第37回:“直6”も目玉じゃなかったの? 「マツダCX-60」がPHEVから世に出たワケ
2022.03.22 カーテク未来招来![]() |
マツダが次世代ラインナップの旗手となる新型SUV「CX-60」を欧州で発表。エンジン縦置きのプラットフォームを特徴とする「ラージ商品群」がいよいよ登場するわけだが、発表の内容からはどのようなことが読み取れるのか? 新型車にみるマツダの戦略を読み解く。
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キーポイントは“1年間の発売延期”
マツダがこのほど発表したCX-60は、かねて話題になっていたラージ商品群の第1弾となる。まずは欧州において、排気量2.5リッターの直列4気筒ガソリン直噴エンジンに、容量17.8kWhの電池と最高出力100kWの駆動モーターを組み合わせたPHEV仕様「e-SKYACTIV PHEV」の予約注文が開始された。
多くの特徴を持つマツダのラージ商品群だが、特に耳目を集めていたのは、パワートレインをフロントに縦置きし、プロペラシャフトを介して後輪を駆動するFR系の駆動レイアウトを採ること、そして直列6気筒エンジンの設定だった。しかし今回発表されたのは、4気筒エンジンをフロントに積むPHEV仕様だけである。本来なら前後の重量バランスを50:50に近づけられるFRレイアウトのスポーティーな走りと並び、直列6気筒エンジンの持つ圧倒的にスムーズな回転フィーリングもラージ商品群の大きな魅力としてアピールするはずだったのではないかと想像するのだが、なぜ頭出しがPHEV仕様だけとなったのか。
それを理解するには、時計の針を2年半ほど戻さなくてはならない。本来ラージ商品群は、2021年に商品化される予定だった。それを1年遅らせるとマツダが明らかにしたのが、2019年11月に開催した中期経営計画の発表会だった。その理由として、副社長の藤原清志氏は「PHEVへの対応」を挙げた。「ラージプラットフォームを適用するPHEVの性能を改善するため」というのがその内容だったのだが、逆に言えば、当初考えていたPHEVでは力不足だったということになる。
背景にある欧州の電動化押し
つい2~3年前までは、PHEVのEV走行距離は40km程度のものが多かった。しかし、このところはそれを60km以上に延ばした車種が増えている。実際、ボルボも最近の部分改良で、主要なPHEVモデルのEV走行距離を従来の約2倍に延ばしている(参照)。その理由は、欧州においてEV走行距離の短いPHEVを補助金の対象外とする方針が、はっきりとしてきたからだ。例えばドイツの連邦政府は、EV(電気自動車)、PHEV、FCV(燃料電池車)などに対する補助金の支給を2022年まで延長する一方で、2023年以降はEV走行距離が60km以上でないと、PHEVに補助金を支給しないなどの改革案を議論している。
しかし、航続距離を延ばすにはより大きな電池の搭載が必要になり、プラットフォームレイアウトの大幅な変更が必要となる。実際、マツダが2021年6月の中期技術・商品方針説明会で公開したPHEVのプラットフォームでは、床下のかなり広い範囲に電池がレイアウトされていた。そのかいあって、今回発表されたCX-60のPHEVは、EV走行距離63km(WLTPモード)を実現している。
恐らくマツダは、PHEVのためにラージ商品群の商品化を1年遅らせており、逆に言えばそれだけPHEVを重要視しているということになる。それもそのはずで、マツダにとって重要な市場である欧州では、ここ2~3年で急速に電動化の機運が高まり、欧州の完成車メーカーはこぞって電動化計画を発表している。マツダとしても新開発の6気筒エンジンではなく、まずPHEVを前面に押し出したのは無理からぬことだろう。
6気筒エンジンの賢いつくり
ということで、残念ながら今回の発表では注目の新型直列6気筒エンジンの詳細は明らかにされなかったが、いくつか興味深い事実も判明した。ひとつは排気量である。今回の発表で、新世代の直列6気筒は「3.0 e-SKYACTIV X」ガソリンエンジンと「3.3 SKYACTIV-D」ディーゼルエンジンがあることが判明した。どちらも48Vマイルドハイブリッドシステム「Mハイブリッドブースト」と組み合わせる。
ガソリンエンジンの排気量が3リッターなのはともかく、ディーゼルの3.3リッターは半端なように感じるが、さにあらず。現行の2リッター直列4気筒ガソリンエンジンと2.2リッター直列4気筒ディーゼルエンジンに、それぞれ2気筒付け足すと、3リッターと3.3リッターになるという計算だ。つまり、新型6気筒エンジンはピストンやコンロッド、バルブなどの部品やシリンダーブロックを加工する加工機などを4気筒エンジンと共用するだけでなく、燃焼室の設計も共通化できるよう設計されているということだ。欧州向けのラージ商品群は、マツダの防府第2工場で生産する。マツダは2021年10月に防府第2工場のリニューアルを発表しているが、それは今回のラージ商品群を生産するための準備だったということになる。
そしてもうひとつの注目点は、CX-60のPHEV、ガソリンエンジン仕様、ディーゼルエンジン仕様とも、同じ8段の自動変速機(8段AT)を搭載するということだ。これまでマツダは、主要モデルのすべてに内製の6段ATを搭載しており、内外の競合メーカーが7~9段と多段化を進めるなかで立ち遅れが目立っていた。今回の8段ATはそのままスモール商品群には使えないだろうが、この開発経験を生かし、そちらにも早く多段ATを展開してもらいたいと思う。
日本での価格は600万円からか?
CX-60 PHEVの価格は、ドイツでは4万7390ユーロ(1ユーロ=125円換算で592万3750円)からと発表されているが、これはドイツ国内での電動車に対する補助金(CX-60 PHEVの場合5625ユーロ<同70万3125円>)を除いた金額で、それがなければ660万円程度の価格ということになる。英国での価格も円換算で670万円程度となっており、このあたりがコスト面における“実力値”というところだろう。
この価格を競合車種と比べてみると、例えば車体の大きさが近いスウェーデン・ボルボのPHEV「XC60リチャージ」は、ドイツにおける価格がベーシックモデルで6万4300ユーロ(同803万7500円、付加価値税込み、補助金なし)である。XC60のほうがエンジン出力が大きいという点を差し引いても、CX-60の価格はまずまず競争力のあるものといえるのではないだろうか。
一方で、いささか強引にCX-60 PHEVの日本での価格を想像してみると、ドイツ国内での付加価値税抜き価格が550万円程度であり、これに国内では1割の消費税が上乗せされるから、600万円程度となる。国内での競合車種は新型「三菱アウトランダー」のPHEVモデルや、トヨタの「RAV4 PHV」ということになるが、前者のベースモデルの価格が約462万円、後者が469万円なのを考えると、かなり割高に感じられる。ただ、公開された写真を見ると内装などにかなり高級感があり、これらの車種よりは上級に位置づけられるという見方もできる。このあたりについては、4月の国内仕様の発表を待ちたい。
(文=鶴原吉郎<オートインサイト>/写真=マツダ/編集=堀田剛資)

鶴原 吉郎
オートインサイト代表/技術ジャーナリスト・編集者。自動車メーカーへの就職を目指して某私立大学工学部機械学科に入学したものの、尊敬する担当教授の「自動車メーカーなんかやめとけ」の一言であっさり方向を転換し、技術系出版社に入社。30年近く技術専門誌の記者として経験を積んで独立。現在はフリーの技術ジャーナリストとして活動している。クルマのミライに思いをはせつつも、好きなのは「フィアット126」「フィアット・パンダ(初代)」「メッサーシュミットKR200」「BMWイセッタ」「スバル360」「マツダR360クーペ」など、もっぱら古い小さなクルマ。