第49回:破壊王テスラの挑戦と野望(前編) ―このクルマのデザイン、本当はAIがやったんじゃないの?―
2024.12.11 カーデザイン曼荼羅![]() |
自動車界にすい星のごとく現れ、たちまちのうちに電気自動車(EV)界の雄となったテスラ。イーロン・マスクの強権のもと、デザイナーはどのようにしてクルマを描いているのか? 超問題作の「サイバートラック」を、私たちはどう解釈すべきか!? 識者とともに考えた。
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欧州車とは明らかに異なるフォルム
webCGほった(以下、ほった):今回は清水さんからの発案で、テスラのデザインについて議論しようと思います。実際、「ロボタクシー(サイバーキャブ)」にはかなりビビりましたしねぇ。コンセプト的にも、デザイン的にも。
清水草一(以下、清水):ロボタクシーにもビビったけど、今回はテスラの創成期からデザインの話をしたいんだよね。
ほった:あら、そうなんですか?
清水:まぁ、最初のモデルの「ロードスター」は、ロータスがベースなんで除外してもいいと思うけど。渕野さんはテスラのデザインをどう見てますか?
渕野健太郎(以下、渕野):テスラ車って、割と独特のプロポーションをしてると思うんですよ。欧州車はできるだけキャビンを小さくして、ロアボディーを大きく見せる。それによってスポーティーさを強調するのが常なんですけど、テスラだと、例えば「モデル3」なんかは結構カウルが低くて、なおかつ正面から見るとサイドガラス面の角度……これは専門用語で「タンブル」っていうんですけど、それがかなり立ってる。なので、キャビンがルーミーなんですよね。SUVの「モデルY」も。
清水:ですね。
ほった:案外マジメにつくられてる。
渕野:ボディーパネルの構成とか質感は欧州的なんですが、プロポーションに関しては、かなり違いを感じます。街なかで正面から来るのを見ると、キャビンがすごくデカくて、背も高く感じますよね。スポーティーなフォルムよりも、ルーミーな空間を指向しているんだと思います。デザイン的にも。
清水:ただ、自社開発1号車の「モデルS」は、そうでもなかったでしょう?
渕野:そうなんですよねぇ。
清水:当時は対向車線にモデルSが見えると、「マセラティ?」って思えたもんですよ。全幅が広くてキャビンが小さいスポーティーなフォルムで、グリルやエンブレムがマセラティに似てたんで。いわゆる普通にカッコいい系のクルマですよね、ロングホイールベースの。それがいきなり、モデル3とモデルYで実用的な形になった気がするんですよ。実際、かなり実用的だし。
ホントはAIがつくったんじゃないの?
清水:それと、モデル3もモデルYもデビューからかなり時間がたつけど、陳腐化してないと思うんです。飽きないんですよね。刺激はないんだけど、とても自然な形に見える。落ち葉とかツチノコとか(笑)、自然物に近いような。
ほった:ツチノコは自然物ですか?
清水:実在すればね! この辺のテスラ車に関しては、特にデザインが素晴らしいとは感じないけど、時間がたっても色あせてこない。
渕野:実際、デザイナーの狙いもそういうところなんでしょう。確かにトレンドに流されず、かといってそこまで本質を追究してるわけでもない。そんな感じがします。狙ってやった“ちょいダサ”みたいな。
清水:だから飽きないっていうのもあるかも。
渕野:ただテスラって、どうやってクルマをデザインしてるのかとか、内側の情報が極端に少ないじゃないですか。彼らがどういうプロセスで仕事をしているのか、なにを意図してクルマをデザインしているのか、全然わかんないんですよね。
一般的なカーデザインのプロセスとしては、まずスケッチを描いて、立体にして、もしそれがよければフルスケールのクレイモデルをつくって……みたいな流れなんですけど……。テスラは、ひょっとしたら全然違うプロセスでやってるんじゃないかな? 例えばですけど、AIを最大活用していて、私たちがいうところのデザイナーなんて実はいないのかもしれない。
清水:でも、以前マツダにも在籍していたデザイナーがチーフをやってるんですよね?
ほった:フランツ・フォン・ホルツハウゼンって人ですね(参照)。ロボタクの発表会でも、あいさつしてましたよ。
渕野:「テスラ+デザイン」で検索すると、最近中国にデザインセンターができたみたいな話は出てくるんですけどね……。クルマ自体も、全体にドライすぎる感じがします。生身のデザイナーがやってるとすると。
清水:AIっぽいと。
渕野:そこまでは言わないですけど……。デザインをディレクションしてる方の好みなのかもしれないし、“上”からそういう風に要望されてるのかもしれないけど……なんだろうな。血が通ってないっていうと語弊がありますけど、デザイナーのエゴがまったく感じられない。
清水:なるほど。
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シンプルがゆえのタイムレスなデザイン
清水:デザインの意思決定の話ですが、イーロン・マスクの伝記によると、最初のテスラ・ロードスターのときは「とにかくかっこよくなきゃダメなんだ、目立て! EVのイメージをひっくり返すスポーツカーをつくれ!」って指示して、破産寸前でギリギリ仕上げたそうです。で、次のモデルSのときは例のホルツハウゼンさんが加わっていて、「これでどう?」「よし、これだ!」みたいな感じでいったそうです。テスラってものスゴい独裁体制だけど、それでいて当のマスクさんは、デザインに細かいこだわりはないようで。
渕野:実際、そうなんじゃないですか。
清水:ひたすら直感で「よし、これでいけ!」って判断してる気がします。その割に……って言っちゃなんですが、特に3とYに関しては、デザインの時間的耐久性が高かったな~て思うんですよね。
渕野:さっき血が通ってないっていう話をしましたけど、タイムレスなデザインを指向してるのかな? とは思うんですよ。人の意思はくみ取れないけど、漫然とデザインしている感じでもなくて、実際、エクステリアのつくり込みはちゃんとしています。造形的な話になりますが、全体的なボリュームのつけ方をはじめ、細部でもキャラクターラインの通し方、消し方などには、手だれのデザイナーやモデラーの仕事を感じます。
ただ、ひょっとしたら……例えば「平均値をとる」とかはしているのかなと。例えばヨーロッパ車と日本車の平均値をとって、AIにデザインさせたんじゃないかとか(笑)。いや、わかんないですよ? でも、そこまでやりそうな感じがあるじゃないですか、テスラには。
ほった:確かに。実車のデザインにも、なんかそんな気配はありますよね。つかみどころがないというか。
清水:フロントグリルはないし、ある意味で個性を極力排除しているのに、フォルムには微妙に個性がある。すごくシンプルなんですよね。
渕野:今の時代にしてはすごいシンプルです。
清水:少なくともディテールではなにもやろうとしてない。
渕野:先ほど言ったように、ロアボディーは全体的につくり込んでいるんだけど、キャビンだけでかいんですよ。それがテスラのアイデンティティーになっている。その狙いがどういうところにあるのかなっていうのを、一度聞いてみたいですね。
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突如現れた「サイバートラック」という爆弾
清水:シンプルっていう意味では、普通はコテコテにするSUVもシンプルの極みですよね。モデルYって一応はSUVってなってますけど、全然SUVっぽくない。背の高いセダン的で。
渕野:僕は悪い印象はまったくなくて、むしろルーミーなインテリアに伝統的なエクステリアの組み合わせがいいと思います。ただ、さっきから言ってるとおり、中の人がそう考えてやっているのかは、わかんないですけど(笑)。
ほった:モデル3の頭をガッとつかんで、ミューっと上に引っ張っただけみたいな形してますもんね。洗練されてて、ラギッドな感じは皆無。
清水:(うなずきつつ)ところがですよ……。テスラのデザインは、そこからいきなり「サイバートラック」に飛ぶわけですよ。(全員笑)
ほった:これにはおったまげました!
渕野:うーん。自分がいたところみたいな普通の自動車メーカーだと、ある程度はデザインにフィロソフィーがあって、それに対してどう回答するか、という仕事の仕方をするんですけど……テスラにはそういうのはあんまりなさそうですね(笑)。全然違うものが出てきてる。不思議というかなんというか。これまでのメーカーには、これはできないですよ。
清水:サイバートラックに関しては、3やYとは逆に、あえて極限まで違和感を刺激しようとしてると思います。従来的なピックアップのイメージ、いや自動車の価値観すらぶっ壊してやるっていう。
渕野:ただ、この方向性はよしとしても、もうちょっと洗練させればいいのにって個人的には思いますけど……。
清水:洗練度はゼロですよね、あえてでしょうが。
渕野:自分らの価値観とは別のものっていうのはわかるんですけどね。具体的にどこを洗練させてほしいかっていうと、例えば三角ルーフの頂点の部分です。ラインがあまりにも直線なので、ルーフの頂点をつまんでるみたいに見えるんですよ。
ほった:確かに。なんだかピークの部分が反(そ)って見えますね。
渕野:普通のカーデザインでは、そういう風に見えないよう、頂点へのアプローチで少しずつラインを補正しながら、いい線を見つけるんですよ。ところが、サイバートラックにはそういう作業の形跡がまったくない。これもなかなか……普通のメーカーではありえないです。
清水:フェンダーも前後で高さがズレてるみたいに、わざと下手に描いたように見えるんですよね。子供の絵みたいな。これもわざとなんでしょうが。
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本当に同じ人がデザインしたの?
渕野:とにかく、全体のスタイリングでも仕上げや調整の部分でも、サイバートラックのデザインはモデル3とかモデルYの洗練された感じとは全然違いますよね。不思議です。
清水:このクルマについては、イーロン・マスクが「徹底的にブッ飛んだものをつくれ!」って指示したみたいですけど。
渕野:それでも、モデル3とかと同じデザイナーでは、普通こうはなんないですよ。いくら「変なものつくれ!」と言われても。
ほった:んでも実際、テスラのデザインの親玉はずっとフランツさんですよね。サイバートラックの発表会のとき、窓に鉄球を投げて割っちゃったのも彼で。
渕野:そうなんだ……。
ほった:2008年に入社してからずっと、彼がチーフデザイナーみたいですよ。元マツダで、フォルクスワーゲンやGMも渡り歩いてたみたいですけど。
渕野:でもこれ、やっぱり「本当に同じ人がディレクションしてるのかな?」って思いますよ。すごい不思議。
ほった:やっぱ上に独裁者がいて、いつも渕野さんが言う「外部からの雑音」ってのが間にまったくないから、こういう風に振り切れるんじゃないかな。
清水:客は見てない! この世にワタシとイーロンだけ!! って感じ?
ほった:客を見ていないというか、ほかの重役を見ていないというか。そもそも重役なんていないでしょうし、なんならテスラには、日本企業的なデザイン会議なんてもんもないでしょうしね。
渕野:それはそうだと思います。
ほった:イーロンさんさえOK出せばいいわけですから、「みんなの信頼もあるし、今までと同じようなものを……」っていう気配りは必要ないんだと思います。それこそフランツさんが、居酒屋でへべれけになって描いたデザインでも、イーロンさんがいいと言ったらそれが通る。そういう感じじゃないかな。
渕野:普通のメーカーで働いてきた身としては、本当に理解不能です。僕はまだサイバートラックの実物を見たことはないんですけど、ひょっとしたらこれ、カッコいいんじゃないかって思うんですよ。これがそのままアメリカの街なかを走っていたら。
清水:超異物ですよね。アメリカのど田舎でこれが走ってたら、絶対宇宙から落ちてきた! って思いますよ。日本の田舎道でもそうだけど。(全員笑)
渕野:それにしても、もうちょっと、もうちょっとなんとかならなかったのか(笑)。いや本当に、どうやってデザインしたんだろう??
(後編へ続く)
(語り=渕野健太郎/文=清水草一/写真=テスラ、BMW、メルセデス・ベンツ、newspress、田村 弥/編集=堀田剛資)
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渕野 健太郎
プロダクトデザイナー兼カーデザインジャーナリスト。福岡県出身。日本大学芸術学部卒業後、富士重工業株式会社(現、株式会社SUBARU)にカーデザイナーとして入社。約20年の間にさまざまなクルマをデザインするなかで、クルマと社会との関わりをより意識するようになる。主観的になりがちなカーデザインを分かりやすく解説、時には問題定義、さらにはデザイン提案まで行うマルチプレイヤーを目指している。

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
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