第749回:新興ブランドはオンラインが主体に? 自動車販売の未来を考える
2022.03.24 マッキナ あらモーダ!DJ氏、モデル3購入を思い立つ
前々回となる第747回では、吉利とボルボによる合弁ブランド、リンク&コーの新しいビジネスモデルを紹介した。自動車業界における新しい販売方法といえば、テスラがインターネットを通じた販売を早期に導入したことは、多くの人が記憶するところだ。そこで今回は、オンライン販売について考えてみたい。
イタリアでもテスラは同様の展開を行っている。参考までに、2021年のイタリア国内における電気自動車(BEV)の登録台数で「テスラ・モデル3」は、「フィアット500e」「スマートEQフォーツー」「ルノー・トゥインゴ エレクトリック」、そして「ダチア・スプリング」に次ぐ5位(5047台)であった。
筆者の知人にもモデル3を購入したユーザーがいる。ローマ郊外に住むサルヴァトーレ・ペルナ氏だ。大学院を修了後、公務員として地域保険公社に就職。検査官の傍らプロのディスクジョッキー(DJ)としても活躍する、ユニークかつ多才な人物である。なお、イタリアでこうした公務員の副業は申し出制で認められている。そこで以下は、DJモードのときの芸名である「Sasa DJ」で呼ぶことにする。
もともとSasa DJ氏は、初代「日産リーフ」や「ルノーZ.O.E.」を相次いで購入し、早くからBEVに関心を示してきた。その彼が次期主力戦闘機として白羽の矢を立てたのが、テスラ・モデル3だった。
「モデル3はイタリアで2019年に発売されました。当初、路上で実車を見かける機会は極めてまれでしたね」と彼は振り返る。
「そのうえ最寄りのテスラショールームは、北部のミラノかパドヴァにしかありませんでした。したがって実車を見たり、試乗したりすることは諦めました」。参考までにローマからミラノまでは570km、パドヴァまででも300km以上の距離がある。
そこでSasa DJ氏は、ある手段でテスラとの“第1次接近遭遇”を試みた。日産リーフ時代から地元でEV愛好会の会長を務めていた彼は、テスラオーナーズクラブの人々と知り合い、走行会にもまめに足を運んだのである。
「さまざまなテスラオーナーが顧客の立場から、長所も短所も熱心に話してくれました」
2022年3月現在でこそ、イタリアでテスラは遠隔地に住むユーザー向けにテストドライブを用意しているが、当時はまだ始まっていなかったのだ。
特別な状況下でもスムーズ
テスラへの思いを強くした彼は2020年2月、いよいよオンラインでモデル3をオーダーした。筆者のイタリアにおける4台の自動車購入経験からすると、「えっ、実はこんな諸費用も加算されるの?」と驚かされることがたびたびあった。いっぽうSasa DJ氏によると、モデル3購入のために支払った金額は「ウェブサイトの表示と1セントも違いませんでした」と証言する。ローンを選択したうえでの支払価格は、オプション込み車両代金6万1040ユーロからエコカー給付金4000ユーロを引いた5万7040ユーロ(約750万円)であった。
納車は翌月である2020年3月12日だった。Sasa DJ氏は「20時15分」と時刻までしっかり記録している。書類を手に待っていると、他オーナーに納車するテスラ車と混載の有蓋(ゆうがい)陸送車から彼のモデル3が静かに降ろされた。当時イタリアは新型コロナウイルス感染症に関する外出規制や営業制限が、まさに施行開始された月だった。そのため、玄関先までデリバリーする制度(イタリアでは「ダイレクトドロップ」の名称がつけられている)は極めて便利だったと振り返る。当日Sasa DJ氏はうれしさのあまり、ライブストリーミング配信までしている。今回紹介する写真の多くは、そのキャプチャー画像である。
次にイタリアにおけるテスラのアフターサービスについて聞いてみる。
「サービスの手続きは、スマートフォンのテスラアプリで可能です。実際のサービスが必要な場合は、モバイルワークショップ、もしくはサービスセンターに行く必要がありますが、その手配もストレスなくやってくれます」
モバイルワークショップとは?
「マイナートラブルを解決するために自宅まで来てくれるサービスです。万一の場合はレッカー車でクルマをピックアップしてサービスセンターまで運んでくれます。通常、このような場合には、代車が用意されます」
ただし、Sasa DJ氏の場合は幸運だった。購入からわずか4カ月後の2020年7月、自宅から20km・30分ほどの距離にテスラのサービスセンターが開設されたのだ。
さらに2022年2月には、200km南東のナポリ郊外カゼルタにもサービスセンターがオープンした。
「オンライン購入はシンプルで迅速。サービスも問題ありません」
現在までの2年間・4万5000kmで、修理はダッシュボードの小さな振動を直してもらうために預けただけという。加えて、車室内用エアフィルターの交換も車両代金同様、サイトに表示された料金と1セントたりとも変わらなかったという。
「大きな故障なしで乗り切れたことで、さらに安心しましたね」
そしてSasa DJ氏は、こう結んだ。
「間違いなく満足のいく買い物でした。友人や知人には、手放しでテスラを薦めたいと思います」
トラブルもネットショップと同様の扱いに?
そうしたSasa DJ氏の話を聞いた筆者だが、小心者であることもあり、実車を一度も見ず、今すぐにオンラインで購入する勇気はない。特にインテリアのプラスチックやテクスチャーが自分の目にどう映るか、どう手に感じるかを知りたい。また、近年イタリアでもさまざまな業者によって、オンライン中古車販売とホームデリバリーサービスが開始されているが、前オーナーが残したタバコの匂いなどは自分で確認したいと思う。
しかし振り返ってみると、筆者のクルマは過去2台とも400km近く離れたメーカー直営の認定ユーズドカーセンターで購入したこともあり、その後一度も修理目的で同店を訪れたことはない。当時の営業担当者も、もうどこに行ったか知らない。
そもそも職務の分担が明確なイタリアでは、一定規模以上のディーラーで営業担当者にクルマの調子を相談しても「サービス窓口で直接相談してくれ」「パーツ窓口に直接行ってくれ」と言われるだけだ。クルマの御用聞き的な存在ではないのである。
整備に関しても、以前のように自分のクルマを担当するメカニックと対話する機会は明らかに減っている。自分も外国人として数々の辛酸をなめているため国籍差別の意識は毛頭ないが、今日の整備現場には外国人が多く従事している。近年は、小さな工場でもアルバニアやアフリカ諸国出身のメカニックを見かける。参考までに、自動車販売・輸入業者の団体UNRAEの2019年発表では、「今後5年間で5000人の自動車整備工が不足する」と予測している。こうした状況下では、ますます実際のメカニックと直接話すことは難しくなる。いわゆるサービスフロントを通して、いわば靴の上から足をかくような指示しかできない。ますます既存のディーラーやサービス工場の存在感が薄くなってくる。
そうしたなか「将来、自動車販売やサービスというのは、こっちのほうがいいのではないか」と思わせるきっかけとなったのが、先日筆者の身に降りかかった外付けハードディスクドライブ(HDD)の一件である。2021年夏に購入したHDDが同年末にいきなり読み取り・書き込みとも不能になってしまった。
購入した中堅家電量販店に持ち込んだところ、新品と交換かと思ったら、対応した若い男性店員から「修理センターで確認する。結果は2022年の年明け」と告げられた。
年を越しても連絡がないので行ってみると、同じ店員がいて「すでにセンターに送った」と言う。その後はなしのつぶてなので、再び店頭に出向いた。例の店員がいなかったので、別の店員に話すと、なんと筆者のHDDは、要修理品を保管した棚に入ったままだった。修理センターに送ったというのはウソで、1カ月以上もそこに滞留していたのである。
これだったらAmazonで購入し、不良品だったら地元の「Amazon Hubロッカー」にぶち込んで返品し、新製品を送ってもらったほうがよほど早かった。
クルマもいつか、地元のサービス工場よりも、センター送りにしてしまったほうが早い時代が来るのではないか、と思ったものだ。
逆張りもありか?
断っておくが、「筆者はBEV時代になれば部品点数が減少するから、サービス工場の重要度は減少する」といった短絡的な考えはもっていない。制動系はテスラも定期的なメンテナンスが必要であると強調しているところだし、将来操舵系でバイワイヤ技術が進んだとしても、サービス工場の整備なしにはクルマは走り続けられない。
いっぽうで、前述のように欧州各地で整備士不足が深刻化することは明白である。地方の修理工場で働きたい外国人は限られるし、また整備工場側も技術が高度化する新型車に対応する設備投資が重くのしかかり、雇用する人数を絞る必要が出てくるだろう。
そうしたなかテスラのような都市部の大きな整備センターと、それをサポートする故障車回収&デリバリーのロジスティクス網が整備されれば、将来の切り札になろう。
ふと思い出したのは数年前の冬、東京郊外の女房の実家に滞在したときのことである。義父や義姉と始終顔を合わせているのがいたたまれなくなった筆者は、徒歩で街道沿いのダイハツだったかスズキだったかの販売店を見にいくことにした。イタリア未上陸の軽自動車見学は、毎回日本滞在中の楽しいイベントである。
店の人は筆者に気づかないのか、勝手に見てもらう主義なのか、はたまた冷やかしの客と見破られたか、応対に出てこない。
それはともかく、店は修理工場を拡張したのだろう。奥の建屋の、そのまた奥をのぞくと畳の間が見えた。住居部分だ。寒い日ゆえ、仮に筆者が先代から懇意にしている客だったら、そこにある炬燵(こたつ)に入れてもらえたかもしれない。
思えば筆者が子どものころ、隣町にあった三菱自動車指定の板金工場も、このような感じだった。実はイタリアにも、下階が小さなショールーム、上階が店主の住居という販売店がある。未来におけるクルマ販売の姿を考えた今回だったが、カセットテープやアナログレコードを「クール」ととらえる世代が、消費をけん引する時代である。意外にこうした小規模販売店に心地よさを感じるかもしれない。となると、オンライン販売に逆張りするゲリラ戦法もありではないか? などとも思えてきた筆者である。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=サルヴァトーレ・ペルナ/編集=藤沢 勝)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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