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第736回:華麗な愛車遍歴にそぐわない!? 赤い「フィアット500」を秘蔵する歯医者さん

2021.12.16 マッキナ あらモーダ! 大矢 アキオ

8カ月待った「イヴォーク」

師走といえば、大掃除だ。

筆者は「トヨタ式片づけ」が好きである。人生のうちで、それに関して記された本を何度購入したか分からない。ところが気持ちはあっても、家やPCの中は、全くもって片づかない。先日も、過去10年間に日米欧の各地でもらってきたものの、もはや顔も思い出せない人の名刺が、引き出しから次々と出てきた。まるで実践が伴っていない。

ところで本連載の第665回でシュコダのセールス用トークを動画解説してくれたマッシミリアーノ氏が、少し前にジャガー・ランドローバーのディーラーに移籍した。それもいきなりエリアマネジャーの役職を与えられた。彼の腕には、シュコダ以前に勤務していたトヨタ販売店時代に研修で覚えた「改善」の漢字2文字がタトゥーで彫り込まれている。筆者もタトゥーくらいしないと、トヨタ方式の効果が表れないのかもしれない。

年末にせめても、ということで自分の歯のクリーニングに行くことにした。クルマの定期点検とこれだけは、欠かさないほうがよい。

頻繁に日本出張していたころは、都心の歯医者さんにお願いしていた。だが、このご時世、伊日両国の検疫で時間的ロスが多すぎて、なかなか渡航できない。

思い出したのは、かつて歯列矯正で数年にわたってお世話になったエリザベッタ先生である。医院があるのは筆者が住むイタリア中部シエナに隣接しているフィレンツェ県。わが家からクルマで45kmというのは、東京都世田谷区から神奈川県鎌倉市くらいの距離であるが、道路が混まないので40分で到達できるのがうれしい。なにしろ、農家の人が作業に乗ってきた初代「フィアット・パンダ4×4」ばかり見かけるような一帯である。

エリザベッタ先生の歯科医院に到着すると、白の「レンジローバー イヴォーク」が止まっている。院長車に違いない。

診察前に聞けば、前述のマッシミリアーノ氏と同じ販売店が展開する、別のジャガー・ランドローバーのショールームで購入したものであった。

「(2021年)1月に発注して、ようやく届いたのは8月だったわよ」と教えてくれた。厄介なオプションを注文したのかと尋ねたが、全くもってそうではないという証言から、例の半導体不足の波をかぶったに違いない。

イヴォークの印象は? と聞けば、「見晴らし良好なうえ、室内、ラゲッジルームとも広く、とても満足しているわよ」と答えた。ただし「燃費はトラック並みよ」と笑った。

普段は通勤のほか、本院と、26km離れた分院との往復にも使っている。

「ランドローバー・レンジローバー イヴォーク」のステアリングを握る歯科医のエリザベッタ先生。
「ランドローバー・レンジローバー イヴォーク」のステアリングを握る歯科医のエリザベッタ先生。拡大
8カ月待ちの末にやって来た愛車である。
8カ月待ちの末にやって来た愛車である。拡大
エリザベッタ先生は、小児歯科および矯正歯科を専門とする。
エリザベッタ先生は、小児歯科および矯正歯科を専門とする。拡大
待合室にて。子ども用の椅子とテーブルで、執筆記事の校正をしながら、順番を待つ筆者。
待合室にて。子ども用の椅子とテーブルで、執筆記事の校正をしながら、順番を待つ筆者。拡大
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ドイツ→韓国→英国

筆者の経験をもとにすれば、イタリアの歯医者さんは診察中、治療に関係ない世間話を歯科助手としていることが多い。そこに患者が加わることも可能だ。患者としても、淡々と治療を進められるよりもリラックスできる。

そこで、エリザベッタ先生の車歴について、もう少し詳しく聞いてみることにした。

父が心臓外科医を務める家に生まれ、大学を1991年に卒業。引き続き矯正歯科を専攻し、小児歯科と矯正歯科の専門医として開業した彼女が初期に買ったのは「赤の『BMW Z3』だったわよ」という。「若いころはよりスポーティーなモデルに興味があったの」と理由を語る。

Z3のあとは2代目「メルセデス・ベンツSLKクラス」に乗り換えた。筆者が知り合ったのは、この時代である。シルバーの2005年式「SLK200」であった。

ところが、しばらくすると医院の前のクルマは白い「ヒュンダイix35」に変わった。ix35とはCセグメントのSUVで、欧州仕様は同社のスロバキア工場製だ。彼女が所有していたのは、2リッターのディーゼル仕様だった。

思い出すのは当時の彼女の話である。「日本ブランドかと思って買ったら、韓国ブランドだったのよ」とのたもうた。筆者の笑いを狙ったのか、本当にそうだったのかは、今もって謎である。今回の新車イヴォークのエンジンにしても、ディーゼルというだけで「排気量が何ccとかは、なんにも知らないのよ。アハハ」と豪語する。

彼女の話を聞いているうち、購買力もないまま、メーカーの歴史や生産国だけをやたら記憶している筆者のほうが情けなくなってきた。

受診中。写真右は歯科助手兼受付のジュリアさん。
受診中。写真右は歯科助手兼受付のジュリアさん。拡大
以下は、エリザベッタ先生の歯科医院における十数年来の定点観測。「BMW Z3」から乗り換えたという「メルセデス・ベンツSLKクラス」。2009年に撮影。
以下は、エリザベッタ先生の歯科医院における十数年来の定点観測。「BMW Z3」から乗り換えたという「メルセデス・ベンツSLKクラス」。2009年に撮影。拡大
次はヒュンダイ製SUV「ix35」。
次はヒュンダイ製SUV「ix35」。拡大
「ix35」で、ご本人はSUVに目覚めた。
「ix35」で、ご本人はSUVに目覚めた。拡大

突然登場した秘蔵車

診察は続く。やがてエリザベッタ先生はこう言った。

「実は今日、あなたがやって来るというから、本当は私の『500』を見せたかったのよ」

そう聞いた筆者は、2020年に発表された電気自動車「フィアット500e」でも街乗り用に購入したのかと思った。ところが事実は異なっていた。

「私の生まれ年と同じ年式よ」

思わず筆者は、診療用チェアから飛び起きそうになった。

かつて彼女の母親がサンダル代わりにしていた2代目フィアット500を引き継いだのだという。

「今朝、エンジンをかけようとしたら、残念ながら寒くて始動しなかったのよ」

筆者も他の古いフィアット500に試乗した際に経験があるが、コールドスタートは、運転席と助手席の間に備えられたチョークレバーの操作にコツを要する。

そこで後日、送ってもらったのが今回の写真である。

新しい年はぜひ、歯科医院のアイキャッチとして、常設でディスプレイしてほしいものである。イタリアでも歯科医は戦国時代に突入している。そうしたなか「赤い500のある歯医者さん」は覚えやすいし、それなりにSNS映えもすると思う。

日本の開業医の先生方も、現在お乗りの高級モデルを隣接する自宅ガレージに収めておくのもいいが、何か古くてかわいらしいクルマをマスコットとして置いたらいかがだろうか。「スバル360」「ホンダN360」「ダイハツ・シャレード デトマソ」といったモデルを置いておけば、子どもたちにウケるはずだ。普段クルマの話をしたくても相手がいないミドル&シルバー層の患者が押しかけてしまいそうでもあるが。

(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、エリザベッタ・マニカ/編集=藤沢 勝)

エリザベッタ先生の自宅車庫にて。1965年式の「フィアット500」。
エリザベッタ先生の自宅車庫にて。1965年式の「フィアット500」。拡大
かつて母親がサンダル代わりにしていた思い出の一台を大切に保管している。
かつて母親がサンダル代わりにしていた思い出の一台を大切に保管している。拡大
取材から1週間後、無事にエンジンが始動した「500」で出勤したエリザベッタ先生。
取材から1週間後、無事にエンジンが始動した「500」で出勤したエリザベッタ先生。拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナ在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、22年間にわたってリポーターを務めている。『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。最新刊は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。

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