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第741回:クルマを買ったら歩きましょう!? 規制強化が進むイタリア&フランスの自動車広告事情

2022.01.27 マッキナ あらモーダ! 大矢 アキオ

歩き・相乗り・電車バスを奨励

日本で放映される自動車のテレビCMで、俳優の波留さんや大泉 洋さんに注目する人はいても、彼らの脇に記された小さなメッセージは無視している人が大半であろう。

その広告に関して、欧州ではある大きな変化が、というのが今回の話題の始まりである。

フランスでは自動車の広告に対して、自動車依存を抑制するメッセージを記すことが2022年3月1日から義務づけられる。

環境連帯移行省によって2021年12月28日付で公布された省令で、施行後は以下の文言のいずれかを明記することが求められる。

  • 短時間の移動は、徒歩もしくは自転車を利用しましょう。
  • カープーリング(相乗り)を検討しましょう。
  • 毎日、公共交通機関を利用しましょう。

環境保護と生活様式の変化に対する意識を、国民に広く普及させるための施策である。

罰則も設けられており、違反した場合は広告の配信一件あたり5万ユーロ(約645万円)、違反を繰り返すと倍額の10万ユーロが科される場合がある。ラジオ広告は適用が除外される。

隣国イタリアでも環境保護を前面に打ち出す政党の議員によって、フランスと同様の案がすでに下院に提出されており、政令として施行される可能性が高い。

イタリアにおける「レクサスUX」の街頭広告。「KINTO」なら月299ユーロ(約3万9000円。付加価値税22%を含まず)とうたっているが、下端には当地の表示規則にしたがい、細かい解説が。2021年に撮影。
イタリアにおける「レクサスUX」の街頭広告。「KINTO」なら月299ユーロ(約3万9000円。付加価値税22%を含まず)とうたっているが、下端には当地の表示規則にしたがい、細かい解説が。2021年に撮影。拡大
スズキの広告。こちらもローンの細かい説明が8行にもわたっている。走行中には、とても読めない。
スズキの広告。こちらもローンの細かい説明が8行にもわたっている。走行中には、とても読めない。拡大

従来さまざまなルールが

冒頭の日本における自動車広告に話を戻せば、例の小さな文字には、

  • 価格を表示した場合、グレード名やオプション装着車であることの明記
  • 燃費を表示した場合、「燃料消費率は定められた試験条件での値です」のほか「WLTCモード」といった計測方法の明記
  • 先進運転支援システムの詳細

といった内容が説明されている。

これらは、一般社団法人、自動車公正取引協議会による「自動車業における公正競争規約についての新車に関する施行規則」に基づいている。景品表示法に準拠し、「一般消費者による自主的かつ合理的な選択および事業者間の公正な競争を確保する」ことが目的である。

同様に今日、フランスやイタリアにおける自動車のテレビCMでは、

  • 価格を表示した場合はそのグレード
  • CO2排出量および燃費(WLTPモード)
  • ローンに言及している場合は、支払いプランや金利などの詳細、広告に登場する車両の仕様に関する詳細

以上を明記することが義務づけられている。

ローンの適用範囲で典型的な説明は、「他のセールス用キャンペーンと組み合わせ不可であること」だ。メルセデス・ベンツのテレビCMには、外交官、国会議員などに加え、ハイヤー、タクシーには適用されない、といった詳細な条件まで記されている。

加えてフランスの場合、広告で英語を使用した場合、フランス語訳を付記しなければならない。最新例では、トヨタの欧州専用車「アイゴ」の広告には「JUST GO」というキャッチが用いられているが、下部に小さく「Depart immediat」とフランス語が併記されている。2010年に制定された法律によるもので、これに関しては本欄第145回を参照いただきたい。

ドイツの駅におけるトヨタの広告。フランクフルトで2017年に撮影。
ドイツの駅におけるトヨタの広告。フランクフルトで2017年に撮影。拡大
こちらもよく見ると細かい解説が。近年は政府によるエコカー奨励金に関する説明も必要なので、さらに複雑だ。
こちらもよく見ると細かい解説が。近年は政府によるエコカー奨励金に関する説明も必要なので、さらに複雑だ。拡大
2022年1月にシエナで撮影したフィアットの街頭広告。クルマから降りれば判読できるかと思ったが、見上げた首が疲れて、途中で断念した。
2022年1月にシエナで撮影したフィアットの街頭広告。クルマから降りれば判読できるかと思ったが、見上げた首が疲れて、途中で断念した。拡大

「食品」が先行例

その他の業種でも欧州各国では、さまざまな表示義務が課されている。

最も身近な例では、タバコのパッケージである。欧州委員会の2014年規則によると、パッケージにおける表裏の65%と側面の50%は、喫煙が有害であることを示す画像と文章に割かなければならない。タバコ屋では店主の背後に遺体解剖後の肺の写真が印刷されたパッケージが並んでいることがある。それはちょっとしたホラーだ。

なおイタリアにおいて、タバコを含むあらゆる喫煙具の宣伝は、欧州連合がそれを定める1991年より以前の1983年から法律で禁止されている。

タバコと同様、酒類にも広告に関してさまざまな規則・規制が適用されてきた。イタリアの場合、商品ウェブサイトの閲覧にも、生年月日の入力が必要だ。

しかしながら、今回の自動車広告に関する新しい省令に最も近い先行例は、同じくフランスの食品に関するものだろう。「特定の食品および飲料の広告または販売促進メッセージに添付しなければならない健康情報に関する条件を定めた2007年2月27日の命令」だ。

例えば、有名なジャム「ボンヌマモン」のウェブサイトを閲覧すると、「あなたの健康のために、少なくとも5種類の野菜か果物を食べましょう」というメッセージが表示される。

ほかにも食品の多くには、「あなたの健康のために、定期的な運動を心がけましょう」「あなたの健康のために、脂肪や塩分、糖分の摂取を控えましょう」「あなたの健康のために間食を避けましょう」といった定型文のうち、いずれかのメッセージを表示することが義務づけられている。

今回の執筆を機会に、フランス政府法務広報局の資料を参照すると、テレビの場合はCMの直後に、テロップの場合は全画面の7%に表示することを定めている。加えてラジオの広告には、アナウンスを挿入するよう求めている。

シエナのタバコ店で。店主が手にする葉巻パッケージの警告は、EU基準よりやや小さめ。だが「喫煙は死に至ります」の文字とともに、禁煙相談の電話番号が記されている。後方の箱には患部や、二次喫煙から守るべき幼い子どもの写真が。
シエナのタバコ店で。店主が手にする葉巻パッケージの警告は、EU基準よりやや小さめ。だが「喫煙は死に至ります」の文字とともに、禁煙相談の電話番号が記されている。後方の箱には患部や、二次喫煙から守るべき幼い子どもの写真が。拡大
ビールの広告に記された「運転するか、飲むか」の文字。
ビールの広告に記された「運転するか、飲むか」の文字。拡大
イタリアにおけるワインのラベルにはリサイクル方法などとともに、妊娠中の飲酒禁止マークが。
イタリアにおけるワインのラベルにはリサイクル方法などとともに、妊娠中の飲酒禁止マークが。拡大
フランスで一般的な菓子ブランド、サン=ミシェルの公式サイト。法律にしたがい「あなたの健康のために、定期的な運動を心がけましょう」のメッセージが、ページの下部に記されている。
フランスで一般的な菓子ブランド、サン=ミシェルの公式サイト。法律にしたがい「あなたの健康のために、定期的な運動を心がけましょう」のメッセージが、ページの下部に記されている。拡大

伝説のCMを見習え!?

そうしたメッセージを、実際に目にした印象はどうだろうか。

テレビでは、あまりに小さな文字ゆえ、大型かつ高解像度のディスプレイでも判読は難しい。加えて、あまりに表示が消えるのが早すぎて、たとえネイティブでも到底読めるものではない。

ラジオのアナウンスも、極めて早口である。制作者側の「はいはい、やってますよ」「やればいいんでしょ」感が漂っている。

結果として、メッセージ発信による目覚ましい効果はみられない。例として、フランスの肥満対策連盟の2021年6月発表データによると、同国民の47%、つまりほぼ2人に1人が太りすぎ、もしくは肥満である。施行後14年が経過しても改善がみられない。

タバコに関して言えば、イタリア高等衛生院によると、2021年5月のイタリアにおける喫煙者は、2020年4月と比較して1130万人も増加した。新型コロナウイルスによる生活環境の変化も考慮しなくてはいけないが、たとえショッキングな画像が印刷されていてもタバコに手を伸ばしてしまったイタリア人が多いことが分かる。

日本でカゼ薬のCMで最後に表示される「使用上の注意をよく読んでお使いください」のごとく、過度にメッセージが繰り返されることにより、逆にユーザーの意識が希薄になっている。

冒頭で紹介した自動車広告に関する規則が施行されても、メーカーや販社は電子顕微鏡でなければ判読できないような小さな文字で、それらを記すことだろう。

同時に、パリやリヨン、ローマ、ミラノといった公共交通網が発達した大都市を除くとクルマが手放せないフランス&イタリアで、使用抑制にさしたる効果は発揮できないと筆者は予想している。

ふと思い出したのは、1976年にホンダから発売された原動機付二輪「ロードパルNC50」のCMである。今日でも伝説なのは、イタリアの大女優ソフィア・ローレンが発する「ラッタッタ」のかけ声だ。だが、同時に一部のバージョンでは、彼女自身が最後に「Non correte troppo! Capito?(スピードの出し過ぎはダメよ! 分かったわね?)」とイタリア語で呼びかけている。注意を伝えるなら、こういったインパクトある手法のほうが、官製の退屈な文言よりも、よほど視聴者の意識に刻まれると筆者は信じている。

(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、本田技研工業/編集=藤沢 勝)

イタリアのスーパーマーケットにて。美容シェーバーのPOP広告。形式だけの警告がない広告の、なんとすがすがしいことよ。
イタリアのスーパーマーケットにて。美容シェーバーのPOP広告。形式だけの警告がない広告の、なんとすがすがしいことよ。拡大
ホンダ・ロードパルNC50(1976年)
ホンダ・ロードパルNC50(1976年)拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト/イタリア文化コメンテーター。音大でヴァイオリンを専攻、大学院で芸術学を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナ在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストやデザイン誌等に執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、22年間にわたってリポーターを務めている。『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(二玄社)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。最新刊は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。

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