフェラーリトラックモデルで走るサーキット大忘年運動会だ。世界中で開催されるワンメイクレースの最終戦や、地域を超えた王者決定戦、F1やFXXプログラム、GTレースカーオーナーの走行会など、フェラーリ社の“ユーザー向け”サーキットアクティビティーのすべてがイタリアのムジェッロサーキットで催され、2021年の大団円を迎えたというわけだ(ちなみに来年はイモラにて開催)。
今年は新たな限定モデル「Icona(イーコナ)」シリーズ第3弾の「デイトナSP3」が会場にてワールドプレミアされ、花を添えるように伝説のPシリーズが3台で編隊走行を見せるなど、マニアにはたまらない演出も随所にちりばめられていた。
そのあまりに華やかで浮世離れした、しかもF1ドライバーのようなスターが主役なのではなく、あくまでも一般人(とてつもなくリッチな人々だが)のためにマラネッロが用意したイベントをじっくり見学して、あらためて思い知ったことがある。それはマラネッロビジネスの用意周到な戦略性であり、かつ、それがほとんど完成の域に達しつつあることだ。
加えて、おそらくはその完璧性ゆえ、他のどのブランドもマネすることはできないであろうということもわかった。フェラーリと同じくF1を頂点とする他のブランド、例えば老舗のマクラーレンであっても、そしてこれからそのビジネスモデルに挑戦するアストンマーティンであっても、果たしてここまで徹底したビジネス戦略を採用し、実施できるだろうか。仮にできたとしても、ここに至るにはまだまだ長い時間がかかりそうで、その間にもマラネッロは進化することだろう。
スペチアーレの販売にみるマラネッロの変化
マラネッロはここ数年、販売方針の大転換を断行した。これまでは“実績重視”で貴重なマシンの販売を行ってきた。古くからたくさんの跳ね馬を購入してきた人に優先的に、例えば「ラ・フェラーリ」のような限定車を販売してきたのだ。とにかく数を買ってさえいれば、限定車の申込書がディーラーからほぼ自動的に届いたものだった。
ところが、最近ではそうでもないという声をよく聞くようになった。例えばラ・フェラーリのオーナーであっても「812コンペティツィオーネ」の話が回ってこなかったというケースが散見された。決して限定数が少なかったわけじゃない。クーペで世界999台、オープンでも599台あったのだから、以前の常識であれば、これらの合算台数より少ないはずのスペチアーレオーナーの元には、望まずとも優先的に販売の話が回っていたはずだ。
実はマラネッロは今、数を買ってきた人もさることながら、買ったクルマを常日ごろからしっかり乗って、フェラーリの主催するイベントに積極的に参加するような人を、より大事に扱っている。イベントで走って、例えばSNSでその個体の姿を拡散し、フェラーリの知名度をさらに盤石な方向へと導く。そんなオーナーを大切にしようとしているわけだ。
そのためにマラネッロは、サーキットプログラムの充実やドライブラリーの主催など、イベントの数と種類も増やしてきた。ディーラー主催によるプログラムも多い。なかでも重要なのがサーキットイベントで、マラネッロが重視するのはそこで実際に走るユーザーなのである。前述した812コンペティツィオーネの例で言えば、レーシングカーのオーナー、あるいはフェラーリ主催のドライブツアー「カヴァルケード」などといった“走るイベント”へ積極的に参加するカスタマーに、まずは優先的に話が舞い込んだという。
サーキットドライバーの裾野を広げる新たな施策
走るイベントのなかでも最上位のものといえば、コルセ・クリエンティが運営する「F1クリエンティ」やXXプログラムなどだ。なかでも、歴代F1マシンを自ら所有しドライブするF1クリエンティは、その頂点と言えそうだ(FFMでも、そのオーナーズラウンジだけは別格のようにハタからは見えた)。
これに参加するユーザーと並び、アマチュアながらルマン24時間レースなどにコンペティツィオーネGTで参戦するドライバーも、フェラーリとしては最重要な存在だろう。さらに、各地で盛り上がりをみせるワンメイクレース 「チャレンジシリーズ」の参戦ドライバーが続く。つまり極めてコンペティション性が高く、ドライビングスキルも非常に高いユーザーが、マラネッロにおける理想的なカスタマー像というわけだ。
もっとも、これまではそんなコンペティティブなVIPカスタマーと、たまにサーキット走行をたしなむ一般的なユーザーとのギャップが大きかった。ところが近年、その間に「クラブ・チャレンジ」や「クラブ・コンペティツィオーネGT」といった、新たなイベントカテゴリーが設けられた。これは、いわゆるレースのような複数台による競争ではなく、フェラーリ製の歴史的(「F40コンペティツィオーネ」以降)GTレーシングカーやワンメイクレース用のチャレンジカーでラップタイムを測る程度の、いわば走行会だ。
新たなイベントが新たなビジネスを生む
これが潜在的なサーキットニーズを大いに刺激した。フェラーリをサーキットで走らせてみたいというユーザーは多い。けれどもサーキットを一度でも真剣に走った方ならわかると思うが、どんなに優れたロードカーでも、サーキットを数周も走ればブレーキやタイヤに強烈な負担がかかる。サーキットではやっぱりレーシングカーが楽しい。とはいえ、いきなりレースというのはハードルがとてつもなく高い。クラブシリーズはそういったユーザーのためにマラネッロが用意し、全面的に参加者をサポートする、魅力的なオフィシャル(←ここが大事)イベント、というわけだ。
元来、競争があまり好きではない国民性もあるのだろうか。このたくらみはとりわけ日本市場でウケているらしい。チャレンジレースも一定の盛り上がりをみせたが、マシンの性能が著しく上がった今、以前に比べて参加するハードルはさらに高くなってしまった。もはやプロレベルでないと楽しめない。その点、自分のペースで走れ、ライバルは自分のタイムというクラブシリーズであれば、参加への精神的なハードルはかなり下がってくる。そのため、過去のGTカーやシーズンを終えたGT3およびGTEマシンが日本で飛ぶように売れているらしい。マラネッロもまた、ここがビジネスチャンスとばかり、例えばクラブ・コンペティツィオーネGT専用のトラック限定モデル「488GTモディフィカータ」を販売し、日本からも購入希望が殺到した。
クルマ好きが人生をかけるに足るブランド
フェラーリビジネスの頂点は言うまでもなくF1である。これがマラネッロファンタジーの源泉だ。たとえもう何年もタイトルから遠ざかっていたところで、F1で戦う赤いマシンこそアイコンであり、そのドライバーが最高のスターだ。
この頂は自動車山脈におけるエベレストである。その場所に最も近い場所に座っているのがF1クリエンティのオーナーおよび参加者であり、そこからコンペティツィオーネGTやXXプログラムの参加者が続き、ワンメイクシリーズの参加者を挟んで前述したクラブシリーズ、そして各種イベント参加者、一般的なユーザー、ポテンシャルカスタマーへと連なる奇麗なビジネス山が出来上がった。
もっとも、高い山をつくるためには頂点だけ頑張って高くしてもダメで、盤石な裾野を広げる工夫も重要だ。マラネッロが怠りなく力を入れてきたマーチャンタイズもそのひとつ。世界中のF1好き、クルマ好きが跳ね馬エンブレム入りのシャツやステッカーを買っている。加えてイベントを公開(FFMも観戦できる)することによるSNSマーケティングによって、マラネッロ山の裾野はすさまじく広がった。だから、イベントに参加するカスタマーを大事にするのだ。
念願の跳ね馬ロードカーを中古車で手に入れたといった段階は、登山で言うところの3合目あたりというべきで、そこからでもマラネッロ山の景色がすでに絶景というあたりが、フェラーリの魔力なのかもしれない。さらに登る決意をして、新車を買い、イベントに出て、レーシングカーに挑戦し、スペシャルモデルを手に入れる。プロセスにかかる費用はばく大だが、スペシャルモデル1台で元が取れる可能性だってある。なるほどクルマ好き人生をかけて楽しむプログラムがそこにあると言っていい。
その光景はもはや荘厳ですらある
こうしたマラネッロのビジネス戦略がいかに徹底的であるかを示すエピソードを、FFMで聞いた。マラネッロは、F1マシンをはじめ歴史的なモデルのほぼすべてをユーザーに販売している。なぜか。そうすることで、ユーザーは喜んでマシンをメンテナンスし、動態保存に努めて、サーキットで宣伝よろしく走り回ってくれるからだ。なるほどムジェッロのメインストレートが十数台の赤いF1マシンを先頭に100台以上のレーシングフェラーリによって埋め尽くされる景色は荘厳(そうごん)ですらあった。もはや宗教だ。
もちろん、メンテナンスを担当するのは当のマラネッロおよびディーラーの専属チームで、サーキットアクシデントはいとわない。それもまたビジネスになるからだ。ちなみに、そうして販売された歴史的マシンに関して言えば、改造はおろかステッカーの変更さえ不可。譲渡にはマラネッロへの届け出が必要という特約付きらしい。マラネッロのモノはいつまでもマラネッロに。所有の概念すら変えてしまった。エンツォ・フェラーリの存在に代表されるブランドの伝説性が、日ごろは我慢することなどないに違いないユーザーを諾々と納得させているという点で、素晴らしく完成度の高い、そしてなかなかマネのできないビジネスモデルであると言っていい。
(文=西川 淳/写真=フェラーリ/編集=堀田剛資)

西川 淳
永遠のスーパーカー少年を自負する、京都在住の自動車ライター。精密機械工学部出身で、産業から経済、歴史、文化、工学まで俯瞰(ふかん)して自動車を眺めることを理想とする。得意なジャンルは、高額車やスポーツカー、輸入車、クラシックカーといった趣味の領域。
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